第17話 不死者の戦い方

 白菊は目の前にある彼の顔を確認して——

「……ッ……⁉」

 思考の方が完全に混乱していた。


 いったい——何故、ここにいるのか。

 いや——

 そもそも——何故、生きているのか。


 絶対に——あり得ない。


「……なん……で? あなたのことは……私のスキルが殺したはずなのに……」


 そんな率直な疑問を向けられて——

「——!」

 一琉はすぐに口を開こうとしていたが、その寸前で思い留まっていた。


 今は目の前に明確な脅威が存在するため、なんの余裕もないからだ。ただ、一切の説明もないのでは、少女のこの混乱に拍車が掛かる恐れがある。それによって、状況が悪化するような事態だけは避けたかった。


 また、バグ・キメラの方も一琉の唐突な乱入によって、一気に警戒感を高めている様子だ。すぐに襲ってきそうな気配はない。香久山から聞いていた通りで、かなり慎重な性格のようだ。そこで、彼は自分の儀能を手短に説明することにしていた。


「……あまり時間はないから、簡潔に言うよ」


 その一方、アスファルトの上に座り直した白菊は、改めて一琉の声を聞いてキョトンとしている。

「……え……?」

 と、小さな反応をしていると、彼がすぐにその重い口を開けていた。


「さっきは、つい言いそびれたんだけど……自分は……死んでも、HP1の状態で蘇ることができるんだ……」

「……え……?」


「……君は自分のことを殺したと思い込んでたようだけど……そもそも、それは不可能なことなんだよね……」


 が——

 その言葉が足りないこともあり、白菊の方は理解が全く追い付いていない様子だ。


「……え……?」

 と、なおも呆然としながら、同じ反応を繰り返している。そこで、一琉はもう少し詳しい経緯を語ることにしていた。


「……要するに、自分は微妙な蘇生ができる儀能を持ってるんだよ。さっきは君のスキルで確かに即死をしたんだけど、すぐに瀕死の状態で復活したんだ。そこに、たまたまHESの人が通り掛かってね。その人に回復をしてもらってから、君のあとを急いで追ってきたんだ。何か嫌な予感がしたんでね。とにかく……なんとか間に合って良かったよ」


「……え……?」

「……えーと。もう一度だけ言うけど……君の即死のスキルは、自分には通用しないんだ。まぁ……この言い方だと、ちょっと語弊ごへいがあるんだけど……」


 ここまでの言及に——


 白菊は自らの脳内で、じっくりとその内容を咀嚼そしゃくしてから――


「——ええ——————ッ⁉」


 ようやく、おおよその状況を理解する。ただ、その驚愕からか、なおも口をポカンと開けたままの状態だった。


 その一方、一琉は少女のこの様子を見て、ただ気まずそうにしている。

「……まぁ、普通はそういう反応だよね……」


 そんな中——

 白菊の内心では、その心情に急激な変化が起きていた。


 今まで彼のことを殺害したと思っていたから、その懺悔ざんげを心の中で延々と連ねてきたのだ。死んでいなかったことは確かに良かったが、無意味に自らの感情が振り回された点に関しては、全く納得ができなかった。


「……そんなこと——早く言ってよ……! 私は……てっきり……!」


 と、何とも言えない表情で怒っている。その気持ちは一琉の方もすぐに理解できていたが、今はこれ以上悠長に話し込んでいる場合でもなかった。


「その話は——また、あとにしよう……!」

「⁉」

「……やっこさん、自分の乱入でかなり警戒してたみたいだけど……もう、待ってはくれなさそうだ……」


 そんな風に状況を正確に捉えると、一琉はゆっくりと立ち上がりながらバグ・キメラの方に向き直っている。また、モンスターの方も彼の脅威は低いと判断したのか、改めて二人に殺意を向けてきていた。


 すると、白菊もそんな両者の姿を視界内に入れて、ようやく現状の危機を思い出す。そして、余計な感情は一旦忘れながら聞いていた。


「……それで?」

「ん?」

「あなたは……あいつと戦う力も……持ってるの?」


 もしかして、戦闘に適したスキルの方も持ち合わせているのか。そうであれば、この状況を切る抜けるための最大の手札になる。こうやって自ら進んで介入してきたのだから、何かしらの手立てがあるものと推察していた。


