第9話 全てを破壊する暴力……厄災そのものよ……
王宮に入ったヒッカは『第一研究室』と書かれたドアの前に着いた。呼吸を整え、ドアをノックする。
「はーい?」
「ヒッカです。入ります」
「お帰りなさい。ありがとね。大変だった?」
母は優しい笑顔でヒッカを迎え入れた。
「じゃあ、早速だけど教えてくれる?」
ヒッカは母の助手が用意してくれた飲み物を片手に谷で見たことを伝えた。母の眉間に深い皺が刻まれる。
「そうなの……」
大きく深呼吸し、椅子に仰け反る母。
「これはまずいかもね……」
普段、あまり見せることのない母の表情にヒッカは少し緊張感を持った。
「どうしたの?」
「厄災の再来……かもね?」
ヒッカは息をのんだ。
「この世界を破壊するドラゴンが復活したのかもしれない……」
ドラゴンと言えば数日前に見たばかりの大型ドラゴンを思い出した。
「母さん。俺、学園でドラゴン見たよ」
「ええ。報告は聞いてるわ。でも復活したドラゴンはその比じゃないレベルよ。十五年も前、多大な犠牲を払って退治したと思ったのに……」
憎しみを込めた目をする母の姿。それはヒッカにとって初めて見る母の表情だった。
そう言えば、リーサさんや村長に同じような話を聞いたなとヒッカは思った。
「そのドラゴンってどんなやつだったの?」
ヒッカは母に尋ねた。
「それは……」
母の顔が苦痛に歪む。
「ごめん! やっぱいいや。」
努めて明るく答えるヒッカだが、母は顔を強張らせたまま答えた。
「全てを破壊する暴力……厄災そのものよ……」
「厄災……」
ヒッカその迫力にたじろいだ。
「天に聳え立つほどの大きさで突然現れ、幾つもの街や村を破壊し、多くの尊い命が失われたわ。大切な人も」
母は最後の方は微かに涙声になっていた。
沈黙が時を支配する。
そこからの時間は僅か数秒だったが、ヒッカにとってはとてつもなく長く感じた。
(気まずいな……)
ヒッカは母の目を見た。驚いた様子の母と目が合った。
「ふふ……さ! 悔やんでばかりいられないわ! こんな時のための王宮魔導士研究室よ!」
母は気分を切り替えて明るく話した。それはまるで自分に言い聞かせる様だった。
ヒッカは改めて現状を知ることになった。あのドラゴンが現れる数日前に、魔獣の活発化が著しい動きを見せていたとのことだった。ここ数年、各地で魔獣が観測されては討伐の繰り返しだったが同時多発的に起こっているようだった。
数日前の学園襲撃の際に、王宮騎士団の到着が遅くなったのもそれが原因のようだ。
「まあ、あの学園は先生も生徒も優秀だからねちょっとやそっとじゃへこたれないと思ってたわよ。それになりより、貴方がいるからね」
「え?」
「日々の訓練はこういう時のためのものよ。貴方には私から魔法のイロハは教えたけど、まだまだ伝えたいことがあるの。魔法の世界って本当に奥が深いのよ。私だってまだ全然分かってないことの方が多いんだもの」
しばらくヒッカと母は魔法談義に花を咲かせていたが、不意に思い出した。
「そうだ母さん。こんな動物がいたんだけどみてくれない? 魔獣の子どもじゃないかと思うんだ。」
ヒッカはジェイクと共に打ち倒した魔獣の正体である小動物を母に見せた。まだ、息はある。
「どれどれ……」
母は眼鏡をかけて小動物をまじまじと観察した。
「こいつが周りの木々や地面を吸収して大きな魔獣になって暴れてたんだ。んでその時にすごい剣士の人と会ってさ」
ヒッカはジェイクのことも母に伝えた。
「……で、【サイクロン】をぶち当てて体部分を破壊したら中からこいつが出てきて。多分こいつはこの石で周りから力を得てたんだと思う」
「ん〜」
母は小動物の石を見つめた。ヒッカは言葉を続ける。
「これが怪しいと思う。母さん、これは何?」
「分かんない」
「え?」
