マーティ、広島へ行く
田島絵里子
マーティ、広島へ行く
うららかな春の日差しが教室の窓から差し込んでくる。マーティはあくびをこらえた。終業のベルが鳴り、教科書を閉じて廊下へ出る。
「アメリカこそ正義に決まってるじゃん」
翌日、マーティは家の片付けを手伝っていた。すると、亡き祖父の書斎から一冊の古びたノートが見つかった。びっしりと書き込まれた手書きの文字と、いくつかの見慣れない写真が挟まれている。その中の一枚に目を留めると、その心臓が跳ねた。
写真には、見知らぬ人々が写っている。背景には廃墟と化した建物。瓦礫の山や、ヤケドを負った人々の姿が不気味だった。裏には「広島 1945年」とだけ書かれている。祖父は広島に行ったことがあるのか? そして、この人たちは誰なのか? さらに読んでいくと、その内容にマーティは息をのんだ。
「広島の現状を見るにつけ、こんなことでは我々はいずれ滅びるとしか思えない」
なぜ、教室ではこのことを教えてくれなかったのか。マーティの頭の中で、疑問が竜巻のように渦巻いた。
彼はノートを閉じ、広島行きを決意した。
来日して広島へ。原爆ドームの土台に転がる瓦礫や、今にも崩れそうなドームを注視した。平和資料館へも行き、その遺品たちや説明文を見て目頭が熱くなってきた。
原爆――それをひと目しただけで目が潰れ、毒気に当てられて人は死んでしまう。この兵器を地に放った祖父たちは、なんという、なんという恐ろしいことを広島に行ってしまったのだろう。
平和公園などを写真に撮りつつ、めまいを感じる。すると、十六歳ぐらいの少年が近づいてきた。達者な英語で、
「大丈夫ですか?」
マーティは、思わず身構えた。
「ぼくはアメリカ人だ。憎んでるんだろう」
ハッと口に手をやった。少年は、にっこりした。
「ぼくの曾祖父は被爆者ですが、憎いのは核兵器ですよ」
マーティは、疑い深いまなざしになった。少年の曇りのない瞳をのぞき込む。
「なぜ俺たちを恨まないんだ」
声が震えているのを感じた。
「今までと同じくらい、これからも大事なんです」
少年は彼を炎の燃える慰霊碑の前に連れて行くと、その碑文を英訳して聞かせた。
マーティはここにある『安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから』という言葉に、何か巨きなものを感じ、打ちのめされてしまった。そしてそのまま、花吹雪のなか、滂沱と涙を流しはじめていたのである。
マーティ、広島へ行く 田島絵里子 @hatoule
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