腹が減っては恋をして

池田春哉

第1話

 女子高生が倒れている。

「え?」

 頭の中に浮かんだ一文を疑って、もう一度状況を確認した。

 行きつけの喫茶店の前に女子高生がうつ伏せで倒れている。

 僕の高校と同じ制服なので女子高生であるのは間違いない。茶色がかったショートボブがコンクリートに乱雑に散らばっている。

 周りには誰もいない。彼女をまたがなければ喫茶店には入れない。

 ……帰ろう。

 何も考えず、何も記憶せず、僕は爪先を反対に向ける。

 そのとき地響きのような音が背後で鳴り響いた。僕は首だけで振り返る。

「……うう」

 動いた。

 今まで微動だにしなかった彼女の小さな呻き声が僕の足を止める。

 どうやら生きてはいるらしい。そんなこと僕に気付かせないでほしかった。

 僕は小さくため息をつく。

「……大丈夫ですか?」

 しゃがみこんで倒れている彼女に声をかける。

 軽く肩を叩いてみたらまた地面を揺らすような音が鳴った。さっきの音源は彼女だったのか。

「お腹」

「え?」

「お腹空いた……」

 今にも消え入りそうな声で彼女はコンクリートに話しかけた。

 行き倒れ? この時代に?

 目の前の喫茶店のホットドッグは280円で大ボリュームだけれどそれさえ買えないほど困窮してるんだろうか。

 彼女の髪の艶やかさを見る限り、そんな風には思えないけど。

「……あの」

 女子高生がゆっくりと顔を上げた。

 ぱっちりと丸い茶色の瞳がこちらを向く。その美術品のように整った顔に僕は思わずどきりとした。頬にはうっすら砂がついているが、むしろそれは彼女の唯一の隙となり好印象でしかない。

 こんな美少女がどうして行き倒れに?

 僕の頭に浮かんだ疑問は、続く彼女の一言で吹き飛ばされた。

「お腹が空いて動けないので、私に恋してくれませんか」

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