第2話
「恋と愛の違い? 食べられるか食べられないかだよ」
「訊くやつを間違えた」
僕はキーボードを打つ手を止めてホットドッグを頬張る。
目の前に座る
「だから言ったのに。恋愛小説のヒロインに私は向いてないって」
彼女はカチャリと音を立てて、カップをソーサーに置いた。
顔はうろ覚えだったが、名前は聞いたことがあった。どちらかといえば悪名だが。
「だって男を食い漁ってるって噂だったから経験豊富かと」
「よくそれで頼もうと思ったよね。変わり者だよ、
恋花は苦笑する。そんな表情も美しかった。
──君に恋をするから、僕の小説のヒロインになってくれないかな。
あの日、行き倒れていた彼女に僕はそう提案した。戸惑ってはいたものの彼女は頷き、結果的に僕と彼女はひとまず彼氏彼女の関係となっている。
今思えばどうしてそんなことを頼んだのかわからない。恋愛小説なんて書いたこともないのに。
いや、まあわからなくもないか。
「見た目は完全にヒロインなのになあ」
「そういう風にできてるんだもん」
見せつけるように薄っすらと微笑む。
それだけで彼女の周りの明度がほんの少し上がった気がした。美少女は景色を変える力があるらしい。
「うちの家系はみんなそう。男も女も美男子で美少女。好きになってもらわなきゃ生きてけないからね」
「なんか大変そうだよな、それ」
「考え方次第だよ。みんなも働いてお金稼がなきゃごはん食べられないでしょ? 私たちはお金じゃないだけ。それに悪いもんでもないよ」
もう一度、彼女は紅茶を口に運んだ。
紅茶の香りが好きらしい。それ以上でも以下でもない。水分補給にもならないのだと前に言っていた。
彼女の栄養になるものはただひとつ。
「恋ってけっこうおいしいし」
自分に向けられた恋心だけが彼女のお腹を見たし、血となり肉となり、心身を健康に
最初は意味がわからなかった。なんなら今も意味はわかっていないが、僕が行き倒れていた恋花の手を握ると彼女はすぐに動けるようになるまで回復した。
ただ事実としてそれを受け入れているだけだ。
「文字通り食い漁ってるとは思わなかったよ」
「食べてるけど漁ってはないよ。みんな一日三食だけど、私は一日一食で済むし」
「小食なんだな」
「そういうこと」
外を歩いていた男性が窓越しにちらりと恋花を見た。もう何度も感じた視線だ。仕方ないことだと思う。
彼女は人に恋されるように神様にデザインされているのだ。生きていくために。
「あ、もうこんな時間。帰らなきゃ」
「ほんとだ。送ってくよ」
彼女の家は門限が厳しい。あまり遅くなってしまうと不審者に絡まれるかららしい。
やっぱり大変だなと僕は思う。
「じゃあまた明日だね」
「ああ、また明日」
店を出て彼女の家の前に着くと、僕はつないでいた手を離して恋花の頭に乗せた。さらさらとした彼女の髪の毛を撫でると彼女は満足げな表情を浮かべる。
毎日手をつなぐことと、頭を撫でること。それが恋花と付き合うにあたっての条件だ。
「ふふ、ごちそうさま」
嬉しそうに微笑む恋花は僕から離れて玄関の扉を開けた。僕が小さく手を振ると、彼女も小さく振り返しながら扉の向こう側に消える。
これが彼氏と彼女なのか。
まだよくわかっていないけど、ひとまず僕は彼女に恋をしているようだった。
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