第3話 新事実は聞き流せ
ヒロイン候補は、かれこれ十五分ぐらい興奮した様子で話し続けている。ほぼ一人で。
「ボク、カイル先輩だけじゃなくて、ブレク先生にもあこがれているんだよねぇ。先生は元騎士で、それこそ
「ファウル・フォールタウンくんはまだ来てないよねぇ? 彼のおうちはFT商会という仲介を主とした会社を経営なさっているんだけど、人脈が幅広くて。ボク、お母様からご挨拶するように言われているんだ。なにせボクんちは『明日は庶民』の男爵家だからね~」
「デフォートも見たよね、リュカ・ルクスブライト様。彼と同級生だなんて、ボクたち運がいいよね。彼はルクスブライト公爵のご長男なんだ。ご姉上様がいらっしゃるから爵位は継がないと思うけれど、家令を務められるんじゃないかな? こちらに通われるのも、そのあたりが理由だと思うんだ。公爵子息なら無条件で首都の学園に通えるのにね~。領地のことを一番に考えていらっしゃるのかなぁ……ステキ」
俺は、ほとんどを聞き流しながら理解した。この子はヒロインの親友ポジションだ、と。やたら情報通の便利なサブキャラクターである。厄介な子に捕まってしまったようだ。
なんとか質問を挟んだところ、彼――スウェンくんは騎士科の所属だった。この小さな体で騎士なんて務まるのか心配したが、これだけマシンガントークを繰り広げられる体力があるなら大丈夫だろう。彼は注目する同級生の情報を披露した後、学園の七不思議を語り始めた。現在は十二番目。ちなみに七不思議の七番目は「七不思議を全て知ると不思議が一つ増える」だそうだ。そういう情報は、本物のヒロインに開示してほしい。俺は情報過多でパンク寸前だった。
三人目の光るキャラクターこと、金髪碧眼の王子様系イケメンが登場した時には、思わず拍手した。誰だか知らんがありがとう。
再びキラキラが舞い周囲の人々が停止する中、俺はヒロインの捜索をあきらめ離脱した。近場かつ静かそうな大講堂の裏手へと移動する。
そこには光る先客がいた。
短髪細身で眼鏡のイケメン、キラキラ輝くエフェクトと謎の現象、手にはタバコを添えて。もはやおなじみとなりつつある演出に俺はうなだれた。ブルータス、お前もか。
「んっ、タバコ?」
なんとこのイケメン、インテリ眼鏡枠と思いきや不良キャラか。とはいえ大人として見過ごせない。相手が驚いているすき(動作停止中)に手からタバコを取り上げる。
「えーと、未成年者の飲酒、喫煙は法律で禁止されています」
少しして、動き出したイケメン眼鏡に注意するのも忘れない。まったく、なんて作品だ。ちゃんと「作品中に未成年者の喫煙シーンがありますが、この作品は、未成年者の飲酒、喫煙を推奨するものではありません」て注釈がついているのだろうか。憤慨していると、相手の言葉に今度は俺が驚かされた。
『日本人……?』
『……お宅も?』
お互い日本語で言い合う。ここで「お前も?」と言えないあたり俺も年を取ったものだ。
『なるほど。いや、想定外でした』
イケメン眼鏡は天を仰ぐと俺からタバコを取り返し、それを足で踏み消した。燃えカスはさっとハンカチで包んで制服のポケットにしまう。高そうなハンカチだったけどいいのだろうか。
「失礼しました。ユキムラといいます。こちらではクラウスと呼ばれています」
懐から名刺の一枚も取り出しそうな雰囲気だ。
「
「デフォートですよね?」
おお、コイツ……じゃなくてユキムラさん、この作品に詳しいと見た。こんなモブキャラクターの名前まで把握しているなんて。でも名前がわかるということは、俺はただのモブじゃなくて何かしら役割があるサブキャラクターということだよな。ヒロインに横恋慕して殴られる役とかだろうか。根暗感ある見た目だからストーカーかもしれない。願わくば犠牲者枠でないといいのだが……。
「よかった、俺、何の作品かわからなくて」
根掘り葉掘り聞きたいところだが、無情にも集合を知らせる魔法式のアナウンスが聞こえてきた。
ユキムラさんはもたれていた壁から背中を離すと、
「じゃ、またお会いしましょう。主人公さん」
と言い残し、去って行った。
「しゅじんこう?」
おい、おい、おい。待て、待て、待て。俺が主人公ってどういうことだ? 俺は別に発光してませんけど?
混乱しすぎて入学式の内容なんて全く入ってこなかった。もっとも椅子におとなしく座ること以外、新入生が行うことは何もない。みっちりと練習させられる卒業式とは違い、
少し落ち着いてきたところでヒロイン探しを再開する。ユキムラさんに担がれたのだ、と思うことにした。
それっぽい子は見つからない。可能性がありそうなのはリュカくんぐらいだが、スウェンくんが「ルクスブライト公爵のご長男」と言っていた。女性の地位も男性と完全に同等な世界なので、出自から性別を偽る必要性は特にない。町を間違えたドジっ子ヒロインの線で行こう。今後「女子校と統合することになりました」な展開が待ち受けているのだ、きっと。そうでないと、俺が主人公プラスやたらキラキラしたイケメンたちイコール……という恐ろしい結論に達してしまう。
大講堂は無駄に広く、前方の三分の一しか席が埋まっていない。女子校との統合展開期待度に一点を追加しよう。俺たち新入生の左側に教師陣が、右側に司会者と登壇予定の
「うぉい」
思わず声が出た。席次は苗字のアルファベット順だ。「W」で始まる俺は、最後列にいる。それにしても最前列! 主要キャラクターが集まっているらしく、そこだけ色が飛ぶほど発光している。まぶしくて前が全く見えないじゃないか。偉い人その三はあきらめ、目を細めて主要キャラの確認に切り替える。
ひぃ、ふぅ、みぃ……
発光持ちは新入生に三人、教師陣に二人いた。幼なじみを入れて六人だ。三人であの光量となると、全員揃ったら何かしら召喚できそうである。その時はサングラス持参で、遠巻きに眺めたいものだ。カイル含め上級生は式に出ていないので、ほかにもいると考えておこう。先ほど出会ったユキムラさんは、背筋を伸ばしてまじめに話を聞いている。まぶしくないのだろうか。
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