第5話「伝説」③

ザグフェーは驚きを隠せないでいる。



「あり得ない。彼女の性格からして……」


「それが真実さ。これ以上は不毛な議論だ、ザグ。」



そうして、二人とも黙り込んでしまった。ウェンデルは父さんとホーンを交互に見て、息が詰まるほど重苦しい空気になってしまったと感じたが、二人の話す深刻な話題に、自分が口を挟む余地はないことも分かっていた。しばらくして、ホーンが口を開いた。



「明日のことが片付いたら、もう一緒に来なくても構わない。本当のところ、俺もお前にはここに残っていてほしいんだ。」



そう言いながら、ホーンは無意識にウェンデルを一瞥した。しかし、ザグフェーはすぐさま否定する。



「一緒に行くさ、バカ言うなよ。」



これ以上言っても無駄だと分かっているホーンは、ただ深いため息をついた。ウェンデルは、父が自分と一緒にいるよりも友達を助けることの方が大事だと言うのを聞いて、落ち込まずにはいられなかった。知らぬ間に、彼らはトウヒ林の中に入っていた。ザグフェーは周囲を見回して言った。



「この先、森を抜けたら、たしか小さな丘があったと思う。まずは俺が登って、次にどこへ行くか見てくる。」


「おう、お前に任せるよ。」



一時間ほどして、ようやく三人がトウヒ林を抜け出すと、目の前には広大な真っ白い雪の斜面が広がっていた。見上げると、まるで世界の境界線を守る白い守護者のように、十数もの山々が堂々とそびえ立っている。取るに足らないほど小さな三人の人間なんて、雄大な自然の前では三匹の蟻に過ぎなかった。



「ここでちょっと待ってろ。」



そう言いながら、ザグフェーは装備を下ろし、ピッケル片手に軽快な足取りで、そう遠くない位置にある小さな丘へ向かった。ウェンデルはその足早な後ろ姿に驚き、この数日間、父さんとホーンは自分に合わせるためにかなりスピードを落としてくれていたことにようやく気づいた。悔しさのあまり思わず聞いた。



「ぼく、二人の足を引っ張っちゃったかな?」



ホーンは笑い、ウェンデルが何を考えているのか分かっているようだった。



「そんなことはない。少なくともザグと俺にとって、君が足手まといになることは永遠にない。」



ウェンデルはホーンの真剣そうな顔を見て、少し気が楽になった。



「そうだ。さっき父さんが、あんたが復讐を考えているって言ってたけど、それって……」



ウェンデルがまだ言い終わらないうちに、ホーンは頑として首を振った。



「坊や、これは君が知らなくてもいいことだ。ザグに聞こうとしても無駄だぞ、あいつは答えないからな。これも君のためなんだ。」


「……また大人の独り善がりかよ。」



ホーンは軽く笑った。



「そこまで言うなら、君が大人になった時に、教えてやるか考えてみよう。」



ウェンデルは不服そうに言った。



「まだまだ先なんだけど。」


「そうでもないさ。時間というのは俺たちが考えているよりもずっと無情なものだ。そう言えば、俺からも君に聞きたいことがあったんだ。」


「なに?」



ホーンはどんなふうに話すべきか考えていたようだが、結局、率直に聞くことにした。



「普段から……何か変わった声が聞こえないか?」



ウェンデルはしばらく考えて、確認するように聞いた。



「変わった鳥の鳴き声や虫の鳴き声のこと?」


「いや、なんて言うか……目に見えない誰かが独り言をつぶやいていたり、君に話しかけてきたりするような声、みたいな。」


「聞こえないよ。おじさんは普段からそういう声が聞こえるの?」


「俺も聞こえない。ただ……いや、何でもない。聞こえないんだったら良いんだ。」



何か言いかけてやめたホーンに、ウェンデルは少し疑問を感じたが、さらに問いただそうとした矢先で、ザグフェーが戻ってきた。



「待たせたな。この雪の斜面を抜けて崖沿いにあの山を越え、さらに少し歩けば着くだろう。」



ホーンは頷いた。



「よし、行こうか。」



ザグフェーの先導のもと、正午近くになって、彼らはようやく最後のモミ林に到着した。かなり生い茂ったこのモミ林は、昼間でも日の光があまり差し込まず、足を踏み入れた瞬間に三人は不気味な寒さを感じた。



ウェンデルが見上げると、数多もの灰白色の木が真っ直ぐ伸びており、一番低い木の枝でも、少なくとも三十メートルはあって、細長い氷柱がぶら下がっていた。ウェンデルは、氷柱が頭上に落ちる光景を想像しただけで身震いがした。ホーンはあたりを見回して言った。



