第12話 かつて英雄と呼ばれた男が使っていた剣だ

 ヒッカの朝は早い。

 が、今日の両親はもっと早かった。

「おはよう。父さん今日早いんだね。母さんは?」

「おはよう。色々あってな。それに母さんももう起きてるから、そろそろ降りてくるんじゃないか?」

「そっか」

 グランは出口の扉に手をかけた。

「それじゃ行ってくるよ」

「いってらっしゃい!」




 ヒッカは父を見送った。そして父と入れ替わるように母が降りてきた。

「おはようヒッカ。今日はあまり時間がないから手短にいくわよ」

「え? もう?? 俺まだ起きたばっかなんだけどな……」

「大丈夫よ。少し朝は用意したから早く着替えてらっしゃい」




 ヒッカは用意されたミルクを一気飲みし、着替えを済ませた。

「それじゃ行くわよ」

 母とヒッカは共だって空を駆け抜けた。ヒッカの一日が始まった。




「っあぁー。疲れた」

 ヒッカは母との特訓を終えて家に帰り着いた。

「おはよう。兄さん」

 すでに朝食を済ませているであろうローグは、家の外で土術トレーニングをしていた。どうもこの家族は全員がストイックらしい。

「おはよう。ローグは今日はどうするんだ?」

「僕? この後学校に行くよ。僕のとこは無事だったし。……はっ!」

 生成したレンガを叩き割りながらローグは答えた。

「そっか。良かったな」

「うん。だけど中には家を壊されたり、町を出ちゃった人もいるけど……ねっ!」

 再びレンガを叩き割るローグ。

「兄さん。そろそろ朝ごはんにしよっか。僕まだなんだ」

「そうだな。準備してくるわ。さすがにもうお腹空きすぎて倒れそうだ。」



 シェリーは家に帰る途中で別れた。故に年長者であるヒッカが朝ごはんの準備をすると言うわけだ。と言ってもパンとミルクといった簡素なものではある。

 朝食を済ませたローグはいつも通り家を出た。



 ローグを見送ったヒッカは一息ついていた。

(旅の準備をするか……)

 ヒッカは学園から届いていた手紙に目を落とした。向こう一ヶ月は学園は閉鎖され、再開時期は未確定のようだった。

(少し長旅になるかもな……)

 ぼんやりとそんなことを考えながら、手短に身支度をした。そろそろお店も開店する時間だ。

(ジェイクさんなら旅慣れてるだろうから必要なものを聞きに行くか。昨日の続きも気になるし)

 ヒッカはジェイクの宿に向かった。




 宿の受付でジェイクを呼んでもらう。

 ジェイクはどこかに出かける様で、すぐに降りてきた。

「早いな。何のようだ?」

「昨日の話の続きをしたくてきました。俺、ジェイクさんの旅に同行しようと思います」

 ヒッカがそう伝えるとジェイクは少し口角をあげた。

「サンキュな。よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします! ところで聞きたいのですが、旅には何持っていけばいいんですか?」

「そうだな……逆に今持ってる物や持って行こうとしてるものは何だ? それに俺も持っている物もあるし、現地調達した方がいい物もある」


 そしてヒッカとジェイクは互いの持ち物を確認し合い、不足分を用立てすることにした。

 とは言え、大半は既にジェイクが持っているので実際にはヒッカが追加で用意しなければならない物は少なかった。この辺りはさすが旅慣れたジェイクである。

 明日にでも出発したいと思うヒッカをよそに、ジェイクはまだ数日はこの町に滞在を余儀なくされていた。武具の修理のためである。昨日の今日ではまだ終わっていないのは明白。代わりに予備の武具を見にいくことにした。

「ヒッカ。やはりお前も武器の一つも持って行った方がいいぞ。助言するから検討してみてはどうだ?」

 ジェイクの言うことも一理ある。

 魔法に抵抗力を持つ魔獣や魔物は一定数いる。それらを相手取るにはいくら肉体強化しても素手では分が悪い。

「ん〜」

 ヒッカは唸って考えた。

 武器も確かに必要な理屈は分かる。母ほどではないが、父からも手ほどきを受けているヒッカは特段武器の扱いを苦にしていなかった。剣、槍、弓は一通り扱える。

 ヒッカは上手く言葉にできなかったが、武器にしっくり来るものがなかった。


「俺、上手く言えないんですけど、コレって言う武器がなくて。逆にジェイクさんはどうやって自分の武器を見つけたんですか?」

「俺? 俺はそうだな。俺は騎士を目指していたから、最初は剣か槍だと思っていたよ。それで最初は剣を学んだ。友人も剣を習っていたしな。槍を学んだこともあるが、馴染みの友人と切磋琢磨できる剣にいつの間にか戻ってたな。そして体力も魔力もつけて、それに見合う大きさを求めて剣も大型のにしていった。その結果が今だな」

