ツンデス少女にどれだけ女神様のもとへ飛ばされても、HP1で何度も蘇る自分です

宮井くろすた

序章

第1話 魂の辿り着く場所

 薄暗く、どこまでも真っ直ぐに伸びる屋内の通路。そのほぼ中央を、今時の若者の男子——久比川一琉くびかわいちるは静かに歩いていた。視線の先にはうつろな闇が揺蕩たゆたっており、その向こうに何があるのかは判然としない。ただ、他の道は全く見当たらないため、なんにしてもここを進むしかない状況だった。


 ふと真横の石壁に目を向けると、視線と同じ高さに金属製の燭台しょくだいが等間隔でずっと並んでいる。反対側も同様の光景であり、それらの上に立つロウソクの先端では、今にも消えそうな灯火ともしびかすかに揺らめいていた。


 その他に、特筆すべき点は何もない。あとは、無機質な景色が通路の奥まで延々と続いているだけだ。彼はそのことを再認識しながら視線を前方に戻すと、なおも同じ速度を保ちながら歩き続けていた。


 ただ、それから体感で約一分ほどが経過した時のことだ。


 通路の先に——

「——!」

 一琉は異様に大きくて重厚な扉を発見する。それは明らかに物々しい雰囲気を周囲に放っており、その存在感だけで来訪者のことを威圧していた。


 彼はそんな圧迫感を真正面から受けて、本能的にすぐにでも引き返したい衝動に駆られている。だが、そういった後ろ向きな感情に従って立ち止まったりはせず、そのまま歩を進めていた。


 しばらくして、一琉は部屋の前と思しき場所に辿り着くと、おもむろにその両手を前方へ伸ばす。そして、硬く冷たい感触を覚えながら目の前の重い扉を押し、ゆっくりと中へ入っていた。


 その次の刹那せつなのことだ。

 彼の周囲の空間が、一瞬で緊迫感に包まれることになったのは。


「——遅いわッ! 待っておったぞ、おろかな人間よッ!」


 この唐突な叱責に——

「——ッ⁉」

 一琉は驚き、部屋の出入り口付近で立ちすくんでいる。だが、その視線だけは決して背けず、真っ直ぐに正面へと向けていた。


 すると、漠然とした室内の中央に巨大な執務机を発見する。同時に、その向こうに鎮座する異形の大男の姿も確認していた。


 もし、その場で立ち上がれば、身の丈が優に三メートル以上はあるものと思われる。一見しただけでも、相手がそれほどの巨体だと分かっていた。その頭頂部には大きく『王』と記された帽子を被っており、顔面には常に憤怒の色をたたえている。また、全身に真っ赤な道服をまとっており、右手には大きなしゃくを構えていた。


「そのような所で立ち止まるでないわ。すぐに、ここまで来い。我は忙しい身なのだ。人間ごときが、これ以上我の手をわずらわせるな」


 不機嫌そうにその言葉を吐き捨てながら、大男がなおも一琉のことをにらみつけている。そんな中、彼はひるまずに足を前へと進ませていた。


 そして、言われた通りに相手の目の前で立ち止まる。すると、ここで大男が少しだけ身を乗り出しながら名乗っていた。


「見て分かると思うが……一応、自己紹介をしておこう。我こそが、閻魔大王えんまだいおうだ」

 次いで、すぐさま言葉を繋げる。

「それから、最初に一つだけ聞いておく。ここまで自らの足で来たのなら、自身が置かれている今の状況も充分に分かっているはずだな?」


 ただ、この確認に――

「――!」

 一琉は小さな反応をしたものの、なおも沈黙の方を貫いていた。その内心は不明だったが、なんにせよ閻魔大王はそれを勝手に肯定と受け止めたようだ。満足した様子で腰を元の位置に戻すと、大きな椅子に座り直しながら続けていた。

 

「では、規定にのっとり、これより貴様の魂の裁判をり行う。ここでの嘘偽りは無意味と心得よ。この浄玻璃鏡じょうはりのかがみによって、全ての真実が看破されるのだからな。よくよく肝に銘じておけ」


 が——

 相変わらず、一琉の方に大きな反応は一つもない。臆しているような素振りは微塵もなく、無表情のまま相手の顔を見上げている状態だ。ただ、彼のそんな冷めた様子が視界に入らないのか、閻魔大王は何も気にせず続けていた。


