第16話 切り札

「うぉおおおお!!」


 俺は木剣を振りかざし、ザミエラに突進する。


 ──ギィンッ!!


 ザミエラの大剣と木剣が激しくぶつかり合う。

 だが、一瞬の衝撃で俺の腕はしびれ、すぐにバランスを崩してしまった。

 力が桁違いだ。


「神威自体は強力だが、使い手が未熟だな」


 ザミエラの声と共に、彼女の剣が再び振り下ろされる。

 その圧力に、俺は転がるようにしてなんとか避ける。


「ひぃっ!」


 俺のすぐ横に大剣が振り下ろされると、地面にクレーターが出来た。

 おいおいふざけんな。

 一撃でも食らったらアウトじゃねぇか。


「くそっ、やべぇ……!!」

「ははははっ! 遅いぞ、次はこっちだ!!」


 ザミエラは笑いながら俺と遊ぶように大剣を振るう。

 一体あの細い腕のどこにそんな力があるんだ。


 だが、油断してくれるならそれでいい。

 正直本気で来られたら、三秒も持つ自信がない。


 転がりながらもなんとか立ち上がり、再びザミエラに向かっていく。

 俺の木剣は光り輝いているが、それでも彼女の圧倒的な剣術には歯が立たない。

 攻撃の為に振るというより、受け切るだけで精一杯だ。


「──り────よ」


 クリスは後方で詠唱か何かをブツブツとつぶやいている。

 彼女が何かを準備しているのはわかるが、この状況であとどれだけ時間を稼げるのか──。


 ザミエラが俺の動きを見切り、素早く大剣を振り下ろしてきた。


「がッ!?」


 反射的に木剣を構えて受け止めようとしたが、その衝撃でまたもや腕がしびれ、剣を落としてしまう。


「しまった……!!」

「武器がなければ、神威も発動できまい」


 ザミエラは俺の木剣を拾うと、その手から火魔術を放ち、燃やし尽くした。

 くそ、俺の手から離れると神威はアウトってことか。


 だが──。


「フェイ!!」


 後方からのクリスの声で、俺はすぐに引き、ザミエラから距離を取る。

 丁度十秒だ。

 いや、正確には必死すぎてよくわからなかったが、クリスが声を出すような気がした。


「なんのつもりだ……? 貴様のその状態では、もはや上級魔術は使えまい。仮に使えたところで、先程程度の魔術ではどうにもならん」


 ザミエラは大剣を下ろし、静かにクリスを見る。

 まるで何も警戒していないどころか、次はどんな手品を見せてくれるんだと言わんばかりの余裕の表情だ。

 確かに、クリスはあれほどまで上級魔術を連発していたが、大丈夫なんだろうか。


「そうね……今の私じゃ、もう上級魔術は唱えられない。でも、魔力を送ることくらいならできるわ……」

「むっ?」


 クリスの言葉に、ザミエラはクリスの手から魔力が上方に放たれているのを感じ、すかさず空を見上げる。

 俺もその方向へ目をやる。


 上空には、先ほどの急激な上昇気流によって巨大な積乱雲が発生していた。

 ……なんだ!? 少なくともさっきまではこんなもの無かった。


「これは……」

「雲って、どうやって出来るか知ってる?」


 ザミエラの声に、クリスが空に向かって人差し指を刺しながらそう言う。


 ……雲の作り方?

 確かなんかの番組で聞いたことあるな。

 確か上昇気流が上の方で冷やされると──そういうことか。


 クリスは闇雲に上級魔術を連発したわけではなかった。

 エクスプロードで空気を暖め、それをサイクロンで一気に持ち上げる。

 そこで急激な上昇気流もどきが発生。

 さらにアブソリュートで上空を冷やし、気体ではいられなくなった水が一気に凝固して雲に──


 俺はクリスの計画を理解した。

 そしてその雲は、クリスが十秒間魔力を注いだことにより、彼女によってコントロールされ──


「まさか……!」

「受けよ……神の一撃……!!」


 ザミエラの目が見開かれるが、もう遅い。


 クリスが最後の詠唱を唱え切ると同時に、その指先が振り下ろされる。

 ザミエラが驚愕の表情を浮かべた瞬間、暗雲がバチっと鋭い音を立てて光り輝いた。


 ──ズガァァアアアアアッッ!!!!!


