好きな人に一年前の告白をお預けされたので理想的な男になりました

智代固令糖

前編 俺と塗絵ちゃん「気持ち悪いね」

 百目鬼塗絵どうめきぬりえは大学で唯一できた好きな人だ。


『じゃあまず、友達の定義から考えてみよっか』


 初めての告白なんて、誰だって上手くいかないはず。だから最初は友達から始めよう。それにしても大学生になって『友達になってください』なんて言うとは思わなかったな。


 幼い頃から心躍る方へふらり流れて行き、つまらないものからはすぐに離れてしまう、自由で自己中な人間。友達づくりは得意でも、親友をつくるには不向きな性格。


 そんな俺がいつものように、なんとなく珍しい名前の組み合わせだからという理由で喋りかけたことが塗絵との最初の出会いだった。


 第一印象は名字に似つかわしくない、フリルの似合う普通の女の子。ゆるいカールのかかったロングヘアーは茶髪に染められて、典型的な大学生って感じだった。


 第二印象は名前に似つかわしくない、絵心のない可愛い人。


『君はピカソのすばらしさを完全に理解しているの?』


 あと、言い訳とごまかすのが大好き。


 塗絵を他の人に説明するとき、いつも『不思議ちゃん』という簡単な表現でしか表せないことが最近の悩みだ。塗絵のいいところは決して面白いところだけではないのだと声を大にして言いたいが、それじゃあ塗絵のいいところを原稿用紙一枚分書け、と言われても困ってしまう俺の語彙力のなさに肩を落とす日々を送っている。


 なにせ大学生活で誇れることは五十名ほどのクラスの中で一番塗絵について知っているということぐらいだ。自己紹介にも、ましてや就活にも使えない呆れたものだが、それで一喜一憂できるほどに俺は今塗絵にぞっこんというわけだ。


 しかし、俺はふと塗絵のことを実は何も知らないのではないかと思う時がある。


 本当はクラスの中に塗絵の親友がいるかもしれないし、俺に何も言わずサークル活動をして、そこにいるやつの誰かと塗絵がひそかに両想いになっているかもしれない。いまだに名前を覚えられないインディーズバンドが好きだけど、本当は誰もが知っている韓国アイドルにはまっているのかもしれない。


 俺は塗絵のことをすべて知りたい。


 そんなことが頭によぎるとどうしても嫌な自分になってしまう。


 自分だけが塗絵のことを知っている世界で生きたい。


 春夏秋冬、喜怒哀楽、いつでもどんなときでも俺は塗絵の隣にいたい。


『リスク回避型モラトリアム、この意味わかる? これ以上はカテゴリーエラーだから』


 俺は塗絵の何もかもが大好きで、二回生になっても俺は塗絵の横をべったりとくっついて大学生活を送っている。今、俺のすべては塗絵のためにある。


 塗絵のためなら、一緒にいれるなら何でもすると俺は心に決めた。


「ねぇそこのカッコいいお兄さん、私と一緒に駅まで歩きませんか?」


 十六時半過ぎ、四月なのにもう夏が到来したのかと思うような強い日差しから身を隠すため、A館下のベンチに座っていた俺は目前にショートスカートをはいた女の子に声をかけられた。清楚な声が自分よりもかなり高い位置から聞こえる。


 これは世間一般で言うところの逆ナンだろうか。俺は経験したことがないから、何と言葉を返していいか分からない。今どきの女の子はすごく男らしいんだな、と自分にないものを持っている目の前の子に少し緊張して目を合わせられない。

 

 そんなあたふたしている俺にその子は、すぐそばで軽やかに足を折りたたみ目線を合わせる。


「男なんだからもっと自信たっぷりな感じ、してよ」


 目の前にいるのはいたずらっ子のように満面の笑みを浮かべる、塗絵だった。


「それは……ずるいよ」

「ずるい? 違うでしょ?」


 何かを欲しがっている顔。数秒間見つめ合えば、求められた言葉ぐらいすぐにわかる。


 だけど、俺は口を噤んだ。


「何も、言ってくれないんだ」


 塗絵はボールが投げられるのを心待ちにしている犬から、だらんとつるされた人形のように目のハイライトが消えた。


 そんな顔されたら、俺はもう——。


 強張った口は、言い慣れていない言葉に拒否反応をしつつも、ぴくぴくと頬筋を震わせながら吐き出す。


「そういうの、気持ち悪い、と思う」


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