第一章 口撃する少女
第2話 漂流
月が夜空の中天へと辿り着き、そろそろ深夜帯に差し掛かろうとしている時分のこと。とある大都市圏の郊外に
ただ、その挙動はあまり安定をしていない。なんとか直進しながらも、車体が小刻みに左右へと揺れている状態だ。その点を後続のセダンの運転手が不審に思っていると、前方の軽トラが不意に速度を落としながら左へと曲がっていた。
すると、その先にある空間が急に光で満たされる。そこに、大手のコンビニのチェーン店が
その後、運転席から五十代ぐらいの一人の男性が降りてくる。ただ、その人物は終始不愉快そうな表情を浮かべており、小さな悪態をつきながら店の出入り口へと向かっていた。
「……ったくよー……あの台、絶対にイカサマだろ。なんで、あんなに出ないんだよ……」
どうやら、先程まで入り
運転手はそのまま入店をして店の奥に向かうと、ウォークインの冷蔵庫からいつもの安酒をいくつか取り出す。そして、すぐにレジの方へ移動すると、今度は店員に購入するタバコの銘柄をやや乱暴な口調で告げていた。
そんな折のことだ。
駐車場の端に停められていた軽トラの後方。そこで、小さな動きがある。何も積んでいないはずの荷台の上で、黒い何かが急にむくりと起き上がったのだ。
この場所は駐車場のちょうど端であったため、店内からの明かりもほとんど届かず薄暗い。そのためにシルエットさえも分かりづらい状況だったが、それは確かに人の形で間違いなかった。
どうやら、先程の運転手に気づかれないよう、何者かが今まで荷台の中で息を潜めていたらしい。だが、もうここで降車をする様子だ。その者は周囲に人目がないことを確認すると、すぐに荷台から飛び降りてアスファルトの上に着地をしていた。
次いで、すぐに軽トラから離れ、幹線道路の方に向けて歩き出す。すると、進路の関係で店内から漏れてくる光が届き、その姿が闇の中にぼんやりと浮かび上がっていた。
十代後半ぐらいの女子で、真っ白いワンピースを着込んでいる。その栗色の髪の毛はセミロングで整えられており、右の側頭部には小さな青い花をあしらったヘアピンを付けていた。
なんにせよ、その少女は何も気にせず歩き続けている。ちょうど例の運転手が店内から出てきたところが、こちらには見向きもしなかったからだ。やはり、無許可の同乗は全く気づかれていないらしい。あとは何も知らないフリをしながら、この場から立ち去るだけだった。
が——その途中で何を思ったのか、少女は不意に立ち止まって店舗の方を見つめている。そして、あまり感情の
「……あれは……大手のコンビニ。うん……一般的な知識の方は、今でもちゃんと覚えてる……」
と、何やら意味不明なことを口走っている。だが、周囲に誰もいないことは分かっていたため、特に人の耳目は気にしていない様子だった。
次いで、少女は自身の胸にそっと手を当てると、なおも妙な独白を続ける。
「……私は……あの場所では、白菊って呼ばれてたけど……」
ただ、そんなことを呟いた直後——
「——ッ!」
少女は思わず
その後、白菊はすぐに呼吸の方を整え、自らの心身をゆっくりと落ち着かせる。次いで、体調に何も問題がないことを確認すると、改めてこの場所から離れようとしていた。
ただ、その直前のことだ。
唐突に——
「——お! 可愛い子はっけーん!」
そんな軽い声を掛けられて、白菊は慌てて立ち止まる。
「——⁉」
次いで、
それと同時に、コンビニの出入り口の前に停められていた黒いミニバンから、二人の若い男が順に降りてくる。そして、少女の方にゆっくりと近寄ってきていた。
「こんな時間に、一人でどうしたのー? もし暇なんだったら、俺らとどっか遊びに行かない?」
「そうそう! 楽しいとこ、色々と知ってるからさー」
すると——
「……ッ!」
一方の白菊は軽薄そうな彼らのことを見て、一瞬でその表情を急変させている。どうやら、このようなタイプの異性は生理的に受け付けないようだ。そんな本音が、無意識に顔の方にまで出てしまっていた。
だが、片方の男——派手な髪形をしている若者は、その様子に全く気づかない。
「あれ? どったの?」
何気にそう聞きながら、なおも少女に接近しようとしていた。
が——その直後のことだ。
男達が——
『——ッ⁉』
いきなり何かに
どうやら——無言を貫いている白菊の表情と視線から、何か得体の知れない
「……いや……そんな目で
また、もう一人の男も完全に怯え切った様子で、同時に
「……お、おい! 行こうぜ……!」
「あ……ああ……!」
派手な方の男も即座に同意をすると、二人は揃って後方へと駆け出す。そして、慌てて黒いミニバンに乗り込むと、この駐車場から一気に消え去っていた。
それを見届けた白菊は——
「………………はぁ……」
元の表情に戻りながら、そこで大きな溜息を一つ。次いで、もう見えなくなった男達に向けて、ありのままの本音を呟いていた。
「ああいう誰にでも声を掛ける連中って……ほんとに嫌い。いっそのこと、ここで死んでもらっても良かったんだけど……」
そんな風に、何やら物騒な言葉を吐いていたのだが。
「……でも、こんなところで騒ぎなんて起こしたら……ここに私がいるって、奴らに宣伝するようなものだし……ね……」
そこで何らかの危険性に気づき、愚考だという結論に達したようだ。そして、自らの心身を改めて落ち着かせると、あの男達の存在と言動を頭の中から全て追い出していた。
ただ、その直後に、ふと気づく。
「……でも……これから、どうしようかな……」
この場所から離れて、今後はどこへ向かうのか。そのことを、全く考えていなかったのだ。この少女には、そもそも目的地がないらしい。それでも、とりあえずここから移動だけはしようとしていた。
だが、その瞬間——
「——⁉」
自身の腹部から、ひどい空腹の音が。白菊はそこで一気に赤面をすると、慌てて周囲を見渡す。そして、誰にも聞かれていなかったことに安堵をすると、足早にこの場所から遠ざかっていた。
少女はそのまま幹線道路に出て、歩道を適当な方向へと進む。ただ、一度意識した感覚をすぐに忘れることもできない様子だった。
「……お腹……空いたな……」
そう呟くと、片方の手を衣服のポケットの中へと何気に突っ込む。ただ、もう既に分かっていたことだが、そこには何も入っていなかった。白菊はそれを改めて確認すると、ゆっくりと自らの足を止める。そして、ふと真っ暗な天井を仰いでいた。
「でも……お金なんて全く持ってないし……身元不明のままじゃ、まともな仕事もできないよね……」
次いで、おもむろに視線を前方へと戻す。すると、そのタイミングで自らの視界内に何かが飛び込んで来ていた。
「——!」
白菊の視線の先に広がっていた景色。それは、大小のビル群が放つ光による夜景だった。もし、自身がこの地に遊びに来ている身であるのなら、それに感動でもしていたのかもしれない。だが、この時ばかりは、全く別の思考が頭の中を占めていた。
あそこには——この国を代表する主要都市の一つがある。ならば、あのビル群の足元には、様々な欲望も集っていることだろう。そういった場所であれば、法の外側で金銭を得る手段が何かあるかもしれなかった。
「……女を使う仕事……か」
だが、無意識にそんなことを呟いた直後——
「——ッ!」
少女は慌てて
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