猫殺し

@ibrose

第1話

猫殺し


 猫を轢いた。不注意だった。いつも通り自転車での通学中、いつもの坂を下っているときに轢いてしまった。急ブレーキのキーーーーッという鼓膜を突き破るような高音と、轢いた瞬間の、タイヤが猫の肉と骨に乗る感覚を今でも鮮明に感じることができる。咄嗟に自転車を止め、湧き出る焦燥感をよそに恐る恐る猫に近づくと、腹からどぎつい鮮血が中身の入ったコップを倒してしまったかのように溢れ出してきて、まるでその部分だけ映像を観ているような気分だった。


 猫を殺した。猫を殺してしまった。虫を殺すのとは訳が違う。僕は、猫を轢き殺したのだ。


 普段から考えていたことがある。妹が飼っているハムスターを手に乗せながら、力加減を間違えて握り潰してしまうんじゃないか。気を抜いている内に踏み潰してしまうんじゃないか。このハムスターの命は今、僕が握っている。よくそんなことを考えては、その後のハムスターの姿を鮮明に想像して怯えたものだった。それが現実に起きた。


 パニックになりながら自転車のかごに猫を入れて、近所の動物病院まで自転車を走らせた。今目の前にいる猫はもう既に死体なんじゃないかという嫌な考えが頭をよぎったが、それ以上考えないようにした。数分無我夢中でひた走り、動物病院のカウンターに「猫を轢いてしまった」と言って病室に案内されると、間もなく既に死んでいることを告げられた。分かっていたのに、分かっていたけど、殺してしまったという実感が突然実体を帯びてきて、頭の中は取り返しのつかないことをしてしまったというやり場のない罪悪感だけだった。先生は僕を責めなかった。


 亡くなった猫は病院側が引き取り、僕はタイヤにこびりついた赤黒い血痕を眺めながらそのまま帰宅した。学校は休んだ。その後バス通学に変更し、もう二度と自転車に乗ることはなかった。

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