江ノ島の魔女
Akane
第1話 プロローグ
優しい母さんと、かっこいい父さん。たくさん遊んでくれる賢い姉さんと、ふくふく太った赤ちゃんの妹。
幽世の片隅に存在する魔女の里で、わたしは家族に囲まれて満ち足りた生活を送っていた。
でも――その幸せな生活は、五歳になったその日に一転した。
「|安寿(アンジュ)の髪は誰より真っ黒だもの。きっと、すごい数値が出るに違いないわ!」
「きっと偉大な人物になるよ。父さんの誇りだ」
「あたくしの妹ですもの。それぐらい当然よ」
「ばぶぅ!」
そう言って笑っていた両親と姉妹たちは、数値の測定が終わったその瞬間から、急速にわたしに対する興味を失った。おどけてみても無反応。手をつないでも振り払われる。
表情をこわばらせる両親が怖くって、わたしは必死に縋り付いた。
「母さん。わたし、がんばるから。一生懸命お家の役に立てるように、なんでもするから――」
「黙りなさい。あんたは一族の恥よ」
それが、わたしと母との最後の会話になった。
屋敷に帰ってから、わたしは今まで使っていた部屋を取り上げられ、離れにある蔵へ押し込められた。食事は家族で囲む温かいものから、一人で食べる食べ残しへと変わった。
狭くて暗い蔵から出ることは許されず、一日一回お手洗いのために室外に出れば、話を聞きつけたらしい近所の人から石を投げつけられた。
怪我をしても誰も気に留めてくれない。むしろ、大きな怪我や病気でもして早くいなくなってほしい――そんな感情がはっきりと見て取れた。
将来に対して抱いていた夢や希望は、あっという間に黒く塗りつぶされていった。
ここから出られる日は来るのだろうか。出られたとしても、わたしの居場所はあるのだろうか――。
◆◆◆
(――――ああ、またこの夢だわ)
蔵の冷たい床に横たわり、格子のついた地窓からぼんやりと曇り空を見上げる過去の自分を俯瞰する。
光のない瞳。閉じ込められて七年も経ち、死にたいとさえ思えなくなった抜け殻のようなわたし。
今はもう違うと分かっているのに、この夢を見るたびに胸が苦しくなる。
『――――大丈夫だよ、アンジュ様。安寿様には、僕がついているからね』
この声は――――?
優しい海のさざ波のように、荒れた心を落ち着かせていくような凪いだ声。
あなたは誰?
わたしの疑問が伝わったのかのように、相手は呼応した。
『僕? 僕はね、アンジュ様の×××なんだよ。いつも側にいる。いつか会えたなら、僕はあなたを決して悲しませたりしない。たったひとりのお姫様のように甘やかして、僕なしでは生きていけないようにしてあげる。ああでも、それはもう――』
脳裏に広がる可哀想な
代わりに浮かび上がってきたのは、とても美しい青年の姿だった。
肩上で切りそろえられた白銀の髪に、澄んだ海のように明るい紺碧の瞳。長い睫毛で縁どられた瞳は穏やかながらも挑戦的に細められ、思わずドキッとするような視線を向ける。
まるで物語に出てくる王子様のようだった。
(あっ、あなたは、わたしを知っているの?)
上ずった声で尋ねる。
さっきの言葉。わたしの×××だ、という部分が聞き取れなかったのだ。
輝くような美貌の青年は、悪戯っぽく笑った。
『もちろんだよ。僕の世界一素敵なご主人様――――』
そう言って彼は大きな手でわたしの頬に触れ、顔を近づける。
なにかしらと思っているうちに柔らかいものが頬に触れ、数秒ののちに名残惜しそうに離れていく。
(…………えっ??)
これは…………口付け??
夢の中のはずなのに、その初めての感触は現実よりも生々しく感じられた。一気に跳ね上がった心臓の鼓動だって、やたらと苦しくて夢とは思えない。
真っ赤になっているだろうわたしを見て、青年はくすりと笑った。
『じゃあね、アンジュ様。いつか会えることを信じている』
(あっ! ちょっと待ってください――!!)
急激に意識が後ろに引っ張られる。自分自身が後退していき、青年の姿が豆粒のように小さくなっていく。
ふわっと意識が浮上して、わたしはごく自然に目を開けた。
目に入ったのは、あの青年の顔ではなく、見慣れた寝室の天井だった
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