第13話 やれば、できる
「うぁあああああああああああああっ!!」
家から飛び出した俺は、そのまま村の広場にある剣術の練習用の丸太に木剣を叩きつけていた。
ベルギスが作った、エミルや村の元冒険者や、かつて俺が練習にも使わせてもらったものだ。
「はぁっ……はぁっ……!」
正直、今更特訓をしたって何かがすぐにでも変わるわけじゃないことはわかっていた。
でも、クリスから激励を受けて俺は思った。
「悔しい……ッ!!」
ゴンッ!
木剣と丸太がぶつかり、鈍い音が響く。
「元ニートだからなんだっ!! 村人だからとかっ!! 敵が強いからとかっ!!」
叫びながら木剣を振り回し、丸太を殺すつもりで叩きつけていく。
悔しいって思えるうちはまだ大丈夫だ。
俺はまだ腐っちゃいない。
「勇者じゃないとかっ!! 魔術が向いてないとかっ!!」
俺の流れ出る感情は、もはや自分では止められなかった。
腕が痺れても、痙攣しても、ひたすら木剣を振り続ける。
「自分に言い訳してんじゃねぇよっ!!」
涙で視界がぼやけていても、関係なかった。
「どうせならレベルMAXまで上げて…言い訳なんてそれから考えろよ…ッ!!」
どれだけ嘘を言っても、クリスは優しく許してくれた。
正直、甘えといてなんだが、あいつは甘すぎるとさえ思った。
でも、そのクリスが、こんな俺にも「頑張れ」と言ってくれた。
それに、報いたかった。
---
数十分後。
「はぁ……はぁ……」
俺はまだ丸太の前に立っていた。
腕はもう動かすのすら痛くて、筋肉の細胞が悲鳴をあげているのがわかる。
型もめちゃくちゃで、ただ子供のように木剣を振り続けた。
正直言って、かなり効率の悪いトレーニング方法だ。
丸太にはいくつもの新しい傷があり、そこには以前エミルやベルギスがつけた傷もある。
2人がつけた傷は、俺のつけたものよりも鋭く、深い傷だ。
「……っ!」
歯を食いしばる。
自分の強さと、エミルたちの強さが比べられているようで、嫌になる。
それでも……変わらないと分かっていても……
「うぉおおおおおおおおおっ!!!」
最後の力を振り絞り、全霊を込め、丸太の中心を射抜く気持ちで剣を突き立てた。
ちょっとやそっとで変わらないことなんてわかってる。
それでも、悔しい思いを全力でぶつけたかったから──
──その瞬間、世界が止まったような気がした。
「──え?」
俺から放たれた刺突は、寸分違わず丸太の中心を狙っている。
そして視界が、水中に沈んだかのようにゆっくりと動いて見えた。
まるでスローモーションだ。
(なんだ……これ……?)
視界がゆらゆらと揺れる。
木剣はまるで俺の腕と一体化したように、迷いなく、丸太の中心に向かって進んでいく。
やがて先端が丸太に触れ、吸い込まれるように丸太に呑み込まれ――
「あがっ……!?」
突如、腕から木剣の先にかけて激しい痛みが走る。
同時に、俺の袖が破れ飛び散り、風に舞った。
あまりの痛みに膝をつき、俺は腕を押さえたままうずくまる。
(なんだったんだ……今の……)
痛みに耐えながら、俺はゆっくりと顔を上げ、丸太を見つめた。
「なっ……」
そこにあったのは、見慣れない風穴がぽっかりと空いた丸太だった。
まるで刃が鋭く穿ったかのように、円形の穴が深々と木材を貫通している。
傷跡の周りには木の繊維が逆立ち、あたりにかすかな木の香りが漂っていた。
(馬鹿な……これを……俺が?)
