第9話
第4章 凍てつく道を革靴で歩く
1
地元開催の
あれから一カ月以上たった。札幌では、まだ八月だというのに夜になるとひんやりとした風が吹いていた。
私と
「
丸テーブルの向かいに座る宮澤が言った。
「瘦せたというより筋肉が落ちたんだと思う」
「仕事きついの?」
「きついといえばきついし、きつくないといえばきつくない」
延々と続く乱取りはもうしなくていいし、絞められて落ちることも関節を極められて痛みに耐えることもない。しかし頭が真っ白になるほどの激しい乱取りの最中に、禅のような静かな境地に入っていく不思議な時間もなくなってしまった。現役時代がぼんやりと過去になっていく感覚があったが、しかし逆にいまでも柔道の夢にうなされることもあった。
そんなことを考えながら私は「痛いとか苦しいっていうことは、もう無いから」と言った。
宮澤は視線を斜め上にやって何かを思い出すようにした後、私に視線を戻した。
「わしも今はもうそういう感覚が無くなったね」
宮澤は
「大学院の勉強ってどんな感じなの?」
「面白くなってきたよ。教養のときからもっともっとやればよかったと、そう思う」
宮澤は言った。
私は大学院というのはどんなところなのかと続けて質問した。実験だけでなく普通の授業はどれくらいあるのか。出欠は取るのか。単位はいくつ必要なのか。先生は学部のときと態度が違うのか。院生の先輩たちはいろいろ教えてくれるのか。
「もしかしたら博士も行くかもしれない」
「そこまで頑張るんだ」
二年間の修士課程のあと、三年間の博士課程へ進むつもりだと言った。
地元の人たちは札幌駅やススキノ
視線を店内にやると、客の多くがカップルである。灯りが暗く落としてあるのはテーブルの上にそれぞれ小さな
「あの夏、最下位を脱出できてよかった」
私がしみじみ息を吐くと、宮澤も感嘆の
そこから柔道部時代の話になった。
苦しかったという記憶と楽しかったという記憶が混在
しかし北大は置き大将の
その大森は簡単に抜かれるだろうと私は思った。
他のメンバーもそう思ったに違いない。その時点で六年連続最下位が確定したと絶望的になった。
しかし大森は何度も抑え込まれながらも必死に逃げてくれた。大森殊勲のその引き分けで首の皮一枚つながって代表戦に持ち込んだ。
それでもまだ東北大が有利だった。なにしろ七大学ナンバーワンの超
「あいつらのおかげだよ」
宮澤はそう言ったが、抽籤で勝ちを引き当てたのは宮澤だった。
私は笑いながら薄青色のカクテルを飲み干した。
「一年ちょっと前までは嫌でも毎日会わなきゃいけなかった同期と会うのに、場所と時間を約束して、やっと会えるっていうのは不思議だね」
そして「すいません」と店員を呼んでウオッカを頼んだ。すぐに持ってきたウオッカを半分ほどあおった。喉が痛んだが、我慢して表情を変えず、同期の話を続けた。
私を含めて五人。一人だけ現役選手を続けていた
ウオッカのグラスを揺らして「これ、飲みやすいよ」と薦めると、宮澤も同じものを頼んで持ってきてもらった。
「たしかにアルコールがきついけど、少し甘い」
ひとくち含んだ宮澤が言った。
「焼酎を甘くしたみたいなものだよ」
知ったかぶりで私は言った。社の飲み会の三次会で、報道部の女性記者二人と四十年輩の制作局のオヤジ一人、そして私の四人で一度来たことがあるだけだ。ウオッカを飲んだのもそのときが初めてで今回が二度目でしかない。私たちが柔道の現役時代に飲んでいた酒は安いものばかりだった。
「サッポロソフトとかね」
地元
現役時代の話をしているうちに話題は
「オタリアのショーを見よう」
オタリアショーの会場に入ったが、係の女の子の解説を聞いていた私は不思議に思った。オタリアという名は小樽から取ったキャラクターネームだと思っていたのだ。しかしそういう名のアシカ科の動物であった。宮澤はそのことを笑った。私ののんびりした部分が面白いようだった。最後の名古屋での七帝戦の後には松井君も誘って、三人で日本モンキーセンターへも行った。松井君も元々は獣医学部志望の動物好きである。
「オタリアもトドも、ショーが終わってみればたいした演技はしなかったよね」
私が言うと、宮澤が肯いた。
「あしからず、ということで」