「いつも通り、手分けして探そう。」


「迷子にならないよう、道中に印をつけておくのも忘れずに。」


「言うまでもない。」



ホーンが南東へ向かうのを見て、ザグフェーはウェンデルを連れて北東へ向かった。険しい林道を三十分ほど歩くと、ウェンデルはもうこれ以上歩けないほど足が痛くなってしまった。



「父さん、少し休もうよ。」



ザグフェーは、ここまでほとんど休憩をしてこなかったことを思い出した。ウェンデルが音を上げるのも無理はない。



「それならお前はここで待ってろ。勝手に離れるなよ。」



足早に立ち去っていく父さんを見届けると、ウェンデルは大きな岩を見つけ、その上に積もった雪を払って座り込み、ほっと一息ついた。しかし、しばらく休んだ後、急に全身が冷えてきて、歯がガチガチ鳴るほど震え出した。



早く体を動かさなくちゃ……



ウェンデルは立ち上がり、足に少し力が戻ってきたのを感じたので、ザグフェーが雪の上に残した足跡に沿って歩き続けることにした。足跡を追いながら周囲を見回す。



ウェンデルは漠然とした不安を抱えながらも、一人で冒険することに少し興奮していた。歩いて行くうちに、木々がまばらになり、森の端に近づいているようだった。その瞬間、そよ風が耳元を通り抜けた。



もうすぐ門が開く。



ウェンデルはすぐさま振り向いたが、誰も見えなかった。混乱して周囲を見回しても、他には誰もいないようだった。今のは幻聴だったのだと自分に言い聞かせようとしたその時、突然、羽毛でくすぐられているようなこそばゆさを右耳に感じた。



今度はあの女の子?


グレイドの涙を取り返したいのかな?


バカ、彼女は立派な大人だ、もう女の子じゃない。



「君たちは誰?」



ウェンデルは恐る恐る大声で問いかけたが、まるで彼の叫び声がまったく聞こえなかったかのように、それ以上ささやき声は聞こえなかった。ウェンデルはごくりと唾を飲み、両目を閉じて、全神経を集中させて耳を傾けた。ずいぶん時間が経ってから、ようやく微かなささやき声が再び聞こえた。



フィルってば、どれだけ供え物を呑み込むつもり?


それは彼が決めることじゃないだろう。


あんなの彼の本体じゃないのに、アホだな。



ウェンデルは一生懸命耳を傾けたが、ささやき声は風のように素早く遠ざかっていく。目を開けて風が遠ざかって行った方向を見つめ、それから父さんが地面に残した別の方向に伸びる足跡を見下ろす。結局、好奇心が勝った。



ちょっと見に行くだけだ、また足跡に沿って戻ってくれば良いだけのことさ。



そう考えながら、ウェンデルは潜在意識からの警告を押し殺し、足早に風を追いかけた。十五分も経たないうちにウェンデルは森から出てきた。目の前には、どこか見覚えのあるような、森に囲まれた雪原が広がっている。



ウェンデルは直感的に雪原の中心に向かって歩いたが、しばらくして、見間違いではないかと目を瞬かせた。



一筋の青い光が空中に浮いている。



その光は、途轍もなくゆっくりと回転していた。いや、光と呼ぶのもしっくりこない。どちらかと言えば柔らかな綿毛や、あるいは飄々とした霧雲のようだ。いずれにせよ、それは確かに青色をしている。氷のように冷たい青色だ。



ウェンデルはゆっくりと慎重に近づき、青い細糸のようなものから三歩ほど離れたところで静かに観察した。しばらくして、これは脅威ではないと感じたウェンデルは、手を伸ばして触れてみることにした。



ところが、人差し指が冷たい青色に触れた瞬間、言葉では言い表せない恐怖が突然彼の胸から湧き上がってきた。



「うああああああああ」



ウェンデルは地面に膝をつき、小さな両手で頭を抱えたが、その目が大きく見開かれ、止めどなく涙が流れ出ていることに気付かなかった。また、全身を激しく震わせ、無意識のうちに縮こまっていたことも、彼の口から発せられた甲高い叫び声が、しゃがれた弱々しいうめき声に変わっていったことにも気づかなかった。



これは最も純粋な恐怖である。



人間が突如として死に直面した時、本能的に感じる恐怖のような。ただ、ウェンデルが感じたのは、それよりもはるかに重く、強烈なものだった。


その冷たい青色は、そもそもこの世に存在しないものだったから。



それは、異世界からきた恐怖だった。

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