実家に帰ってますか?

なんぶ

実家に帰ってますか?

 どこもかしこも満員で、押しつぶされそうになりながら、やっとのことで最寄駅についた。

 スーツケースを引きずって家に帰る。

 「ただいまー」

 「なんだ、あんた、こんなに帰ってくるの早いの」

 「あっち出るとき、ちゃんとライン送ったよ」

 「え……あ、ほんとだ、気づいてなかった」

 台所からは年越しそばの出汁の匂いが漂っていた。


 上京してもう何年になるんだろう。

 もう、ここしばらくは仕事が忙しいのもあって、お盆と正月しか帰っていない。それも、五日もいれば長い方で、たいてい三日ぐらいしか過ごしていない。特に会う人もいないし、こっちで出かける場所もないし、これといった用事もないし。

 大体半年ぐらいの周期でしか帰ってないからか、帰るたびに地元の景色も、家の中の様子も変貌している。

 ♪〜

 聞き慣れない電子音が鳴る。

 「あ、電子レンジも新しくしたんだ」

 「そうなの。前のやつ、ついに壊れちゃって。二十年頑張ったから仕方ないけどね」

 台所の家電も、子供の頃から使っていたもののほとんどがお役御免となり、見慣れない新入りたちがピカピカと並んでいる。

 電子レンジも電気ポットも冷蔵庫も多機能すぎて、絶対に使いこなしてはないと思うのだが、それを言うと怒られそうなので何も言わない。

 「味見してよ」

 うちの年越しそばは、鶏ガラ。しっかり煮込むからこそ、ほっとする旨みがある。

 小皿の出汁を飲み込む。

 「……しょっぱくない?」

 「そう?」

 「もうちょっと薄いのがいい気がする」

 「そうかなー。あ……しまった」

 「どうしたの」

 「……肝心の年越しそば買い忘れた……! やだ、まだ売ってるかな」

 「え、この前道の駅で買うとか言ってなかった?」

 「忘れちゃった〜」

 「えー」

 そんなことある? と冷蔵庫を開けると、ちゃんと年越しそばがあった。

 「あるじゃん」

 「あれ、ほんとだ。……でも絶対何か買い忘れたんだよ〜何だっけ〜」

 学生の頃は忘れ物が多いことを年中叱られたものだ。

 だんだんと、親と自分の役割が入れ替わっていくことを、毎年感じる。


 「おう、おかえり。早かったな」

 出かけていた父も帰ってきた。

 「ただいま」

 「ちょうどいい、男手が欲しかった。荷物下ろすの手伝ってくれ」

 「はいよ」

 父の背中も、ずいぶん頼りなくなった。

 「精米行ってきたんだ」

 「せっかくだから年内に行こうと思って。まいった、年の瀬だから駐車場がどこも停められなくて……米持っていくのが大変でさぁ」

 「あいよー」

 トランクから米袋を抱えて、家の中へ持っていく。

 もう結婚とか、孫とか、言ってこなくなった。父もずいぶん丸くなった。自分も大人になり、みんな年をとった。

 いやに、寂しい気持ちになるのは、年末だからだろうか。


 でかいテレビ(二年前に新しくなった)に、キメキメのアイドルたちが順番に投げキスをしていく様子が映っている。年越しそばをつつき、ちょっといい刺身を食べて、事務作業のような会話をして、今年も終わっていく。

 「じゃ、寝るから。風邪ひくから早く寝なさいよ」

 二十二時、母が眠気に耐え切れず、脱落。

 「良いお年を」

 「良いお年を」


 大雪の中、鐘をつく様子が映っている。

 「じゃ、そろそろ寝るわ。おやすみ」

 年明け三十分、父も脱落。

 「おやすみ」

 ぼーっとツイッターなんかを見ながら、全体的に浮かれているテレビを見る。

 毎年こう。きっと、来年も。


 ♪〜

 <……ください…………してください……>

 聞き慣れない電子音と、女の人? のような声?

