〇〇くんと××ちゃん

蒼空豆

出会い編

#1 【アイデンティティ】

俺が覚えてる父親の姿は誰の言うことも聞かずに好き勝手に動いてる父親の姿だった。

父は俺には優しかったから父の事は別に嫌いじゃなかった。まあ優しくしてくれたのは家族で唯一の男だったからなのかもしれない。家族の中では母や姉2人からも嫌われていた。父の味方は誰も居なかった。自分に正直に生きてる父の事は尊敬していたが孤立して寂しそうな背中をして家から出て行った父の事を今でも思い出す。だから俺は今も自分の考えを吐き出す事が出来ず喉の奥でいつまでもつっかえている「それ」を吐き出さぬように堪えている。いつも口から出る言葉は真っ赤な嘘で固めた「いいよ」という言葉だけだった。

家族の仲は別に悪くないし、友達も沢山いる。

でも何を聞かれても口から出るのは「いいよ」という言葉のみ。いつしか自分の事が分かんなくなった。自分の考えなんてない空っぽな人間になってしまったのかもしれない。自分をさらけ出すことに恐怖を覚えてしまった結果自分を失ってしまった。楽しい事も悲しい事も人並みに感じてるつもりだった。しかし小学校の時に

「お前って何考えてるか分かんないよな。」

「気持ち悪い」と言われ俺は自分騙す事にした。どうやら人に合わせる才能が俺にはあったらしい。いつもニコニコして人と話している。何も面白くないのに。全然何も感じていないのに陽気に振舞っている。俺は今日も本心を吐き出せないまま「いいよ」という言葉を吐き出す。そういう風にプログラムされたロボットのように。いつしか見失った自分はどこに行ったのだろうか。心の奥底で泣いて待ってるのかもしれない。友達と話してても面白くないのに笑っている。気づいたら周りに合わせてしまっている。そんな日々に疲れてたまには1人になろうと今日の昼ご飯は誰も居ないであろう屋上へ向かった。

…どうか誰とも会いませんように。



私は昔から曖昧なことが嫌いだった。間違ったことも嫌いだった。何事も物事はハッキリするべきだし間違った事はしっかり間違ってると言える人間だった。小学校まではそれで良かった。中学ではその性格が仇となった。そんなことをしてるうちにいつしか周りから人が消えた。人は人から正しい事を言われると耳を塞ぎたくなる性質を持っているらしい。そしてその正しさを持っている人間を遠ざけたくなる。もしくはその正しさをねじ曲げようとしてくる。端的に言うと私は孤立し唯一構ってくる人間は私を虐めてくる人間だけだった。小学校の頃仲が良くて親友だった子はいつしかいじめっ子と一緒に私を虐めるようになった。「ずっとそういう所が嫌だった」とかなんだか言って。そうならそうとハッキリ言えばいいのに。そうやって曖昧にどうして人と付き合うことが出来るのだろう。私には分からない。間違ってる事を間違ってると言って何が悪いのだろうか?絶対的な正義がいつだって正解とは限らないという事なのだろうか?私は分からなくなった。中学時代に学んだことは、人は悪意に弱いという事だ。高校生になった私は人にハッキリと物事を言うことを辞めた。どんなに気になっても周りの空気に合わせて有耶無耶にした。そうした方が楽だった。友達もできた。でも時折思う。本当にこれで良かったのか?と。過去の自分が問いかけてくる。そんな自分でいいのか。私はそんな自分を押し込め鍵をかけ戸を閉めた。自分を殺して生きていく事にしたのだ。そう生きた方がきっと良いのだ。しかし、限界は自分が思うよりも早くきてしまった。同じグループの子から同じクラスの子を虐めようという話が出た。理由は「真面目すぎて口うるさいから」自分と重なってしまった。グループLINEで交わされる悪口。明日から無視をしろという独裁政治。反論は求めてない。許される言葉は肯定のみ。私は疲れてしまった。そんな内容に否定も肯定もしない返答を送ってしまう自分に酷く呆れてしまった。そうして私はこんな自分を終わらせようと屋上へ向かった。

…結局自分を変えたところで世界は変わらなかった。そこにあったのは空虚な自分と確かに感じる自己嫌悪だけだった。



屋上でご飯を食べていたら女の子が来た。最初は大して気にしていなかった。が、気にせざるを得なくなった。何故なら彼女は屋上から飛び降りようとしていたからだ。どう考えてもめんどくさい事は分かっている。でも流石に目の前で人が死ぬかもしれないのに呑気に昼ご飯を食べられるようなお気楽さは持っていなかった。俺はいつもみたいに笑顔の仮面を貼り付けながら彼女に話しかけた。

「そんな事しようとしてどうしたの?」

「俺なら話聞くよ?」

だが彼女の答えは酷く完結だった。

「いいえ、助けなんて求めてないので大丈夫です。」

勝手に助けを求めていると決めつけてしまった。空気を読むことしか取り柄のない俺は

「そっか…じゃあいいよ」

そう言って立ち去ろうとした。しかし、彼女の表情が目に入ってしまった。何処か空虚な自分に絶望してしまったような表情に誰かと重ねてしまった。辛いならいっそ自ら命を絶った方が楽なのかもしれない。

…でもやっぱりそんなの間違ってるじゃないか。例え辛く、苦しい道のりでも必死に生きる方が良いのでは無いだろうか。そう思った俺は引き返し彼女にもう一度声をかけた。

「やっぱ、タンマ!マジどーしたよ」

「助けようとかそういうのじゃなくてさ俺はただ単純に君の話が聞きたいな」

「…なんでですか」

「…君が俺と同じように泣いてるから」

「…貴方は泣いてないじゃないですか」

「うん、そう見えるよね」

「でもほんとは悲しいんだ俺」

「俺さ…色々あって自分が無いんだよね」

「自分を出すのが怖いんだよ」

「今日公共でアイデンティティの話があったじゃん?あれ聞いて俺絶望したよ」

「だって俺にアイデンティティなんて無いんだもん」

「だから俺は悲しい…多分きっと」

そうすると彼女は一度きゅっと強く閉じた後、何かを決心するかのように話し始めた。

「私は…自分を殺し続ける事に疲れてしまいました」

「私が一番嫌ってる人種と同じになってく感覚が堪らなく嫌で、でもどうする事も出来なくて」

「自己嫌悪と空虚な自分だけがあって」

「毎日毎日ご飯も食べてるし呼吸もしてるし自由に動けるのに心だけが何処か深く暗い所にあって…」

「まるで生きたまま死んでるみたい…」

「だからもう本当に死にたいんです私」

彼女の話を聞き、俺は答える。

「…その気持ち凄く分かるな〜」

「ねぇ、せっかく出会ったんだしさ」

「お互い自分がない、アイデンティティを見失ったもの同士仲良くしようよ」

「一緒に自分を探さない?」

もし、必死に生きる事が辛く、苦しい道のりで耐えられないのだとしたら。1人で頑張ることが出来ないのだとしたら。同じ苦しみが、痛みが分かる自分が一緒にその道を歩いてあげよう。そんな事を望んでいなくても勝手に隣で歩いてやろう。

「だから死ぬのは辞めよ」

「きっと居なくなって悲しむ人は居るよ」

「俺も居なくなって悲しかった事があるから…」

彼女は屋上の柵を跨ぎ、こちら側へ戻ってきた。そして一言泣きながら彼女は言う。

「…アイデンティティって何なんでしょうね」

屋上に見える2つの人影が静かに息を吐き、

校内へ消えていった。

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