「ふーん。友達がいたんですね」

「それはそうだろ。おかしなこと聞くやつだな。俺も人間だ。で、どうするんだ?」

「俺も感覚なんですが、剣ですかね? 弟も大剣を父から学んでて昔はよく打ち合ってました」

「そうか。ならお前の体格的にこれはどうだ?」



 ジェイクは小ぶりな片手剣を指差した。軽装なヒッカにとって邪魔にならないであろうサイズ感だった。

 ヒッカは店主に剣を借り受けた。ずしりと響くその重さ。

「そこで素振りしてみろ」

 ヒッカは剣を構え、父から習った型を幾つか振るった。

「どうだ?」

「思ったより軽くていいと思う。ただ、思ったより魔力を乗せられなそうだから繊細さが求められそう。それにメンテナンスをしっかりしないとキツイ……かも」

 ヒッカは鈍く輝く刀身を指して答えた。

「思ったより言うな。だったらこれはどうだ?」

 ジェイクは細身の長剣をヒッカに手渡す。柄が長く両手で構えることができそうだ。だが、細身の刀身のおかげかさほど重くは感じない。

「悪くないかもしれないですね!」


 ヒッカは長剣を手に取り素振りをした。小気味良く空を切る音が響く。

 ヒッカは長剣に魔力を込める。

(いけるかも?)

 手応えを感じ始めたヒッカはさらに魔力を込めた。刀身は魔力を帯び始める。

(これなら……!)

 ヒッカがさらに魔力を込めようとしたその瞬間、ピキッという小さな音が響いたのをジェイクは聞き逃さなかった。

「おい!」

「え?」

 バキッと今度はハッキリ店内に音が響いた。

「「あ゛」」

 その長剣は中心部から真っ二つに折れてしまった。

「あはは……ごめんなさい。これ、買い取りますんで……」

 結局、ジェイクは折れた長剣、もとい短剣を購入した。ジェイクは元長剣をこのまま打ち直してもらって短剣として帯刀することにしたようだ。一方のヒッカは練習用の剣を買い、それ以上の武具の購入はこのまま見送りとなった。


「お前が魔法士なのは分かってるが、加減ってものを学んだ方がいいな。いや、それよりもここは褒めるところか……?」

「ごめんなさい。俺が調子乗ったばかりに……」

「いや、俺は短剣を探してたからついでだ。少し想定とずれただけだから気にするな」

 こともなげにジェイクはそう言った。

 日はまだ高い。

「少し早いが食事してから昨日の続きをするか?」

 ジェイクの提案にヒッカは二つ返事で了承した。

「ではおすすめのお店に連れて行きます。着いてきてください」

 言うが早いかヒッカは駆け出した。

「おい! 待てよ!」

 ジェイクも慌てて後を追った。







「うおお!」

「はぁあああ!」

 ジェイクとヒッカは昼食もそこそこに、昨日と同じ場所で組み手を行っている。

(こいつ本当に魔法士見習いか? 魔力の力量はそこらの名ばかり魔導士なんかよりもずっと上だぞ)

「はっ!!」

(その手は……)「見切っている!」

(無尽蔵のスタミナ。それにこの体術と吸収力。お前は一体何者なんだ……?)「よっ!」


(強い。さすが元聖騎士だ。こっちの手の内は全部見透かされている。)「けどっ!」

(来るか?)

(これは見切れます……)「かっ!?」

 この組み手は数時間にも及び夕暮れまで続いた。




「っらぁ!」

 ボスッと言う小気味良い爆発が起きる。ジェイクが豪快に右手から魔力を打ち出そうとするも不発に終わった。

「ふう。そろそろ終わりにするか。さすがに俺はもう打ち止めだ」

「なら……チャンスですね!」

「……おい?」

「はぁあああ!」

 ヒッカは十八番の攻撃用風魔法【サイクロン】の構えをとった。

(おいおい……冗談だろ……!?)

 ジェイクの心配をよそに、ヒッカの【サイクロン】も霧散した。

「あはは。さすがに俺も疲れちゃいました」

そのまま座り込むヒッカ。

「お前ってやつは……すごいな」




 ひとしきり笑い合い小休止した後、ヒッカとジェイクは帰路についた。


「ただいまー。疲れたー」

 もう夜ご飯の時間は目前だった。

 そして程なくして父が帰ってきた。この日の父はいつもと違い、特別なお土産を持ってきた。

「父さん、お帰り。それは何なの?」


 ヒッカが興味津々な様子で父に尋ねた。

「お前の餞別にと思ってな。開けてみろ」

 ヒッカは封を解いた。それは一振りの剣だった。

「父さん……これ……?」

「すごいだろ。使ってやってくれ」

 グランが和かに笑う。

「ありがとう! 大事にするよ! でもいいの?」

「もちろんいいとも。それにこの剣は特別なんだ」

「特別?」

「ああ」

 グランはニヤリと笑う。

「かつて英雄と呼ばれた男が使っていた剣だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る