第15話 裏切りの刃

真奈たち一行は、裂け目を閉じるための次なる手がかりを求めて魔界の中央地帯に位置する「黒嶺の城塞」に向かっていた。その地はかつて魔族同士の大戦の舞台となり、廃墟と化した場所だと言われている。そこには、裂け目に繋がる古代の魔術を封じた重要な遺物が眠っているという。しかし、この地は現在、魔界の勢力争いの中心にあり、内部には危険な罠や謀略が潜んでいると噂されていた。

険しい山道を進む中、イグナスはいつものように軽口を叩き、緊張感を和らげようとしていた。

「それにしても、こんな廃墟を目指す旅なんて、なんだかロマンチックだと思わないか? お姫様を守る騎士になった気分だよ。」

「お姫様なんて……私、そんな大それた存在じゃないよ。」

真奈が慌てて首を振ると、イグナスは笑いながら肩をすくめる。

「そんな謙遜するなって。俺たちの真奈様は、魔界の救世主なんだからな。」

「やめろ、イグナス。」

ラザールが静かに釘を刺す。その声にはどこか緊張が滲んでおり、彼が周囲の警戒を怠っていないことを示していた。

「ここから先、何が起きてもおかしくない。この城塞には、かつての戦乱で滅ぼされた魔族の怨念が渦巻いていると聞く。それに、敵対する勢力の介入もあり得る。」

真奈はラザールの言葉に小さく頷いた。彼の背中はいつもより広く頼もしく見えたが、その表情に浮かぶ影は心配の種となった。

ついに黒嶺の城塞に到着した一行は、朽ち果てた巨大な門をくぐり抜けた。中に入ると、荒廃した城内にはかつての戦乱の痕跡が生々しく残されており、壁にはひび割れ、床には古い武具が散乱していた。

「この場所……なんだか空気が重いね。」

真奈が背筋を震わせながら言うと、イグナスが周囲を警戒しながら頷いた。

「怨霊の噂ってのも、あながち嘘じゃなさそうだな。ここにいると、全身がぞわぞわする。」

ラザールは真奈を振り返り、彼女の手を引いた。

「真奈、俺から離れるな。もし何かがあったら、俺が必ず守る。」

「うん……ありがとう。」

その瞬間、彼らの背後で大きな音が響き渡った。振り返ると、城の外に立ち込める霧の中から何者かの影が現れた。

霧の中から姿を現したのは、一人の魔族だった。漆黒の鎧を身にまとい、その鋭い眼光はラザールをまっすぐに見据えていた。

「ラザール=ヴァルディア。久しいな。」

「お前は……ディアス!」

ラザールが低く唸るように名前を呼ぶと、真奈は驚いて彼を見上げた。

「知り合いなの?」

「こいつは、かつてヴァルディア王家に仕えていた将軍だ。しかし、裏切りによって追放された男だ。」

ディアスは冷たい笑みを浮かべながら、剣をゆっくりと抜いた。

「裏切りとは心外だな。私はただ、新しい秩序を求めただけだ。だが貴様ら王族が古い価値観に縋りつくから、魔界はこの有様だ。」

「貴様が追放されてからの混乱が、どれだけ多くの血を流させたか分かっているのか!」

ラザールの声には怒りが込められていた。しかし、ディアスはその声を嘲笑するかのように肩をすくめる。

「私は正義を遂行しているだけだ。お前たちが裂け目を閉じようとしていることも知っている。だが、裂け目を閉じるのは愚行だ。むしろそれを完全に開き放つことで、魔界に新たな力がもたらされるのだ。」

その言葉に真奈は驚き、目を見開いた。

「裂け目を開き放つ……? それがどれだけ危険なことか、分かっているの?」

「危険とは成長の代償だ。愚かな小娘には理解できまい。」

ディアスが手を振ると、城内の空間が歪み、複数の魔物が召喚された。その異形の姿に真奈は怯むが、ラザールとイグナスがすぐに剣を抜いて彼女を守った。

魔物たちとの戦闘は熾烈を極めた。ラザールの剣技とイグナスの機敏な動きで次々と魔物を撃退していくが、ディアス自身も戦いに加わり、その圧倒的な力で二人を追い詰めていく。

真奈は恐怖で体が震えながらも、何とか彼らの助けになりたいと奮い立った。

「私にも、何かできることがあるはず……!」

そう考えた瞬間、真奈の胸元にあるペンダントが淡い光を放ち始めた。その光は魔物たちをかき消し、周囲に結界を張るような力を発揮した。

「これが……『鍵』の力?」

その光景にディアスは眉をひそめ、不快感をあらわにした。

「なるほど、これが裂け目を閉じる鍵の力か。だが、そんなものに従うつもりはない!」

ディアスが再び剣を振りかざそうとしたその時、ラザールが間一髪で彼を制止する。

「これ以上の悪行は許さない!」

ディアスは退却し、戦闘は終わりを迎えた。しかし、彼が去り際に残した言葉が真奈たちの心に重くのしかかった。

「裂け目を閉じるな。その先にこそ、真実があるのだから。」

彼の言葉の真意を知るため、そして裂け目の秘密を明らかにするため、真奈たちはさらに深い覚悟を持って旅を続けることを決意するのだった。

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