 だが、当の一琉はそんな期待の眼差しを向けられても、小さく困惑するしかない。次いで、肩を竦めながら、投げやりな溜息を漏らしていた。


「……いや。残念ながら、全く……」


 これを聞いて——

「——⁉」

 白菊が愕然としている。同時に危機感の方を再燃させていると、少女のその心境を察した一琉が思わず自虐的な言葉を漏らしていた。


「……悪いね。自分は、こんな妙なスキルしか持ってないんだ。これ自体も、宝の持ち腐れだって充分に自覚してるし……」


 すると、白菊がその顔をしかめながら、さらに尋ねる。

「じゃあ……この状況、どうやって切り抜けるつもりなの? わざわざ首を突っ込んで来て……」


 ただ、そこで思わず責めるような口調になってしまい——

「——!」

 今度は少女の方が気まずそうにしていた。先程は一旦忘れようとしたが、どうしても感情の方が残っていたようだ。だが、彼のその行動によって助かったことも、まぎれもない事実だろう。さすがに、邪険にし過ぎだと自省をしていた。


 すると、一琉があまり気にしない様子で答える。

「ここへ来る直前に、緊急通報の方は入れておいたよ。あとは……ADFの救援が来るのを待つだけだ。それまでは、二人で乗り切るしかないね……」


 そんな大らかな反応に、白菊の内心では彼に対する信頼感が少しだけ生じているようだ。その方針自体にも、特に異論はない。ただ、それが現実的に可能かどうかは、また別の問題だった。


「待つだけって簡単に言うけどさ……いったい、どうするつもりなの? 私の方は脚を負傷していて、あんまり動けないんだけど……」


 そう問い掛けながら、少女が自身の片足を気にしている。すると、一琉が一瞬だけ沈黙したあと、何やら投げやりな口調で呟き始めていた。


「……とにかく、無理やりにでも自分が時間を稼ぐ。そのための手段を取るつもりなんだけど……」

「……無理やり……?」

「その方法って……あまり気乗りがしないんだよな。でも、他に何も思いつかないから、仕方ないんだけど……」


 だが、一方の白菊には、その発言の意味がよく分からない。

「……それって……どういうこと?」

 思わず小首を傾げていたが、一方の一琉はなおも独白をするだけだった。


「それに……この状況じゃ、四の五の言ってられないか」

「……え……?」

 と、白菊がその言葉に先刻のような反応をしている。すると、ここで彼が少女の方へと向き直り、突飛な言葉を続けていた。


「……じゃ、ちょっくら行ってくるよ。肝心なのは……最初だけなんだ。君の方は……自分が一撃でちゃんと死ねるように、そこで祈っていてよ」


 この意味不明な発言に——

「——って……ええ……⁉」

 やはり、白菊は困惑するしかない。だが、一琉はもう少女には意識を向けておらず、そのままモンスターの方へと無謀にも駆け出していた。


「う——おおおお——————ッ!」


 その一方——

 バグ・キメラは何も動じず、その場で静かに待ち構えている。どうやら、彼に脅威はないと確信している様子だった。


 そして——

 一琉が相手の間合いに飛び込んだ直後のことだ。


 怪物が自らの前脚を力強く真横にぎ払う。


 その次の瞬間——

「——あ……⁉」

 白菊は一琉の身体が簡単にはじき飛ばされる様を見て、思わず絶句をしていた。あの強烈な一撃を、生身で直接受けたのだ。到底、無事だとは思えなかった。


 また、彼の身体はそのまま激しくアスファルトに叩きつけられ、仰向けの状態で地面の上に転がっている。その無残な様を見て、少女は顔を真っ青にしていた。


「……首が……⁉」


 一琉の頭部。それが、あり得ない方向にねじ曲がっている。これは、どう見ても即死の状態だった。


 だが——

「——!」

 そこで、白菊はすぐに前提条件のことを思い出す。


 一琉の先程の説明を、そのまま受け入れるのであれば。

 彼は——殺されても死なないはずだった。


 それでも——

 自身のこの目で見るまでは、その全てを信じることができない。


 そんな何とも言えない表情で、一琉の亡骸なきがらを見つめていたところ——

「——ッ⁉」

 次の刹那、少女の瞳に異様な光景が飛び込んで来ていた。



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