 「え、今何時……?」

 スマホは五時二分と表示する。充電は二十二%。

 「うっわしまった、寝落ち……! 新年から……!」

 毎年布団には戻っているのに、珍しく寝落ちしてしまった。慌ててテレビとこたつの電気を消して、食器を水につける。

 ♪〜

 <……ください……ください……>

 どこの家電だ? しきりに聞こえる。あんまりうるさいと、眠りの浅い父が起きる。

 台所じゃなかった。洗面所も違う。母の部屋のあたりだ。

 ドアの前に立つと、音は一層よく聞こえた。

 「ごめん、なんか音鳴ってるから入るかんね」

 一応ノックするが、返事はない。

 そっとドアを開けると、母の寝ている下? から音が聞こえる。

 ベッドの下か。スマホか何か落としたのかも。かがむが、それらしいものはない。

 ♪〜

 <設定してください……日付を設定してください……>

 母の下にコードが伸びている。スマホが下敷きになっているようだ。

 母を動かして起こすのもかわいそうなので、そっとコードを引っ張ってみる。


 「えっ?」


 コードは、母の首につながっている。

 コードは、例えば点滴のチューブとかそういうものではなく、スマホにつなぐようなものだ。Type-Cとか言われてるやつのように見える。

 「は……?」

 ♪〜

 <日付を設定してください……日付を設定してください……>

 首のあたりに、ボタンが見える。押してみる。

 <現在は二千二十年、一月一日でよろしいでしょうか?>

 「違うけど……」

 ボタンを操作して、きっちり今年の日付に設定した。

 電子音はおさまった。


 震えが、おさまらない。


 母の体をじっと観察する。呼吸っぽい動きがない。ぴくりとも動かない。充電中の赤いランプが首元で光っている。

 悪い夢だ、初夢がこれなんて、縁起悪すぎるけど。

 怖くなって部屋を出た。

 ……父は?

 そう思わずにいられなかった。

 そっとドアを開けて、父の近くへ。普段なら、少しの物音で目覚めていてもおかしくない。

 首元が赤く光っている。

 充電中だ。

 母と同じで、眠っているというより、電源がオフになっているという様子。


 居間に戻り、自分の頬をつねり、叩いた。痛い。

 寒くて仕方がないのに、脂汗がダラダラと出てくる。

 スマホの充電は五十%にしかなっていなかったが、荷物をまとめて家を飛び出した。

 始発はもう走っているはず。

 信じたくない。

 信じられない。

 何が起こっている?

 過呼吸になりかけながら、正月の静かな朝から、逃げるように最寄駅に駆け込んだ。


 怖いのが。

 あれから、普通に母からラインが来る。

 正月のことは、緊急対応が入って帰らなきゃいけなくなって、連絡しようにも充電切れだった、急に帰って悪かった、という話になっている。

 何も変わらない。いつも通りのラインが来る。野菜をもらいすぎたから送るとか、近所の誰々が亡くなったとか。

 「ねえ、いつのまにロボットになってたの?」

 そんな風に聞けりゃいいんだけど、怖すぎて聞けない。怖い。いつのまに生身じゃなくなったのとか、どうして相談してくれなかったのとか、そもそも帰省のときに話してこなかったってことは、俺に隠しているってことなのか、本人たちの意思なのか、あまりにも怖くて、度胸がなくて、聞けていない。

 お盆は帰らなかった。忙しかったのはあるけど、勇気が出なかった。あれが初夢ならいいけど、残念なことに意識ははっきりしてて、全然現実みたい。


 ……でも、法事は帰ってきなさいと言われてしまった。

 正月からおよそ十カ月。重い足取りで帰ってきた。

 話している分は普通だ。いつも通りだ。何も変わらない。

 深夜、両親の部屋に忍び込んだが、やっぱり首元にコードが刺さってて、充電していた。

 「初夢が長すぎるって……」

 重い気持ちで自分の部屋に戻った。


 次の日は法事。

 「あんた眠れたの? 顔色おかしいけど」

 「この年になるといつもこんなだよ」

 本当のこと、言えればいいのに。

 おばあちゃんの遺影を持ちながら、よくわからないまま法事を終える。

 家に戻り、喪服を脱ぎ、遺影を戻す。

 「あたしらが死んだら、あんたああやって遺影持つんだねー」

 縁起でもない、と軽く流そうとした。


 じゃあ今の状態って、望んでなったわけじゃないの?

 それとも隠してるの?

 母さんたちが燃えたら、何が残るの?


 頭がおかしくなりそうだった。

 平穏を装い、仕事が忙しいからと日帰りで帰った。

 怖い。どういうことなんだろう。無理すぎる。

 いつまで続くんだろう。ちゃんと死ぬのかな。

 とにかく、しばらく帰省する気は皆無。


 ……メーカーが保証期間中に壊れてほしいな。


 縁起でもないのは自分の方だ。

 目の当たりにした現実を見ないように、ガラガラの電車の座席で目を閉じた。

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実家に帰ってますか? なんぶ @nanb_desu

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