「では、早速審理の方に移るが……その前に、何か聞いておきたいことはあるか?」

 すると、一琉がようやく口を開く。


「……じゃあ、僭越せんえつながら」

「うむ。なんでも申せ」

 と、閻魔大王が何気に促していると、ここで一琉がふと半眼になっていた。


「いったい……何をやってるんだ? 自称女神様よ?」


 この突拍子もない詰問。それに、一方の閻魔大王は思わずキョトンとしてしまう。

「………………めがみ……さま? なんだ、それは? いったい、どこの誰に向かって言っておるのだ?」


 が――明らかに、その動揺を隠せていない様子だ。急にアタフタしながら、視線の方をあちこちに泳がせている。すると、それを見た一琉が語気を強めながら続けていた。


「アンタだよ、アンタ。自分の目の前には、アンタしかいないだろーが」

 だが、この厳しい口調による指摘にも、閻魔大王はなおもとぼけ続ける。


「……どうやら……我の威容いようを前にして、錯乱さくらんしているようだな。無理もない。ただの人間風情が、この我の存在感に気圧けおされるのも——」


 と、さらに一方通行の発言を続けようとしていたのだが。その途中で一琉が強引に割り込み、苛立いらだった様子で言葉を被せていた。


「——だから……! そういうのは、もういいんだよ。こちとら、一刻も早く現世の方に戻りたいんだ。こんな茶番に、これ以上付き合ってられるかよ……」


 その直後のことだ。


 閻魔大王の雰囲気が——

「——あーん……もう——ッ!」

 一気に激変をする。


 また、それと同時に——

「——⁉」

 景色の方も一変しており、これには一琉も驚きを禁じ得なかった。


 それまでの陰鬱な空間が、一瞬で周囲から消え去っている。その代わりとして広がっているのは、ヨーロッパに残る白亜の宮殿を思わせる複数の建造物だ。彼はその中庭のような場所にいつの間にかたたずんでおり、周辺には先程とは真逆の柔らかい空気が漂っていた。


 さらに——

「――!」

 一琉の目の前には、先刻の大男とは真逆の印象を受ける人物が入れ替わりで立っている。地面にまで届きそうな銀髪を背中に伸ばし、神秘的な光を放つ純白のドレスを着用している美女だ。また、その佇まいは凛としており、彼女の立ち姿からは確かに神々しさがにじみ出ていた。


 ただし——

 そんな印象を受けたのも、最初の一瞬だけだ。よく見ると、彼女の表情は不機嫌そうにゆがんでいる。また、一琉のことを睨みながら口元に不細工なへの字を作っており、何やらやさぐれている様子だった。


「もー。なんで分かったのよー。この天界でも発動する完璧な幻影だったのにー」


 女神エリクサレス。もしかしたら、ある意味世界で最も有名なのかもしれない。世間一般において、神と呼称されている者達の中で。


 だが、一琉はそんな極めて高位の存在を目の前にしても、ただ胡乱うろんな瞳を相手に向け続けるだけだった。


「相変わらずのポンコツぶりだな。その幻影とやらで閻魔様の姿をマネることはできても、声質が元のまんまじゃ意味がないだろ」


 この指摘に——

「……あ」

 エリクサレスは瞬時に硬直。そのまま、ゆっくり目を逸らせていると、不意に一琉の方から詰め寄っていた。


「……で? 今の寸劇には、いったいなんの意味があったんだ?」


 一介の人間からの、この厳しい圧。それに、むしろ女神の方が思わず後退をしている。すると、ここで一琉がさらに距離を詰め、ジト目になって聞いていた。


「……暇か?」

「⁉」

「やっぱり、暇なのか? この前も異世界転生がどうのとか言って、色々と振り回してくれたよな? 時間を無駄に浪費して」


「……あれはー……」

 と、エリクサレスがその頬を小さく引きつらせている。一方の一琉はこの反応を見て、自分の頭を抱えずにはいられない様子だった。

「……他に、やることないのかよ……」


 すると——

「——ああ、そうですよーッ!」

 急に女神が開き直る。

「⁉」

 一方の一琉がその言動に驚いていると、エリクサレスがさらに駄々っ子のような反応を見せていた。


貴方あなたの言う通りですよー! 私は暇なんですー! でも、仕方ないじゃーん! 今は、お仕事そんなに多くないんだもん!」

 ただ、このあまりにも稚拙な言動に、一琉は再び頭を抱えるしかない。


「……また面倒な状態に……」

 だが、エリクサレスはその様子を一切見ておらず、なおも言い訳のように語っていた。


「それに、こうやって同じ人間とちょくちょく顔を合わせるなんて、本来ならあり得ないのよ! だから、色々と考えてるの! いつも同じような出迎え方をして、つまんない神だと思われないように!」


「いや、別にどうとも思わないし」

「いや、ひどくない⁉ 私がこんなに頑張って、様々なアイデアを出してるのに!」


 と、女神が半泣きの状態になっている。一方の一琉はその表情に小さく動揺していたが、あまり気にしないよう自分自身に強く言い聞かせていた。


 その後、改めて鋭い視線を向けながら指摘の方を続ける。

「というか……自分が何度もこの場所に来てるのは、そもそもアンタが余計な設定をしたことが原因なんだろーが。お忘れなんですか、女神様?」

 だが、この詰問にも、一方のエリクサレスは口の先を尖らせるのみ。


「……だって……面白くないじゃん。貴方にさずけた儀能ぎのうは、それなりのチートなんだから。相応のリスクも背負ってもらわないと」

「完全に迷惑でしかないんだが?」


 と、一琉が速攻で切り返していたが、一方の女神は即座に自身の耳を両手でふさぐだけだった。

「ええ? 何を言ってるのか、全然聴こえませーん」


 このあまりにも無責任な対応に、一琉の方は改めて全身で脱力をするしかない。次いで、自分の胸の中央を片手で軽く押さえながら、真っ直ぐに相手のことを睨みつけていた。


「……あー、なんか……ないはずの胃が、また痛くなってきた。このストレスが原因でハゲたら……絶対に慰謝料の方を請求するからな」

 そんな風に、自分のネガティブな未来を憂慮しながら告げている。ただ、これを聞いたエリクサレスは、そこで自身の首を傾げていた。


「あれ? 貴方も、もう分かってるはずでしょ? このまま生き返っても、ここでの記憶は消失するって。改めて思い出すことができるのは、再びここに戻って来た場合のみよ。だから、下界の方でそんな事態にはならないんじゃないの?」


