第18話 HP1の状態
バグ・キメラの一撃で一琉が即死をしたあと、白菊がそのまま彼の
突然——
「——⁉」
一琉の全身が淡い光に包まれ、その光景を目の当たりにした少女が言葉を失っている。また、そのような反応をしたのは、バグ・キメラの方も同様だ。蘇生にはそれなりのエネルギーが働くらしく、その異常な力場の発生に警戒して動きを止めていた。
そんな中——やがて、一琉の全身に留まっていた光の粒が徐々に消失していく。その後、彼の身体がアスファルト上に正常な状態で横たわっていた。
一琉の首には、なんの異常も確認できない。完全に、致命傷を受ける前の姿に戻っていた。
それを見て——
「——⁉」
白菊には相変わらず言葉がない。事前にある程度聞いていたとはいえ、あまりにも非常識過ぎる光景だった。
すると、ここで一琉の意識も現世へと戻ってくる。そして、仰向けの状態のままで呟いていた。
「……狙い通りの状況ではあるけど……あー……やっぱり慣れないんだよな、このHP1の状態って……不快感が半端ない……」
これを耳にして——
「——ほんとに……生き返った……!」
と、白菊がようやく安堵をしている。
彼の儀能は——本物だ。
そのことを完全に理解した瞬間でもあった。
が——
「——いや……ちょっと待って!」
次の瞬間、不意に一琉の言葉を思い出す。
彼は言っていた。自らのスキルによる効果は、瀕死での蘇生であると。先程は、たまたま通り掛かったヒーラーに回復してもらったのだと。白菊はこの一連の情報から現状を推察して、急に焦り始めていた。
「今って……HPが1なんだよね⁉ そんな瀕死の状態で生き返っても……⁉」
これ以降は、なんの行動もできないのではないか。そんな指摘を暗に続けていたのだが、当の一琉は平然とした様子で答えていた。
「普通は……そう思うよね……」
「え……ッ⁉」
「でも……今のこの状況は、確かに特定の条件下に当てはまるんだ。自分のこの儀能は、確かにゲームの論理に準拠してるんだよ……」
このよく分からない発言の直後のことだ。
白菊は——
「——⁉」
そこで、今度は唖然としていた。それまで仰向けの状態だった一琉が、その場で一気に立ち上がったのだ。バグ・キメラの方もそれを見て、その一挙手一投足に最大級の警戒を示している。そんな中、彼は悠然とした表情で説明を続けていた。
「……自分のスキルは、瀕死の状態で自分のことを蘇らせてくれる。平時なら、ほとんど動くこともできないんだけど……戦闘中だけは例外なんだよ。ゲームの戦闘シーンと同じでね……」
この後半の言及に——
「——そうなの⁉」
白菊が再び言葉を失っている。すると、一琉がバグ・キメラの方を改めて意識しながら、さらに補足をしていた。
「だからこそ……最初の段階で、あいつに一度しっかりと殺されておく必要があったんだ」
「え……?」
「あいつの攻撃で中途半端な負傷とかをしたら、逆にそこで完全に動けなくなるからね。だったら、むしろHP1の状態を維持して、生と死を繰り返した方がいい。それなら例え足を負傷しても、蘇生の際に全部元通りになるからね」
そう言いながら、自分の首が普通に動くことを確認している。やはり、どこにも問題はないようだ。蘇生によって負傷が全て消えるという説明も、確かに間違ってはいない様子だった。
そこまでの理解ができて——
「……そういう……こと」
白菊は、ようやく彼の思惑を察する。
確かに、これはかなりデタラメなやり方ではあったのだが。
その無限ループによって、時間稼ぎだけはできそうだった。
すると、一琉が白菊の前へゆっくりと移動する。そして、改めてモンスターの方に向き直りながら、背後の少女に語り掛けていた。
「自分には……君のために、奴と戦う力はないけど……」
「え……?」
「……時間を稼ぐための盾ぐらいにはなれるよ」
この発言を聞いて——