息が荒く、鼓動が速まっていく。
かすかな風が吹き抜け、風穴から通り抜ける音が小さく響いた。
木の剣で丸太を貫通させるなんて芸当、物理的に考えてもおかしい。
しかも木剣の方は今の一撃でも割れることすらしていない。
「ス、ステータス!」
俺は自分のステータスを呼び出す。
とりあえず『力』の数値を見たかった。
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ステータス
名前:フェイクラント
種族:人間
職業:道具屋店員
年齢:28
レベル:12
神威位階:活動
体力:57
魔力:18
力:29
敏捷:34
知力:15
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「…………」
力自体は、まぁ半分わかっていたことだが、前に見た時と変わっていなかった。
しかし、よくわからなかった『神威位階』とやらが『潜在』から『活動』に変化している。
だからと言ってよくわからないことに変わりないのだが、もしかするとコレが作用しているのだろうか?
……正直、体感は何も変わらないし、もう一度やれと言われても出来る気はしない。
木剣に目をやる。
特に変わったことはない。
力を込めて握り、自分の中にある何かを送ろうとしてみる。
「……うーん」
つい先ほどまであった木剣と腕が一体化するような感覚にはならなかった。
だが、丸太に空いた風穴を見て、ひしひしと感じる。
『これは俺がやってのけた』ことなのであると。
「よし……! ……よしっ!!」
俺は歓喜に打ち震えた。
自分は勇者ではなく村人だからと諦めていた。
これができたのは偶然たまたまかもしれない。
だが、それでも俺は嬉しかった。
(やれば、できる)
叫びたい気持ちはあったが、今更になって近所迷惑だと冷静に考え、両腕でガッツポーズすることだけに留めた。
立ち上がり、高まった心を落ち着ける。
帰ったら、クリスに話そう。
何もかも全部。
今回のことで、俺は彼女に気づかされた。
勝手に何もできないと決めつけ、怠惰を貪っていた。
それでも俺、フェイのことを常に元気付けようと、心配してくれ、果てには勇気まで与えてくれた。
そんな人は今まで誰もいなかった。
だからこそ思う。
彼女のことが好きだ。
クリスは万が一好意があったとしても、それはきっと俺ではなくフェイクラントになのかもしれない。
だからフェイのことも伝えよう。
今、ここにいるのはクリスの知っているフェイなのではなく、なぜか違う世界からこの体に乗り移った別の人間だと。
そして、気持ちも伝える。
クリスはきっと驚くだろう。
フェイはどこ? と聞かれても何もわからないし、パニックにさせてしまうかもしれない。
状況が飲み込めるまで時間がかかるかもしれない。
でも、もしもそれでも彼女が俺を認めてくれるのであれば、一緒に冒険者になろうと、今度こそ声をかけよう。
彼女と二人で冒険したい。
あ、マルタローも連れて行けと怒られちゃうかな。
俺にはまだ懐いていないが、あいつもきっとついてくるだろう。
そして、これはまだ推測にすぎないが、俺にはたぶん、何か使命がある。
この世界でおそらく唯一、エミルが勇者となって世界を救うことを知っている身だ。
もう彼らはヴァレリス王国に向かっている。
急いでも追いつけないかもしれない。
「…………」
拳を握りしめる。
だが、行ってみよう。
俺にも、何か出来ることがあるのかもしれないのだから。
(帰るか……)
痛む腕を押さえながら、クリスの待つ家に向かう。
──その一歩目を踏み出した瞬間だった。
「──────ッ!!」
村の入り口の方から、耳をつんざくような悲鳴にも似た声が聞こえた。
思わず振り向く。
「なんだ……?」
俺は無意識のうちに木剣を握りしめたまま、その方向に駆け出していた。
嫌な予感はしていた。
村の入り口までは、そう遠くない。
だから俺はたどり着いた時に、すぐに声の正体がわかった。
「……ッ!」
村の入り口にいたのは二人だった。
一人は黒い甲冑を纏い、赤い瞳を輝かせた女性だった。
彼女の真紅の髪は無造作に結ばれ、鎧の隙間から覗くしなやかな体躯は、どこか艶めかしさを漂わせている。
風に揺れる黒いマントの下、漆黒の装備が静かに輝き、彼女の周囲の空気さえも凍りつくような威圧感を放っていた。
その華奢とも言える手には彼女ほどの大きさを持つこれまた真っ黒な大剣の柄が握られており、
その大剣の先には……
プレーリーの門番であるビルさんが、胸を貫かれて死んでいた──
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