 だが、一琉はこの指摘に対して、自分の首を力なく左右へと振る。そして、その視線をさらに鋭くしながら言及していた。


「実際のところ……生き返ってからも、しばらくうつの状態になってる時がよくあるんだよ。理由も分からずにな。ここでの記憶は失っても、ストレスの方は明らかに持ち越してるだろ、これ……」


 ただ、この経緯を聞いても、女神は他人事のような反応をする。

「あれま。それはご愁傷様」

 その様子を見て、一方の一琉はもう全てがどうでもよくなっていた。


「……とにかく。そろそろ、いつものように生き返らせてくれ。システムの方に関しては、未だに理解が追い付かないけど……自分のスキルの一環として、アンタ自身にもそういう自発的な作業が発生するんだったよな?」


 と、なんとか覚えていた知識で確認をしている。ただ、彼のその無駄にせわしない口調に、一方のエリクサレスは少々眉をひそめていた。


「ええ。確かに、その通りだけど……なんか、ちょっと焦り過ぎじゃない? これも前に言ったことだけど、こっちの時間の流れは極めてゆるやかなんだから。そんなに慌てる必要なんてないわよ」


 そんな風にさとしていたのだが、一琉の方は再び首を左右に振る。次いで、自分の本音をそのまま吐露していた。


「もう、何度かここに来てるけど……どうしても、落ち着かないんだよ。自分はこのまま死ぬんじゃなくて、蘇って肉体の方に戻るんだ。なのに、今は身近にそれ自体がない。だから、向こうのことが気になって仕方がないんだ」


「あら、そうなの?」


「そうだよ。ほんの少しであっても、自分の身体が腐ってほしくないんだ。スキルの力で、全て元の状態に戻るって分かっていてもな。気分の問題だって言うかもしれないけど、どうしても気持ち悪いんだよ。それに関してだけは、微塵も我慢なんてできない。神様であるアンタには、分からない情念なのかもしれないけどな」


 そんな風に一気に喋ってから、なおもソワソワしている。それを見たエリクサレスは小さく苦笑するしかなかったが、一琉の意向自体は尊重することにしたようだ。そこでふと真剣な面持ちになると、ゆっくりと彼の方へ向き直っていた。


「……分かったわよ。じゃあ、そろそろ娑婆の方に戻してあげます」

「ああ。そうしてくれ」


 一方の一琉はどこか投げやりにそんな即答をすると、すぐに姿勢を正して瞳の方を閉じる。すると、エリクサレスが自身の片手に優雅な所作を加えながら、神術による印を切り始めていた。


 既に何度も行われている復活の儀式だ。これが終われば、すぐにでも対象者の魂は現世へ戻されることになる。また、それに掛かる時間は短いため、いつもであれば互いに口は閉じたままだった。


 ただ、今回はその途中で、一琉の方が不意に何かを思い出したようだ。そして、ゆっくりと目を開けながら、何気に尋ねていた。


「ところで……」

「?」

「自分のスキルの設定……やっぱり、変更はできないのか?」

 すると、エリクサレスが儀式の方を続けながら答える。


「そうね。残念だけど、こればっかりは私でも難しくてねー」

「……使えない女神だな……」

 と、一琉が思わず憎まれ口を叩いていると、エリクサレスが反射的にその唇を尖らせていた。なおも作業を続けながら。


「何よー。そんなに不満なの? 他に蘇生の能力を与えてる人間なんて、一人もいないんだからね」

 だが、これを聞いても一琉は渋面を保ったままだ。

「……いや、あのな。そもそも——」


 ただ、彼がさらに同じような問答を続けようとしていたところ、エリクサレスが強引にそれを打ち切ってしまっていた。

「——あ、そろそろ儀式が終わるから。じゃあ、また今度ねー」


 この塩対応に——

「——って、おいッ! まだ話が——」

 と、一琉が慌てていたのだが。


 ここで、目の前にいる女神の輪郭が一気に薄れてくる。同時に、彼の周囲には柔らかい光が充満してきており、それに気づいた直後には視界の方が完全に真っ白になっていた。


 どうやら——もう、下界に戻る時間らしい。そのことを理解した一琉は、これ以上の思考は無駄だと悟って沈黙をしていた。


 だが、どうしても内心にわだかまりが残ってしまっているようだ。そのため、天界での記憶を失う前に、小さなストレスをここで吐き出して行くことにしていた。


「……このまま生き返っても……自分のHPが1しかないってことは、アンタ自身が一番よく知ってるだろーが——」



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