「——ッ!」
白菊の表情が一気に変化をしている。ただ、前だけを見ている一琉は、少女のその好意的な視線には全く気づいていなかった。
「君は……自分のことを、存分に肉の盾として使ってくれていい。見ての通り、不死身だからね。まぁ……それでも全身に鈍痛とかがあるから、自分の動きが鈍ってることは頭に入れておいてほしいんだけど……」
すると、ここで白菊がまだ現実的な問題が残っていることに気づく。
「あ……ちょっと待って。あなたの復活には少しの間があるから……その隙に、こっちが狙われることもあるんじゃ……」
だが、一方の一琉はこの指摘にも一切動じていなかった。
「それは大丈夫だよ。バグ・キメラは個体によってそれぞれの性質が全く違うらしいけど、その攻撃パターンだけはゲームのアルゴリズムに縛られてるんだ。それを逸脱してくる奴もいるらしいけど、このレベルのモンスターにはいない。だから、こいつが連続して君を攻撃することはないよ。さっきも隙はあったのに、追撃はし掛けてこなかった。そのこと自体が、その証明だよ」
この見解に——
「——!」
白菊も確かに異論が挟めない。そのまま押し黙っていると、一琉が全てを一言にまとめていた。
「だから……君はその間に、自分の後ろへと隠れることに専念すればいい」
この指示に——
「……うん……」
白菊は否応なく、素直に頷いている。ただ、やはり一琉はバグ・キメラの方だけを見ていたため、少女の今の表情は知る由もなかった。
なんにせよ——
「……さて」
一琉はようやく白菊への説明を終えると、あとは目の前のモンスターのみに意識を向ける。次いで、どこか投げやりな表情を浮かべながら言い放っていた。
「討伐部隊の助けが来るまでだ。自分の変態スキルに……延々と付き合ってもらうからな……!」
が——
その直後のことだ。
何故か突然、バグ・キメラがその場で横方向に半回転をしていた。
この突飛な行動に——
「——ッ!」
一琉が無意識に反応して、思わず身構えた時のことだ。
次の瞬間——
「——な……⁉」
彼がその視線をやや横に移しながら、目を大きく見開いていた。丸太のような長い物体。それがしなりながら、あらぬ方向から一気に肉薄して来たからだ。
一琉はそれの正体がすぐに掴めず、その場で硬直をしている。ただ、白菊の方は引きでその光景を見ていたため、状況を正確に捉えることができていた。
「——あ……ッ⁉」
それは——バグ・キメラの尻尾だった。同じ場所で半回転したことにより、その身体の一部が一拍を置いてから、
「——わ⁉ 捕まった……⁉」
と、一琉の方もようやく状況を理解して、その拘束から慌てて逃れようとしている。だが、戦闘系のスキルを一切持ち合わせていない彼の
また、バグ・キメラはこれ以降、一琉のことを完全に無視する。どうやら、得体の知れない人間の処理は保留にしたようだ。次いで、自らの尾を背後の中空へと意図的に振り上げていた。
その行為によって——
「——わわ……⁉」
一琉の身体は宙に浮き、彼は虚空で足をバタつかせている。上半身での抵抗はそれでも続けていたが、やはり全てが無駄だった。
そんな中、モンスターが白菊の方に向き直り、ゆっくりと動き出している。無論、少女はこの危機的な状況に慌てふためくしかなかった。
「ちょっと……ッ⁉ これって……どうするの……⁉」
と、叫ぶように聞いている。だが、一琉の方もこのような展開は全く想定していなかった。
「……こっちは自力で、すぐに脱出するから! それまで……こいつから、少しでも遠くに離れてくれ!」
だが——
「……そんなこと……言われても……!」
白菊は自身の脚を負傷しているため、まともに走ることすらできない。その指示には素直に従おうとしていたが、とても逃げ切れるような状態ではなかった。
そんな光景を見て——
「——く……そ……ッ!」