「なんなのこの石? 見た目は宝石類に見えるけど、ここまで大きな宝石は見たことないし。それに微かに魔力を帯びてる……」
「そうなんだ。母さんなら分かるかなって思ったんだけど」
「そりゃあ私は物知りよ? それでも分からないことなんてこの世には沢山あるんだし。ここ最近は他にも色々とあって……」
母がため息ついた時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します。ロイル様、王宮騎士団との対魔獣討伐会議のお時間でございます。お迎えにあがりました」
「あら、もうそんな時間? ヒッカ、ごめんね。母さん行ってくるから。今日は家に帰るから、大人しく待ってて。父さんにも言っておくから」
「分かった。この子はどうしよう?」
「そうね……貸して。魔獣を入れる檻が空いてるはずだから、そこでしばらく様子を見るわ」
「ありがと。じゃあ、母さんまたね」
城を後にしたヒッカはそのままジェイクの待つ宿に向かった。
「遅くなってすみません」
「気にすることはないさ。しばらく剣も鎧も修理なんだ。たまには体力回復に努めるさ」
そう言いながらもジェイクは盾を装備したままだった。鍛え上げられた肉体にところどころ点在する古傷、包帯をぐるぐる巻きにしている左手、どこか達観しながらも目に宿る強い意志……。
それらは彼がくぐり抜けてきたであろう、死線の多さを何よりも物語っていた。
「なら俺がこの街を案内しますよ」
「いや、それはいい。少し考え事をしたいんだ」
「そうですか……。では気が向いたら俺の家に来てください」
ヒッカは自分の住所をメモに記してジェイクに渡した。
「ここに連れて来てくれたことは感謝する。だが、お前の家に俺が行くとは限らんぞ。黙ってこの街を出ていくことだってありうる」
「えー。それは困ります! その前にジェイクさんの強さの秘訣を教えてください! 俺、超一流の魔導士になりたいんです。だから、強い人に色々と教わりたいんです!」
ジェイクは少し口角をあげた。
「面白いやつだな。お前は普通に強いんだろ? その年であんな魔法を使えるんだし。若いんだから我武者羅になるのもいいんじゃないか? それに俺のは参考にならないと思うぜ」
「それは何故ですか?」
「理由は三つある。一つ目はタイプだ。俺は剣士タイプだがお前は魔導士タイプなんだろ? 剣士と魔導士では求められる魔法の種類や質が違う。二つ目は得意属性だ。俺は火属性が得意だが、お前はどう考えても風属性だろ? 火属性は風属性に対しての優位属性だ。真っ向勝負では風は火に対して不利だ。俺の魔法がそのまま使えるとは思えないしな。タイプと同じで俺の修行方法がお前に適さないと思われる。そして三つ目は……」
「……?」
言い淀んでいるジェイクをヒッカは怪訝な顔で見返した。
「いや、忘れてくれ。ともかく、お前が俺に対して何を求めているのか分からない」
「俺、魔法のことをもっと知りたいんです。貴方の魔法を見た時、すごいと思った。一流の剣士なのに魔導士並みの魔法も扱うだなんて、あまりにもハイレベルすぎて。それでその根源が何かを知りたいと思ったんです。母は魔法を研究してて、王宮魔導士です。俺もいつか、超一流の魔導士になるためにも、お願いします!!」
「……」
「……」
静寂が時を支配する。
やれやれとでも言いたげな表情で応えるジェイク。
「参考になるか分からないが少しだけだぞ」
「ありがとうございます!」
「それで? 俺に何を求めてるんだ? 座学はお前の親の方が良いだろう?」
「……特訓。いえ、貴方と魔法を撃ち合いたいです!」
「……本気か?」
一段低い声でジェイクは呟いた。
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