第2話「ちゃんとするって言ったじゃん!」


【浮世 凪】


「──整理するわよ。あんたは異世界からやってきた妖精で、名前はグレン・バイオレット。人間界に来た目的は契約した魔法少女と一緒に怪人を倒すこと……であってんの?」


「よしよし、ようやく理解できたか。じゃあ俺も成果を発表してやるよ。お前はこの街で私立高校に通う高校2年生。本名は浮世うきよ なぎ。血液型はB型で誕生日は7月23日のしし座。好きな動物は猫で嫌いな動物は大きな犬。虫全般が苦手でスポーツの経験は無し。幼い頃は喘息を患っていたが今はほとんど完治している。好きな食い物は酸っぱいもの、とりわけ近所の中華屋の酸辣湯サンラータンがお気に入りで週に一度は食べに行く。嫌いな食べ物は皿うどん。優秀な両親は2人とも海外赴任でどっちも現地に愛人がいる。お前は月に1度送られてくるかなり多めのお小遣いで悠々自適なハイスクールライフを送るが、寄ってくるのはお小遣いにあやかりたい鳩みたいな連中ばかり。結局奢りまくって小遣いを使い果たしたら誰も相手にしてくれなくなって、金を稼ごうと安直にパパ活に手を出した。そして出会ったばかりの男とホテルに入り……やれやれ、相手が俺で良かったなぁ凪?」


「……死ね」


 この男、グレンは私が気を失っている間にスマホを勝手に開いて、個人情報を閲覧しまくっていた。私がsnsに投稿した文章とか写真とか……鍵アカの意味知らねぇのか殺すぞ!!


「お前、こんだけの長文に2文字で返事リプとかどうなってんだよ」


「どうなってんだはこっちのセリフなのよね……とにかく、あんたが妖精だが妖怪だかなのは認めるわ。けど、私契約とかしてないし」


「あ? ホテルでしただろ。ほれ」


 グレンは懐から1枚の紙を取り出して見せた。A4サイズの紙に何やら文字みたいなのが書いてあって、真ん中に赤黒い血の痕がにじんでいる。


「妖怪って定期的にキモイことしないと死ぬの?」


「お前は定期的に脅さないと態度を改められねぇのか?」


「……ご、ごめんなさい……言いすぎた……」


「素直な凪が好きだよ俺は」


「…………」


 悔しいけど、あのフォークで左手を突き刺されたのは完全にトラウマだ。当分パスタは箸で食べることになりそうなくらいに……。


「まず、俺が提示した契約内容は『妖精のお兄さんとホ別イチゴで魔法少女になってくれる女の子(処女限定)』だったよな?」


「……ああそれね、マジでキモ……こほん、間違いないわ」


「で、俺はきちんとホテル代を払ったし、凪……お前はイチゴを食べたよなぁ?」


「……はぁ? イチゴってなんのこと──」


​──もしかして……というか、もしかしなくてもイチゴの、パフェ……じゃない?


「……あんた、騙したわね!?」


「騙してねぇよ人聞き悪いな。言っとくが、イチゴ食ったくせに逃げようとしたからあんなに強引な血判になったんだぞ?」


 グレンが血のついた紙をびらびらとたなびかせた。


「嘘でしょ、血判って……ほんとはちょっと切るだけで良かったってこと!?」


「まああれだ。こっちもお前のオラつきにかなりイラついてたからな。おあいこだろ。傷も治ってるし」


「何がおあいこよ、こんな悪徳商法みたいな……ていうか、それよ! 何で傷が治るわけ!?」


「魔法少女になったんだから、治るに決まってるだろ。怪人と殺し合いすんのにすぐ壊れたら話にならんからな」


「まって、その怪人? とかと闘うの、私絶対に嫌なんだから! 騙されたようなもんなんだし、契約は破棄でしょ! クーリングオフよクーリングオフ!!」


「そんなもんあるわけねーだろバカ。死ぬか満期になるまで契約は解除できねーよ」


「関係ないし! 私が協力しなきゃいいだけの事じゃん!!」


 精一杯勇気を振り絞って、私はグレンにそう言った。グレンも怖いけど、怪人とかいうのはもっと怖いに決まってる。だって怪人なのよ!?


「……なまじ怪我が治るとよぉ、楽に死ねなくて大変だと思わねぇか? 凪〜」


「……ひっ、お、脅してもだめだし!!」


「ほぉ〜じゃあ1時間以内にお前の口から魔法少女をやりますって言わせられなきゃ、俺は諦めて別のやつを当たるとするぜ」


「ま、マジ!? 約束よ、約束なんだからね!?」


「よしじゃあ風呂に行くぞ。服を脱げ」


「え、ちょ、はぁ!?」


「なんだよ、服とか床に血がついたら落とすの大変だぞ? その点、風呂場ならやりたい放題だ」


「こ、このサイコパス……ふざけんっ、ん、んん!!……んんんんんんんんッッ!!!!?」


 グレンが急に私の口に手を突っ込んで、舌を引っ張り出した。


「さっきからなんて口の汚い女だよ。風呂場に行く前に舌を切り落としとこう……ああ、ちゃんと後でくっつくから安心しろ。よしいくぞ〜せーのぉ……」


「……ふうぅ! あほうほうほふるああ!!! あっええぇっ!!」


「ん、なんか言ったか?」


 グレンが掴んでいた舌を離した。私はえずきながら咳き込んで、床を涙と唾液で濡らした。


「……うぇ、ごほっごほ、するから……魔法少女するから……痛いことしないでぇ……」


「そうかそうか。魔法少女やってくれるんだな〜助かるよ凪〜」


 グレンは床にしゃがみこんで、私の頭をぽんぽん撫でた。いや、撫でてるフリして自分の手に付いた私の唾液を髪に擦り付けてる……許せない、こいつだけは、いつか隙をついて殺してやる。妖怪だったら、殺人にはならないはず……。


