銀河鉄道 2

一閃

第1話

「少し呑みすぎましたかねぇ」

フワフワと気分が高揚しているせいか、あの小さな部屋に帰る気になれないでいる。通りすがりの児童公園のベンチに腰をおろした。夜空を見上げて大きく息を吐くと白く流れて行く。

「さっみぃ」

ダウンのポケットに手を突っ込む。冬の夜空は冷気に澄みきり、いつもは見つけられない小さな星々が輝いて見えた。

「星か…」

『どちらまで行かれますか?』

職質かと顔を正面に戻すと…誰も居ない。

「気のせいか…」 

立ち上がろうとした時、また

『どちらまで?』

と聞こえた。顔を左右に振ってみても誰も居ない。

「誰…?何!…」

暗い公園のあちらこちらに視線を向けたが声の主は見つからない。

「やだやだ…これだから酔っぱらいは…」

自虐を口にした。

「帰るか…」

誰も居ない、声もぬくもりもない真っ暗な部屋に帰るには、少しだけ『帰る』という決意が必要な日もある。

『もうすぐ出発のお時間となります』

「もう、いいよ」

『どうせ…お部屋に戻られても眠れないのでは?』

「どうだろ…」

 もう、声の主も探さない。

「悪いけど放っておいてくれないかな」

『少し、あなたのお時間を分けていただけないでしょうか?』

「なんで?」

『もういちどだけ、夜空を見上げてみてください』

「だから…なんで!」

『お帰りになられますか?』

「だから、なんでって訊いてるだろ」

 酔ったせいの幻聴なのか…。

「帰るよ」

 このヘンテコな時間を終わらせたかった。

『そうですか…残念です』

「残念?…何が残念なんだよ」

『理由とか結果とか必要ですか?』

「気味が悪いんだよ…」

『そうですか…』

「じゃあな!」

 歩き出そうとした時「ボーッ」と不思議な音が聞こえ、思わず夜空を見上げた。

「えっ!?」

さっき見上げた時よりも何倍もの星々が輝いていた。まさしく満天だ。

満天の空に飛行機雲の様に一筋の白い線が少しずつ消えて行く。

「これは…?」

『出発してしまいましたね』

「何が…」

『銀河鉄道です』

「銀河鉄道…」

宮沢賢治の本やアニメで見た銀河鉄道…?

「何処へ行くんだ?」

『さあ、私にもわかりません』

「顔が見えない車掌が乗ってたり?」

『乗車された方次第です』

「ますます意味不明なんですけど」

『どう見るか、どう考えるかはお心次第でございます』

「酔っぱらいにレクチャーか?」

『同じ花をキレイと思うかカワイイと思うか…99人は褒めてもひとりは嫌いだと思われるかもしれません』

「で?」

『周りに感化されず、囚われることなく心のまま見て、感じていただきたいと思っております』

「…高尚なことを言っているんだろうけど…悪いが、理解する学もないし、酔っているので…」

『そうですか…』

「もう、放っておいてくれないか」

「帰るよ…」

『お幸せに…』

「幸せ?」

「俺が幸せ?」

「幸せって何?俺は幸せなのか?幸せになれるのか?」

『私が判断することではございません』

「幸せにって言ったじゃないか」

「こんな寒い夜にひとりで酔っぱらって、こんなヘンテコなことにまきこまられてる俺が幸せを判断できるか!?」

 苛ただしさと悔しさがこみ上げ泣きたくなった。幸せなんて…夢のまた夢だと思っていた。

『きっと…どなたかの祈りが届いたのでしょう』

「祈り?」

『その想いが銀河鉄道で運ばれて届いたので、あなたにお声をおかけしたのです』

「誰かが俺の幸せを祈っている?」

『きっと…』

「誰?」

『ご自身で見つけてください』

『きっと…あなたご自身も大切な方の幸せを祈ったことがあるのではないですか?』

「…忘れたよ」

『きっと…届いて、伝わってると』

「きっと、きっとって便利な言葉だな」

「確定でもないしな…」

『それでいいじゃないですか』

『きっと…その小さな余白に色んな想いがこめられているのではないでしょうか』

「…」

『あきらめたら…終わってしまいますよ』

 涙がこぼれた。


 体を揺すられた。

 目を開けると本物の警察官がいた。

「お兄さん、大丈夫?酔ってる?」

「あっ…すいません、大丈夫です」

「通りかかって良かったよ~凍死しちゃうよぉ」

「お近くですか?帰れますか?」

「大丈夫です、近くだし、酔いもさめたし」

「寒いから風邪をひかないようにね、気をつけて」

「ありがとうございます」

 深く頭を下げた。

「風邪をひかないように」なんて言葉を久しぶりに耳にして心に染みた…。何気ない事で救われることもあるんだな…。


 あの時…銀河鉄道に乗っていたら…ここには戻ってこれなかったのかな。それも悪くはないけど…またの機会にとっておくか。誰かが本当に俺の幸せを祈ってくれたのなら…会いたいし、また、誰かの幸せを祈れる自分にもなりたい。


 きっと…誰かが「あきらめるな」と祈ってくれたのかも…その想いは無駄にしたくない。


 もうすぐ夜が明ける。確かなことは…朝は来る。今はそれだけで充分だ。














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