第7話

 私が少し前を向いたからと言って日常が変わるわけはなく、相変わらず昼休みいじめられている彼がそこにはいた。誰も彼とは目を合わせようとはせず、その空間だけをこの教室から切り取ったようだった。

 その時、はっきりと目が合った。たまたまだろうし、私を見ていたかどうかはわからない。いっそ透明人間にでもなっていれば私は彼と目を合わせないでよかったのかもしれないのに。

 でも、その目は、確かに私を見つめていて、助けを求めていた。


「愛生、昼いこ!……愛生?」

「先行ってて」


 考えがまとまった訳じゃないのに、助けようとも思えなかったのに、もう彼を無視できなくなってしまっていた。きっと昨日から少し可笑しくなったんだろう。誰かさんのせいで。

 私は彼目掛けて走ったほんの目の前の距離なのに、ずっと遠くて届かなかった距離。私はいよいよ一歩目を踏み出せた。

 そして口いっぱいに空気を溜めて叫んだ。


「ば~~~~~~~~~かぁぁぁ!」


 教室だけじゃなく廊下まで届いたかな。唖然としているのは目の前の人たちだけではない。このクラスの空気は私のものだ。この空気を途絶えさせないようにさらに口を開く。


「だっさ! 数人でいじめみたいことして恥ずかしくないの? 何が楽しいの? 彼嫌がってるでしょ! それにそんな大声で騒がれたら迷惑なんだけど!」


 リーダー格の男は呆けていたけど、気づいたように口を開いた。


「お、お前に関係ないだろ!」

「あるでしょ同じクラス何だから! あなた達のせいでどれだけの人に迷惑かかってるかわかんないの? あそっか、バカだからわかんないよね」

「うっせぇぇ、ブス!」


 すでに恐怖心何てものはなく、悪口を言われているはずが清々しい気さえした。

 私は未だ口を閉ざした彼を見つめた。その目は安心しているのか、驚いているか、多分どっちもだろう。でも生憎、私はあなたにもむかついている。


「あなたも何か言ったら?! 人のことばっか頼りにして、自分が変わらなきゃ環境は変わらないよ! ちゃんと自分の口で嫌って言いなよ!」

「まじ何だよお前、お前もやられてぇのか? あ?!」


 がっと肩を掴まれ少しひるんでしまう。明らかに力の差は明白で覚悟はしているけどやっぱり怖い。でも、ここで逃げたらあの頃と同じだ。私は変るんだ、この場で


「愛生がせっかく説明してくれてるのにまだわかんないの? そういうところがダサいって言ってんの!」

「理沙?」


 気づけば後ろに皆がいた。


「そうそう、それにさっきからうるさいしセクハラだよ? それ」

「環奈」

「ダサいの反対!」

「美香」


 震えそうになる私の肩を、手を、握ってくれた。


「肩、震えてるじゃん」


 小声でそう耳打ちする理沙の手も震えていた。

 私の震えは恐怖じゃない、嬉しくて泣きそうだから必死にこらえているからだ。皆私のことを助けてくれたんだって。

 もう大丈夫。私は、もう一人じゃない。

 河上くんと話して、みんなと出会って、私は変れるんだ、変わるんだ。


「ださいんだよば~~かぁぁ!」

「うざ、もうお前死ねよ!」


 男は腕を振り上げた。私は咄嗟に目を瞑る。

 次に聞こえた音はドンっという鈍い音と、机や椅子が倒れる音。

 何が起きたかはわからないけど、音の割に痛みも感触もなく、ただ心臓がどくどくと今にも出てきそうなくらい鳴っていたことだけ覚えている。もしかして、死んだ? 私?

 意を決して目を開く。と、同時に声が漏れた。


「え?!」


 目の前には河上君が倒れていた。私の頬には何も感じていない。痛みも、熱も、何もない。それは目の前の彼のお陰だと気づくのに数秒遅れた。

 痛くもないはずなのに、自然と涙が出てきた。


「愛生」


 足に力が入らなくて思わず膝から崩れ落ちた私を皆が起き上がらせてくれた。

 違う。私じゃない。今、支えてあげるべきなのは彼の方だ。

 私はすぐに彼の傍に駆け寄った。頬が赤く腫れていて、それでも特に表情に変わりはない。


「大丈夫?」

「まあ、なんとか」


 自分が殴られたとも気づいていないような仕草に思わず笑みが漏れた。本当に、この人は相変わらずだ。

 殴った相手は自分自身に驚いていた。本当は殴るつもり何てなかったのだろうが、彼が入ってきたことによって当たってしまったという驚き方だ。

 しかし今、全員が彼の暴力を目の当たりにした。

 食堂や購買に向かう生徒も、騒ぎを聞いて廊下から見ていたらしい。その一人が徐に声を上げた。


「おい誰か先生呼んで! 一人殴られてたぞ」

「まじか、喧嘩か?」

「やっば、あれはやりすぎでしょ」


 そこかしこに声が広がり、慌てた担任教師がすぐに駆け付けた。

 倒れていた河上君を見て、怒声を上げた。


「何やってるんだお前たちは?!」


 そしてすぐに私たちに駆け寄ってきてくれた。


「河上、大丈夫か?」

「あ、はい」

「小湊は?」

「私は何も」

「そうか。ごめんな二人とも」

「先生のせいじゃありません。私が悪いんです」


 先生は首を振ってくれたけど、きっと私がもっと早くこうしていればこんな風にあっさり解決できていたんだ。

 いじめを行っていた人たちは全員生徒指導室に連れていかれた。

 河上くんを保健室に連れて行ったあと、証言を一致させるために私たちも一応事の詳細を話すため生徒指導室に呼ばれた。

 もちろん私たちが怒られることなんて何もなかったし、むしろ感謝された。先生はずっと私たちに謝ってばかりだった。

 いじめをしていた彼らには、もう少し深く話を聞くと最後に聞いた。主犯の子は皆が暴力を見ていたこともあり、停学か退学は免れないと聞いた。

 これで一応は、解決したことになるんだろうか。

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