「──けど、痛いことはやめないからな」


「……へ? ちょ、なんでよ……私、ちゃんとするって言ったじゃん!?」


「話せば長いんだがな、つまんで言うと全部お前のためなんだよ凪。俺だって好きでお前を虐めたいわけじゃない」


「ちょっと、そんな話掻い摘まないで!! ちゃんと説明しろ!!」


「はぁ、マジでめんどくせぇなコイツ……俺はあれだ、その〜フリーランスの妖精なんだよ」


「……は?」


 フリーランスの妖精ってなによ。意味がわからなすぎて一瞬思考が停止しそうになった。


「こっちの世界に来て怪人を倒す“スレイヤー”ってのは、俺たちの世界ではれっきとした職業なんだよ。普通は魔法少女管理育成協会っていう所に登録されてる妖精が、協会の指示に基づいて魔法少女を選抜、管理育成していくわけだが……俺はそこには所属してない。まあ、個人事業主ってやつだな」


「……よく分からないけど、それが何で私を痛めつける話に繋がんの」


「ずばり肝心なのはそこだ。いいか? 怪人ってのは言わばマイナスエネルギーの集合体なんだが、魔法少女にはマイナスエネルギーをプラスエネルギーに転換する力があるわけだ」


「その、マイナスにプラスをぶつけて怪人を倒す……ってこと?」


「ほとんど正解。正規・・の魔法少女には協会の工房から“ステッキ”っつー便利ツールが支給されるんだが、これは魔法少女の力を使いやすくするための道具でな。例えばプラスエネルギーを飛ばしたり、マイナスをプラスに転換するパワーを飛ばしたりとか」


「……つまりビームとか出して、怪物を倒す道具……ってこと?」


「お前の頭のレベルに合わせて言うとまさにそうだ」


「……マジでムカつくんですけど」


「でだ、俺はフリーランスだからその便利ステッキを持ってない」


「はぁ!? じゃあ私どうやって怪物と戦うの!?」


「はいきました、それがお前を痛めつける理由だ!」


「はぁ?」


「お前を虐める事によって、お前の中には負の感情……つまりマイナスエネルギーが蓄積されるわけだ。幸いお前は器が小さくて最高にキレっぽいし、ストレスが直ぐに溜まる性格だよな」


「余計なお世話だし!!」


「そして魔法少女の性質、マイナスエネルギーをプラスエネルギーに転換する力……つまりはこれを怪人じゃなくて自分に使うんだ。すると、お前に溜まった負のエネルギーが全て正のエネルギーに転換し、怪人に対してめちゃくちゃ強くなれるって寸法だ。どうだ、この俺の天才的発想は」


「何が天才的発想よ、変態的発想の間違いでしょ!? だいたいそんな滅茶苦茶な方法、他にやってるやついるわけ!?」


「世の中には、道を切り拓く者とその後に続く者の二種類が存在する。なんと俺たちは前者だ」


「……い、イカれてんじゃん……やっぱ私嫌だから! せめてそのステッキだか何だかを何とかして手に入れてよ! じゃなきゃ怪人となんて戦わないんだから!!」


「……ちっ、いちいちうぜぇ女だな。わかったよ、何とか手に入らねぇかルートを探っといてやるから、とりあえず今日は既存のプランでいくぞ」


「……今日はって、どこに行くのよ」


「話聞いてなかったのか? 魔法少女になったんだから怪人をぶち殺しに行くに決まってんだろ」


「今から!? そんな、急すぎるじゃん! だいたい外も真っ暗だし、まだ研修とか何も受けてないんだけど!?」


「じゃあ今から行くのが研修だ。早く行かねぇと怪人がとられちまうぞ」


 散々文句を言って抵抗したけど、結局私はグレンにお腹を殴られてあえなく外に引きずり出された。

 グレンが拾ったタクシーに載せられて、数十分……タクシーは繁華街で止まった。


「……こんな所に、怪人がいるわけ?」


「ああ。正確にはこの裏側・・だな」


 グレンが片手で私の首根っこを掴んで、パチンと指を鳴らした。すると、途端に繁華街から喧騒が消え失せた。

 街の景色は何にも変わらないのに、通行人だけが忽然と姿を消してしまった。


「……ひ、なに!?」


「ここはお前たちの世界の裏側、お前たちの世界から滲んだ負のエネルギーの溜まり場ってとこだな。普通、生物は入って来れない領域だから、なにか動くものがあればそれはここで生まれた怪人か……」


「……か、怪人か、何よ?」


「……俺たちの同業者だ」


 グレンの話から分かってはいたけど、やっぱり他にもいるらしい。私以外にも、魔法少女ってやつが──

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ホ別イチゴって言ったじゃん!!〜P活したら魔法少女になったんだけど……〜 寿司猫 @sushineco

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