一琉が大いに慌てている。自分の腕が壊れてもいいから、なんとか火事場の馬鹿力を発揮して、この拘束から逃れようとしていた。
「こ……んの——ッ! は・ず・れ・ろ・よ——————ッ!」
が——
モンスターの拘束からは、どうしても抜け出せない。
この切羽詰まった状況に——
「——ッ⁉」
一琉の焦燥感がピークに達した時のことだ。
突然、バグ・キメラが白菊に向かって駆け出し——
「——ひ……ッ⁉」
標的にされている少女は、恐怖で完全に硬直していた。
その一方、一琉の身体はモンスターの尻尾の動作に連動して、中空で上下にシェイクされている。
そのような状態では——
「——わわ——ッ⁉」
最早、彼は抵抗する余裕さえ失っていた。
もう——どうにもならない。
二人が同時にそんなことを感じた——
次の刹那だった。
いきなり——上空から、稲妻のような閃光が降り注ぐ。
ただ、一琉と白菊はそれが何なのか、認識する間もなかったようだ。その激しい光の明滅によって、反射的に目を閉じてしまっていた。
『——ッ……⁉』
また、ここで一琉の現状に大きな変化が起こる。何故か急にモンスターからの拘束が解かれ、垂直落下をしたのだ。そして、虚空で完全に混乱する中、顔面からアスファルトに激突していた。
「——んぶえ……ッ⁉」
それと同時に、なけなしの最後のHPを失っている。また、そのまま絶命と蘇生のサイクルに入っていたため、これ以降の状況はしばらく認識することすらできなかった。
その一方。白菊の周辺には、特になんの変化もない。ただ、周囲の空間からいつの間にか緊迫感が消えていることを肌で感じ取っており、少女は静かにその目を開けていた。
すると——
「……え……?」
白菊は目の前の光景を見て、思わず小さな声を漏らしている。先程まで相対していたバグ・キメラ。それが、完全に沈黙しているのだ。その胴体は完全に真っ二つの状態であり、再び動き出しそうな気配は微塵もなかった。
そして——その残骸の真横。そこに、見覚えのない若い男性が一人で立っている。二十代前半ぐらいだろか。黒いロングコートのような制服を身にまとい、その手には一振りの日本刀を
間違いない——
ADFに所属しているスキル・ドライバーの一人だった。
「——こちら、
どうやら——この人物に助けられたようだ。白菊はその事実を理解すると、全身から一気に力が抜けていく。そして、そのままアスファルト上にへたり込んでいると、若い男性が少女のことを少しだけ気に掛けていた。
「……すぐに救助が来る。それまで、しばらく待ってくれ。では」
ただ、それだけ言い残すと、すぐにこの場から立ち去ってしまう。そんな命の恩人のことを白菊は呆然とした様子で見送ると、ふと確認するように独白していた。
「……そっか。私達……助かったんだ……」
すると——
「——そう……みたいだね……」
ちょうど復活したばかりの一琉が、寝そべったまま何気ない反応をしている。ただ、今度は一向に起き上がってくる気配がなかったため、白菊はそれを見て小さく首を傾げていた。
「……って……あれ? どうしたの?」
そう聞きながら、なんとか一琉の近くまで這って行く。すると、彼は仰向けに倒れた状態のまま告げていた。
「……戦闘が終われば……普通の瀕死に逆戻りってことさ。いや……それも変な表現なんだけど……」
「!」
「とにかく……もう、これ以上は動けないんだよね……」
「……そっか……そういうことなんだ」
と、白菊も彼の状態をすぐに理解している。いや、本当に理解できているのだろうか。少女は自身でもそれがよく分からず、小さく首を傾げることにもなっていた。
ただ、今はその小さな困惑以上に、安堵感の方が勝っているらしい。また、しばらくは思考することすら
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