親の七光りかと思っていたけど実は俺の方がスゴかったんです!

古進 蔵人

第一章 始まりの日と仲間と旅立ちと

第1話 風よ、全てを薙ぎ払え!

 有数の魔法都市であるフレアランド王国内にある学園の片隅で、その少年は物思いにふけっていた。


(俺はどんな人になろうか)


 そんなことを何となく思っていた。やりたいことはある。ただしそれらはいずれも心の底から夢中になれるものではなかった。

 心の中で何か燻っているような、濁ったような、なんとも言えない不安感はある。


「それでも何とかなるでしょ」


 少年は思わず口に出していた。少年はの名前は『ヒッカ』。彼は今まさに、自分の将来の進路について考えていた。



 窓の外を眺めていると、遠くに親友『ガルダス』の姿を見た。

(ガルダスはきっとこのまま炎術士を目指すだろうな)

 彼の炎のように真っ直ぐで熱い心に迷いは無かった。目を瞑れば数年先の未来、ガルダスが立派な炎術士となって治安維持に務めている姿が目に浮かぶ。


 ふと、ヒッカは子どものころに母から聞いた『英雄』の話を思い出した。いろんな話を聞いた。

 その話の中の英雄達は誰も彼が優れた人格を持ち、類稀なる武勇にて脅威と戦うというものだった。

(今は多少の脅威はあるけど、昔みたいな脅威は鳴りを潜めているって言われてるしな……)



 十五年ほど前には巨大なドラゴンが世界を破壊の限りを尽くすと言う脅威があった。その脅威に立ち向かうべく、英雄は仲間たちと共に立ち上がった。ドラゴンと英雄の戦いは熾烈を極め、幾度も両者は激突したと言う。巨大に進化し、そして数多の手下を従えるドラゴンに対して、人々の想いと仲間達と共に魔法の力を高めた英雄……。

 両者の戦いの結末がどうなったのかは窺い知れない。ただ、『最後の日』、を境にドラゴンの脅威は去った。英雄の記録もそこで失われてしまっている。英雄が今も生きているかは分からない。ただ、ヒッカは何となくその英雄はこの世界のどこかで生きているのではないかと思っていた。



(俺も英雄に…なんて、そんな時代じゃないしな)

 そう思いながらもヒッカは帰路に着いた。だが、『その日』はすぐそこまで迫っていることに、ヒッカは気づいていなかった……。




 『その日』のヒッカは普段と何ら変わらなかった。

「ヒッカ。始めるわよ。起きなさい」

 母の声が聞こえる。ヒッカの毎日はこの声から始まる。

 「はあーい」

 気の抜けた声で返事をする。身支度をすませ、ヒッカは母直伝の移動用風魔法を唱えた。




 寝起き早々、母と共に訓練所に入ったヒッカは構えをとった。

「貴方もいつの間にこんなに早く飛べるようになったのね」

「まあね。俺もなかなかでしょ?」

 と軽口を返すヒッカ。

「確かにそうね。貴方は頑張ってるわ。それはそれとして……行くわよ」

 それに無言で頷くヒッカ。

「はっ!!」

 母の魔法がヒッカに襲いかかる。風が騒めき、大気が震える。そして……。





 息も絶え絶えに肩で息をするヒッカ。その傍らには幾分息の上がった母が立っていた。

「今日はここまでね」

「……」

 ヒッカは呼吸を整えながら頷いた。



 帰宅後、母が朝食の用意をしてる間にヒッカは自室のベッドに倒れ込んだ。

(今日はいいとこまでいったんだけどな)

 そう考えながら瞼を閉じた。

 仮眠から目覚めたヒッカは食事の席についた。父はすでに朝食を半分以上済ませていた。弟はまだ寝ているようだ。


「おはよう」

 父がヒッカに声をかける。

「おはよう。父さん」

 それに応えるヒッカ。

「母さんのレクチャーについていけるなんて、お前はなかなかだよ」

 そう言いながら父が笑う。

「今度の休みに俺からも鍛えてやるからな。楽しみにしてろよ?」

「……分かったよ」

 どうにもヒッカの家庭は、ヒッカを鍛えたいらしい。それも無理な話ではない。父は王立防衛大隊長、母は王宮魔導士兼研究者なのだ。両親ともあまり語りたがらないが、過去に何度も死線を乗り越える活躍をしたとされ、その魔力や体術は未だ健在である。流石に父は全盛期を過ぎてはいるが、そこらの一般兵が束になっても敵わない強さである。母は今もなお、その魔力に磨きがかかり限界は底知れぬといったところだ。

(改めて思うとなんかすげーよな。うちの両親は……)

 もそもそと朝食を口にしながらヒッカはそう思った。


 そして、いつもの時間になったのでヒッカは弟と共に学校に向かった。母がやや険しい顔で独り言を呟いていた。ヒッカは違和感を覚えたものの、この時は特に気にしていなかった。





「そうか。風属性の道に進むのか」

 ヒッカの担当教員が感嘆の声で話した。

「はい。元々は母の元で鍛えられてますし、まだまだ研究の余地のある分野で面白そうですから」

「いやいや。これは失敬。君のお母さんはあの王宮魔導士だったね。それなら私は口を挟まんよ。確かに風属性は習得者が少ないから苦労はするかもしれない。だが、それも込みで風と言う自由な魔法を楽しみ、そして学びなさい」

「ありがとうございます。先生」

 面談が終わったヒッカは自席で頬杖をついていた。

(自由に、ね)