すぐに言葉が返ってくる。私の頭の回転が寝技の
私と宮澤は笑いのセンスも似ている。片方が冗談を言って、もう一方が突っ込むという会話を、現役時代から練習後の部室などでよくしていた。
「カンス」
宮澤はときどき私にそう言って笑った。名古屋弁で蚊のことである。
「それにしても今日は増田君に
「いやあ、社会人だからね、一応」
ところがたいして金はない。
入社後にわかったが、北海タイムスビル八階に間借りしている日刊スポーツ北海道本社は業績好調で、新入社員でもかなりの年収があるようだった。それに較べて北海タイムスは全国紙や北海道新聞の四分の一、年収二百万円しかない。入社時に差があっても盛り返せばいいのだが、編集局長クラスになると十倍の差に拡がってしまうという。たしかに上司たちを見ていると、生活の苦しさがわかった。
私と宮澤の話題は、柔道部の後輩たちに移っていく。
宮澤が「ゴトマツがかなり強くなってる」と言った。宮澤はよく道場に顔を出している。
「トルコ返しが使えるようになったの?」
「みねちゃんが『もう少しで本番でも使えるだろう』って」
OBたちの北大の久々の優勝への期待、そして発破は空振りに終わり、準決勝で直接対決となった北大対京大は三人残しの大差で京大に軍配が上がった。京大の横綱相撲だった。
この大敗について在札OBで何度か話し合った。
昨年、私たちの代はたしかに一対〇の一人残しでの惜敗であった。しかしあの年、実は京大は一回戦の九州大学に四対〇の四人残し。そのあと準決勝の北大に勝って、決勝の阪大には三対〇の三人残しで勝っている。つまり一人も取られず失点ゼロでの優勝なのだ。
▽京大の平成元年度七帝戦戦績
・一回戦 京大(四人残し)九大
・準決勝 京大(一人残し)北大
・決 勝 京大(三人残し)阪大
北大陣営はこのことの意味を少し甘くみていた。しかし、なにしろ九年連続優勝を、失点ゼロで決めたのだ。北大と京大の準決勝だけを見れば確かに接戦だった。一人残しという結果もそうだし、その中身から見ても、五年連続最下位だった北大の大善戦と捉えられていた。しかし京大最強の
何しろ未知数なのである。私たちは京大と戦ったこと自体初めてだったし、栗山の試合を見たことすらなかった。栗山は立っても寝ても強いと聞いていた。寝技では上からも下からも攻撃でき、相手のバックにつけばネルソンからの絞めや抑えで圧倒的な攻撃をやるという。そうなると竜澤でも東でも相当な苦戦を強いられるだろう。二人以外だったらさらに危ないのだから、もし栗山が前の方に出てきていれば大差をつけられていた可能性が大きい。
昨年、指導者として北大柔道部に復帰したばかりの
《この文章を書きながら、興奮してくる自分を抑えつつ、言ってやりたい。十連覇なんて、そんなあまくないことを教えてやるぜ京大》
しかし、今年、その十連覇の格好の
十連覇している京大を来年破るには、新主将としてチームを率いる
レスリング技術の導入のために正式にコーチ
また、暢に対しては、岩井眞監督と佐々木コーチが、みねちゃんを交えての話し合いを経て、大阪府警の
「ゴトマツや暢とやってどう?」
私は宮澤に聞いた。
「どっちも取り難くなってる。でも最終的にはまだまだ」
宮澤が首を振った。抑え込めるということだ。宮澤には強力な
宮澤は心臓の不調があるが、ときどき道場に顔を出しては後輩たちに胸を貸している。寝技だけでいえば竜澤以上だといわれる宮澤なのだから「最終的にはまだまだ」で取られていても、ゴトマツと暢にはもう合格を出してもいいのではないか。そう思って宮澤に言おうとしたが、その眼を見てためらった。そして「それではだめだな」と私は
「すいません」
手を上げて店員を呼んだ。
「同じのをふたつ」
空になったグラスを振り、二人分のウオッカをまた頼んだ。この銘柄のアルコール度数は四十パーセント以上ある。きついはずだが、香りがいいので唇と舌を湿らすためについつい飲んでしまう。柔道部の話をすると、小さな興奮でどうしても口のなかが乾いてくる。
「西はいいよ」
宮澤が言った。主将の西岡精家のことだ。
「どんな感じ?」
「立っても寝てもいい。とくに背負いや体落としの切れ味が増してるし、ものすごいリーダーシップでね」