 空を引き裂くような轟音と共に、巨大な雷光が雲から地上へと落ちた。

 その雷はまるで神の怒りそのもののように、眩い閃光を放ちながら、ザミエラに直撃する。


「がぁぁぁああああああッッ!!!!」

「うおっ!?」


 衝撃が俺にまで襲いかかる。


 今まで上級魔術の三連打でも余裕で耐えたザミエラに、初めて苦悶の表情が浮き出る。

 ザミエラの黒い大剣が激しく震え、彼女の周囲に張られていた魔力の障壁がバチバチと音を立てて崩壊していく。

 圧倒的な雷撃の力が、ザミエラの鎧を焦がし、周囲の地面に焼け焦げた痕跡を刻み込む。

 彼女は感電しながら白目を剥き、落ちた雷は凄まじい音と共に土埃に飲み込まれていった。


「……!!」


 すぐに静寂が訪れる。


 周囲はまるで濃霧の中にいるような視界の悪さだった。

 雷の衝撃と轟音がまだ耳に残り、肌には熱の余韻がひりつくように感じられる。


 ──やった……のか?

 倒せているかは不明だが、少なくともすぐに反撃が来るような気配は感じられない。


「……クリス!」


 混乱する頭を振り払い、すぐにクリスのもとへと駆け寄った。

 彼女は前のめりに倒れている。

 怒涛の魔術の連打で、彼女の身体は限界を超えてしまったのだろう


「クリス! しっかりしろ!!」


 俺は慌てて彼女の肩を抱き起こし、呼びかける。

 薄く開いた彼女の瞳が、わずかに動く。


「フェイ……逃げて……」


 力ない声が、震えながら俺の耳に届く。

 こんなになってまで俺の心配だけを……。


 周囲には土埃が立ち込め、ザミエラの姿は見えない。

 だが、クリスが放った雷は確実に彼女を捉えていた。


「お前を置いて逃げれるかよ……一緒に逃げよう。今のうちだ」


 俺は震える声でそう告げる。

 クリスはかすかに微笑むと、そのまま力を抜いた。

 焦る気持ちを抑え、俺はクリスを優しく抱き上げた。


 細い身体が俺の腕の中に収まる。

 こんなにも小さく、か弱かったのか──


 正直、もうダメだと諦めていた。

 だが、全力で戦うクリスを見て考えが変わった。


 早く逃げよう。


 その瞬間、空からポツリと冷たいものが頬に触れた。


「雨……?」


 一滴、また一滴と降り始める。

 先ほどまでの熱気に満ちた空気が、急速に冷えていくのを感じた。

 雲が分厚く覆い尽くし、雨粒が勢いを増していく。


「……っ……急ごう……」


 クリスが魔術で生み出した積乱雲が、ここに本格的な嵐を呼び込んだのだろう。

 降りしきる雨が、燃え盛っていた村の炎を消し去っていく。

 まるで村全体が涙を流しているかのようだった。


「ザミエラは……?」


 俺は土埃が渦巻くその先を見つめるが、何も見えない。

 雨の音と風のざわめきが辺りを包み込み、ザミエラの姿は見えない。

 あの雷撃を受けて倒れたのか、それとも土埃に紛れて逃げたのか。


 どうでもいい。

 今は早くこの場から逃げなくては……。


 俺はクリスを抱きかかえたまま、一歩踏み出そうとしたその瞬間だった。


「……っ!」


 視界の隅で、異様な動きをする何かが目に入る。

 それは雨に濡れた地面から、不気味な影のようなものがゆらりと伸び上がっていた。

 薄い霧と雨粒を通して見えるそれは、まるで生きているかのようにくねり、俺たちの方へと近づいてくる。


「フェイ!」

「なっ!?」


 影が伸びて来たと思った瞬間、クリスに強く押され、俺は真横に倒れる。


「な、なんだ!?」


 慌てて見上げると、クリスが俺を庇ってくれたのか、いくつもの影に捉われ、全身の動きを封じられていた。


「──んんっ!?」


 影はクリスの胴体、首から口にまで伸び、もはや喋ることすらできないでいる。


「クリス!!」


 俺は目の前の光景に凍りついた。


「ぐっ……はぁ……はぁっ……」


 土埃の中からゆっくりと現れたのは、ボロボロのザミエラだった。

 あの雷撃をまともに受けたにも関わらず、彼女はまだ立っている。

 彼女の漆黒の鎧はひび割れ、ところどころ焼け焦げているものの、その赤い瞳にはなおも狂気と憤怒が宿っていた。


「ふざ……けるなよ。人間風情が……!!」

「くっ!!」


 ふざけるなはこっちのセリフだ。

 雷の電圧知らないのかよ。

 これでダメならどうしようも……。


 ザミエラの足元からは漆黒の影がいくつも伸び、クリスを縛り付けている。


 どうすればいい。

 クリスは捉われ、仮に脱出出来たとしてももう魔術は唱えられないだろう。

 俺も木剣を失い、剣無しでは神威が使えそうにない。

 俺が使える初級魔術程度じゃ役に立たないことは明白だ。


「遊びは終わりだ……殺してやる──」


 ザミエラは立ち尽くすだけの俺に、再び薄気味悪い笑みを浮かべた。

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