第29話 冒険者"再"登録

 プレーリーから西方、緩やかな草原地帯を抜けて現れる『カンタリオンの町』。


 ヴァレリス王国の辺境に位置するルミナリア領。

 この地方は広大な草原地帯を中心に、いくつかの町や村を抱える領土であり、ルミナリア侯爵家が治めている。

 その領土にはプレーリーやカンタリオンも含まれており、辺境ながら交易や冒険者の往来で活気がある。


 カンタリオンの町でまず目を引くのが、町の中心にそびえ立つ大きな鐘楼──『タイタスの塔』だ。

 元々周囲の魔物を威嚇するために建てられた防衛施設だったが、現在では時を告げる役割を果たすだけでなく、町の象徴として愛されている。


 塔を囲むようにカンタリオンの市街地が広がっており、そして町の南端には、この地方では珍しい冒険者ギルド支部がある。

 その周辺には、鍛冶屋や道具屋、旅人向けの宿屋などが集まり、常に賑わいを見せている。


 アルティア・クロニクル本編でも、主人公エミルがプレーリーから出て最初に訪れる町である。



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 気づけば俺たちはカンタリオンの町に到着していた。


 緩やかな草原を抜けた先、カンタリオンの町並みが見えてきた時点で俺は既に吐きそうになっていたが、チェイシーはそんな俺の不調などまるで気にせず疾走を続けた。


「うぅっ……おぉぉぇえ……」


 地面に降り立つと、全身の力が抜け、膝に手をついてなんとか呼吸を整える。


「なんじゃ、情けないのう」


 サイファーが呆れたように言う。

 彼は軽々とチェイシーの背から降り立ち、埃を払う。


 カンタリオンの町の入り口で、チェイシーはじっと座り込んでいた。


「町に入れんのは知っておるな? ここで大人しく待っておれ」

「にゃあ……」


 威厳のあるキラーチェイサーなのに、その目はどこか寂しそうだ。

 そんな声で鳴くなよ。

 ギャップがすごいんだ……。


 サイファーがチェイシーの首元に手を伸ばすと、そこに小さなタグを取り付けた。

 タグには「登録魔物レジスタード・ビースト」の文字と、サイファーの紋章が刻まれている。


「こうしておけば、野良扱いされずに済むんじゃ。覚えておけ」

「あ、あぁ……」


 チェイシーは耳をぴくりと動かし、少しだけ不満げな目でこちらを見たが、特に反抗することなく伏せの姿勢を取った。

 なるほど、確かにゲームでも基本は馬車移動だったが、町の中に入ると仲間になった魔物たちは付いてこない状態になっていたな。

 初めて見る光景だが、フェイの記憶もあるのでなんとなくは認識はしている。



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 町の南端に位置する冒険者ギルドは、見るからに頑丈そうな石造りの建物だった。

 玄関には大きな二重扉があり、その中央には冒険者ギルドの紋章が彫られている。


 中に入ると、活気のあるざわめきが耳を打った。

 カウンターの前で依頼を受ける者や報酬を受け取る者、仲間と情報を交換する者で賑わっている。

 壁には大量の依頼書が貼り付けられ、冒険者たちがそれを吟味している光景が目に入った。


「……おぉ」


 俺は改めてギルドの雰囲気に圧倒された。

 ゲームの中ではよく見た光景だが、実際にここにいると、その喧騒や熱気が肌で感じられる。


 サイファーがカウンターに向かって歩み寄り、俺もその後を追う。

 受付には、柔和な笑みを浮かべた若い女性が立っていた。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドカンタリオン支部へようこそ」