肯きながら聞く私に宮澤が続ける。
「毎日、佐々木コーチに電話してるらしいよ」
「佐々木さんに?」
「佐々木さん、道場にあまり来ないらしいんだ。だから来てくださいっていう電話だよ」
「そうか……」
「西岡の執念もすごいよ」
「いいキャプテンになったな」
西岡は下級生のころは、体幹の力がやや弱いこともあって、乱取りでは上級生に
佐々木コーチが落ち込んでいるという話は何人かから聞いていた。京大にまったく歯が立たず、自分の指導力に疑問を感じているようだった。たしかに一カ月前の七帝戦の打ち上げの席で、佐々木コーチは引退する四年目と一緒に号泣していた。私は二度、ビールを
「でも、九大との合宿には来てたんだよね」
私は首を
宮澤がグラスのウオッカを半分ほど喉に流しこんだ。身体が大きいだけに、同期のなかで一番の酒豪である。
「
「それは岩井監督に聞いた。このあいだみねちゃんでたまたま会って」
「あと
「主将の?」
「そう」
「あいつも強いのか」
「もちろん」
宮澤が言うには、有田が
「九大のやつらの表情が険しくてね。有田の話を聞くときの」
「そんなにすごいの」
「そう。すごい」
おそらく竜澤タイプの主将なのだろう。全体を束ねて牽引する力が図抜けているに違いない。
宮澤がグラスの残りを一気に飲み干した。私は手を上げて「すみません」と店員を呼び、店員が来ると私もその前でウオッカを空け、今度はメニューを見た。頭が少し揺れていた。思った以上に酔ってきているようだ。自分では決められず宮澤にメニューを渡した。
「じゃあ名前で選んで、こいつを」
宮澤が中指の爪で叩いたのはソビエスキーというものだった。たしかに面白い名前だ。
他に乾き物のつまみをいくつかと、腹の足しになるパスタを大皿で頼んだ。やってきた新しいウオッカを飲みながらピーナッツをつまんだ。
「来年の七帝はそうとうな混戦になるな……」
私が呟くと宮澤が「そうなんだよ」と言った。
十連覇中の王者京都大学の新主将は
「うちが倒すしかない。京都の十連覇の前は北大が二連覇してるんだぞ」
私たちより上の北大OBたちはそう言った。しかし彼らの時代と較べ、間違いなく京大の完成度は上がっている。何しろ十年も負けていないのだ。
北大はどうか。西岡精家が本格化してきたとはいえ中量級である。ゴトマツと暢の伸びにOBの期待が集まっているが、それがほんとうに
二年連続京大と優勝を分け合った東北大学もまだまだ侮れない。ここ二年、優勝から遠のいているが、豊富な練習量と研究量は七大学随一である。新たな抜き役が育ってもいる。しかし京大とは手が合いすぎる。お互い引き込んで下から返して抑え込むのを得意とする。そうすると実力的に安定している京大に分があるだろう。
京大に迫るのは、もしかしたら立技の東大や
そして九大には巨漢の甲斐泰輔がいる。まだ二年だが、東北大の超弩級六年生斉藤創さんをカメに追い込んで攻めまくったのだから七大学最強ではないか。宮澤が言うように有田主将のリーダーシップも不気味だ。九大はこれまでも地元開催のときに強いという。かつて北大と二年連続で優勝を争って二連覇した昭和五十二年・五十三年には「飛行機が一機着陸するたびに一人抜く」と言われていたらしい。試合会場が福岡空港に近いのでできた伝説だが、「本当にそれくらいのペースで抜いていた」と私も北大OBから酒席で聞いたことがある。
しかし、いずれにしても京大を破るのは簡単ではない。どこも優勝を目指して練習を積んできた。そのなかでの十連覇である。京大の連覇が始まってからは打倒京大と目標にされ、ロックオンされ続けているのだ。それでも負けていないのである。
「西岡たちがやってくれるだろうか……」
私が言うと宮澤も考え込んでいる。
後輩というのは弟みたいなもので、私たちのことも先輩たちは同じように心配しながら見ていたのだろう。いつまでたっても一年目や二年目のころのまま見てしまう。しかしこのあいだの七帝戦を見て彼らの成長は確信している。
北大の優勝を信じよう。
どこかが京大を破らねばならない。それは北大しかない。
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