カーフ④


「あー!どこに行ってたんだい。あまりに遅いから、探しに行こうかと思ったよ」


 連結扉を開けた途端に響く声。その向こうで、座席に膝をついてこちらを見ているアルゲディの姿が目に入る。

 普段ならそんな格好、彼が許すはずもないのに。

 その姿を見た瞬間、胸の奥で張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。


 隣のカーフが肩をすくめる。「ほらね」とでも言いたげな、いたずらっぽい表情だった。

 僕はアルゲディのそばへ歩み寄る。その視線が、足元から僕らをゆっくりとなぞるように這い上がってきて、意地悪そうに口元が吊り上がった。


「僕がいない間に、ずいぶん仲良くなったじゃないか」


 カーフと繋いでいた手の温もりに気づいて、思わず慌てて手を放した。カーフは何も言わない。ただ、愉快そうに目を細めて笑っている。

 アルゲディはいつもの指定席に腰を下ろすのにつられる様に、僕らも席へ腰をかけた。カーフはバスケット膝に置き、蓋を開けながらやや甘える様な口調で囁く。

「お待たせ、いい子にしてた?」

「いい子にしてたさ。僕が話しかけるたびに暴れて、バスケット蹴り上げる程度にはね」

「……それ、全然“いい子”じゃないわね」

 そう言いつつ、カーフはどこか満足げに笑うとバスケットの中を覗き込む。すると、白いうさぎがぴょこんと顔を出した。耳をぴくぴく動かし、鼻をくんくんさせるその仕草は、どう見ても暴れん坊には見えない。


「……珍しいな。僕の周りじゃ、死んだウサギを餌として吊るしてるのを見かけるくらいだから」


 その一言に、空気が一瞬凍る。

 カーフが絶句し、あわててウサギをバスケットに戻し蓋を閉めた。

「……信じられない。あなた、どんな場所で育ったの」

「僕にとっては、当たり前の環境だっただけ」

「が、学校で飼ったりとか、しないの?」

「学校で飼ったりは……って、え?……今の、君の言い方……珍しいな。そんな風に話すの、初めて聞いたかも」

 アルゲディの目が、僕をじっと見ている。

 揺れないはずの僕の芯を、静かに見透かすような眼差しで。

「嗚呼。カーフの影響かな。彼女、言葉も綺麗だからさ。イオスまで、丸くなっていくみたいで。ちょっと驚いた」

 茶化すように笑うアルゲディの目の奥に、ふと影が差す。わずかな寂しさが、彼の睫毛の隙間から零れ落ちた気がした。


 ──変わっていく僕を、彼は今、どう見ているんだろう。


「……でも、似合ってるよ。悪くない」


 その言葉が、なぜか少しだけ、胸にしみた。


 彼は足を組み直し、落ち着かない様に指をもてあそんでいる。その様子がおかしくて、思わず笑いが漏れた。


 僕が笑うと、アルゲディも渋い顔をしながら目を細めた。

 カーフはやさしく笑い、バスケットの中で白いうさぎが鼻をぴくぴくと動かしている。


──この三人で、終点まで行けたらいいのに。


 思いが、心に静かに広がっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る