 彼女は丁寧に頭を下げると、サイファーを一目見て軽く目を見開いた。


「おや、サイファー様……久しぶりでございますね。今日はどのようなご用件でしょうか?」

「こいつを冒険者として登録してやってほしい。魔物使いの見習いとしてじゃ」


 サイファーが杖を俺の方に向けると、受付の女性は俺に視線を向けた。


「初めての登録ですか?」

「……えっと、その……」


 一応"俺"は初めてなのだが、フェイクラントは以前冒険者登録していたようだし、どう答えればいいんだろうか……。

 言い淀む俺の様子を見て、彼女は小さく微笑みながら話を続けた。


「では、こちらへどうぞ」


 俺はカウンター横に設置された台座に誘導された。

 台座の中央には、淡い青い光を放つ大きな水晶が鎮座している。


「この水晶で魔力登録をさせていただきます。手で触れることによって、その者の魔力量や力量なんかもある程度測れますが」


 なるほど、魔力によるハンコみたいなものだろうか。

 魔力量を測れるということは、それに合わせてランク分けでもされるのだろうか。

 俺が緊張しながら水晶に手を置くと、周囲がかすかに震え、青い光が強く輝き始めた。


「……あれ?」


 受付の女性が眉をひそめる。


「以前、登録されている記録がありますね。『フェイクラント』という名前で、職業は戦士……」

「あっ、そ、それなんですけど……」


 やはり登録されていたようだ。

 俺自身の意識が入ったことによって、また違う魔力になっていたら……とも思ったが、俺の魔力はフェイクラントのものと全く変わらないようだ。


 俺は頭をかきながら、何とかごまかそうとする。


「その……カードを、紛失しちゃったみたいで……」

「なるほど、では再発行手続きを行いますね。再発行には銀貨5枚の手数料が必要となりますが、よろしいですか?」

「……はい、お願いします」


 俺は懐から銀貨を取り出し、カウンターに置いた。

 元はクリスが稼いだお金だったが、今の俺にはこれしかない。

 俺なんかが彼女の金を適当に使って良いわけはないが、今回は仕方ない。


 受付の女性は、手早く再発行の手続きを進め、俺に新しいギルドカードを手渡してくれた。



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 名前: フェイクラント

 職業: 魔物使いテイマー

 ランク: F


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 ……まぁ、わかってはいたがフェイクラントは最低ランクであるFのままだったようだ。

 しかし、魔物使いになるには本来試験があるところを、サイファーがいるだけでここまですんなり行くのにはやはり冒険者ギルドからも彼への信頼は厚いのだろう。



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 ギルドでの登録手続きを無事に終えた後、俺たちは街の市場へ向かった。

 食材や道具の買い足しをするためだ。


「ふぅ、毎回ここに来なければいかんと思うと骨が折れるの」


 サイファーがため息をついてそう言う。

 レイアさんはたまにプレーリーに降りてきて、食材などを大量に買っていた。

 しかし、村が無くなってしまったことによって遠出するしかなかったのだろう。


「引っ越したりはしないのか?」

「……ま、それができれば一番いいんじゃがの」


 サイファーは視線を横に逸らしながら、適当に手を振った。

 その様子は明らかに話をはぐらかしているようにも見える。


 いくら危険な魔物を飼っているとはいえ、今住んでいるところのような外れに住めば、Sランク魔物使いであるサイファーなら問題なさそうなのだが。

 ……他に思い当たる節があるとするなら、やはりレイアさんかな。

 彼女は魔族だし、この町でも魔族は見かけない。

 俺が思っているよりも、魔族と人族の壁というのは分厚いのかもしれない……。


「……!」

「なんじゃ、どうし──ぬぉおおっ!!」


 気づけば、俺は無我夢中で走り出していた。

 勢い余って、サイファーの横腹にぶつかりながら。


「ぬぁあああああ!! 食材がぁあ!!」


 背後で慌てふためいているサイファーを無視しながら、俺は人混みを縫うように走り抜ける。

 裏路地にたどり着くと、そこに立つ三人組の背中が見える。

 そして、その先にいるのは──金髪で三つ編みの十歳ほどに見える女の子。


「あの……帰らせてください……」

「おいおいおい、思い切りぶつかって来といてそりゃねぇよお嬢ちゃん」

「そうそう、あーイタタタ。さっき転んで擦りむいたところがよぉ……」

「まぁまぁ、謝る気があるないってなら、代わりにちょっと協力してもらえば許してあげるわよ?」


 涙目になりながら小さな声で懇願する少女に、目の前の奴らは寄ってたかって嘲るように笑みを浮かべている。

 どうやら何かしらくだらない因縁をつけているらしい。

 全員、冒険者風の装いだ。

 軽装の皮鎧に、腰には剣や斧をぶら下げている。


 その光景に足が止まりそうになるが、俺の脳内では別の衝撃が走っていた。


「セレナ?」

「──え?」


 少女がハッとしてこちらを振り向く。

 涙目だった瞳が、驚きと警戒で揺れる。


 やはり、間違いじゃなかった。


 アルティア・クロニクルにおける正ヒロイン──未来のエミルの嫁『セレナ・グランチェスター』が、そこにはいた。

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