 ヒッカが得意としている風属性魔法は習得者が少ない。特にこの国では炎術士の割合が多く、半数以上の男性が火属性を修めている。次いで多いのが土術士。男性の水術士は少ないが、それでも風術士よりは多い。


 火属性魔法は攻撃と身体強化に優れておりかつ、体系だった魔法も多い。


 土属性魔法は防御と面・範囲の効果に優れており、指揮官やオールラウンダーが好む傾向にある。


 水属性は回復と魔法防御に優れており、習得者の多い火属性への耐性が最も高い。


 風属性は万能で様々な魔法に応用が利くとされる。また四属性で一番研究が進んでいない属性のため、相手の意表を突いた戦いができる。



 ヒッカの母は優秀な風術士だった。

 幼い頃より攻撃、補助、防御、移動と多岐にわたる魔法を叩き込まれた。そしていつしか母との鍛錬の日々が始まった。母の教えと自らのセンスもあり、ヒッカの風術士としての才覚は目を見張るものがあった。




 やがて、クラスの半数の生徒が面談を終えた頃、急足で生徒と連れ立って教師が戻ってきた。教師のその顔はやや青ざめていた。

「王宮からこの地区に対して緊急避難の書状が来た。みんな、今すぐ帰宅するんだ!」

 ざわめく教室。虚をつかれた者。冗談として受け止めている者。戸惑っている者。

「これは緊急事態だから急ぐんだ」

 教師が語気を荒げる。

「書状によると近くに大型のゴーレムが観測されたとのことだ。そしてそのゴーレムは分身体を作りながら、こちらに向かっているとのことだ」

 静まり返る教室。

「あれ、何かな…?」

 一人の女子生徒がつぶやいた。校舎裏の岩が微かに動いた。いや、動いている。まるで生き物のように……。



「あれがまさかゴーレム?」

 近くの男子生徒が目を細めて言う。

「え!こっちの方にも変なのがいる!」

 別の男子生徒が一際大きい声で叫んだ。ヒッカも周囲を見渡した。いつの間にか学校はゴーレムとおぼしき存在に囲まれていた……。

(一体どこから湧いてきたんだ…? 王宮からの伝令からまだそんなに経ってないのに)

 視線を落とすと先に校舎を出た生徒たちが慌てて引き返してきているところだった。

「みんな、修練塔に行こう」

 教師は手紙とともに声を絞り出していた。修練塔はその名の通り、魔法の修練に使う場所だ。建物自体は頑丈な作りでもあるし、校舎周辺を囲っているものより強力な結界もある。中途半端に帰宅するよりは安全だ。




 修練塔には他の学年やクラスの生徒が集まりつつあった。教師たちはこれからの策を話し合っているところだ。

 ヒッカは修練塔の最上階に向かっていった。最上階には炎術指導のヴェルン教師がいた。

「何しにきた?ここは危ないから早く下に降りろ」

「学校の四方から囲まれてます。なので、様子を見にきました」

「囲まれてるなんて分かってんだよ」

「裏山の方と、橋の方からもですよ?見た感じ二十体近くに囲まれてると思います。ここの結界でも防げないかもしれません」

「……」

「……」

「まあ見てなって。俺の炎で叩き潰してやる」

 ヴェルンは教師の中でも一目置かれる炎術士だ。

「分かりました。でも俺も付いて行っていいですか? 補助魔法使えます」

「……好きにしろ」


 ヒッカはヴェルンと共に下に降りてきた。そしてヴェルンは教師陣と二言三言、言葉を交わし、修練塔の外に出ていった。

 一番近くまで移動してきているゴーレム三体の前に立ったヴェルンは自慢の炎魔法を放った。正確にゴーレムの上半身に直撃したその炎は、見事にゴーレムの上半身を破砕した。手応えを感じるヴェルン。次いで残りの二体も炎をぶつけた。轟音と共に崩れる二体のゴーレム。

「ここはこれで良しとしてこのまま外周に沿って潰していくぞ」

「はい!」

 彼方に見えるゴーレムを目指し、ヒッカはヴェルンを連れて母直伝の移動魔法を唱えた。

「うお!」

 思わず声を出すヴェルン。その移動速度はヴェルンの予想を遥かに超えるものだった。

「お前。意外とすごいな」

 やや声が裏返るヴェルン。

「だが、こっからは任せときな!」

 今度は五体のゴーレムに炎をぶつけた。涼しげな顔とは対照的に崩れ落ちるゴーレム達。

「よし!このまま行くぞ!ついてこい!!」

「いえ、俺が連れて行きますよ」

 冷静に突っ込むヒッカ。

「……」

「……」

「まあ……頼むわ」

 言い終わる前にヒッカはヴェルンを連れて次のゴーレム達の場所に飛んだ。



「やっぱアイツすげーわ。うん」

 どっしりと腕組みをしながらガルダスがつぶやいた。

(思えばアイツの風魔法ってあまり見たことない気がするな)

「ねえ、あそこの影って何かな?ゴーレムは先生がやっつけたんだよね?」

「ん??」

 女子生徒の指差す方向をガルダスは目を向けた。

 そこは確かにヴェルンがゴーレムを破砕した後だった。が、信じられない光景を見た。

「もしかして……増えてる?」

 ガルダスは不意に寒気を感じた。

(授業で言ってたがゴーレムは基本的にコアのある頭を潰す。そして先生がそれを知らないはずはない。現に三体とも頭どころか、上半身を消しとばしたじゃないか)

 自分に言い聞かすように頭の中で反芻する。

(あのゴーレムは普通とは違うのか?)

三体だったゴーレムは倍の六体になって修練塔に向かってきているのをガルダスは目の当たりにした。





「おらぁ!コイツでラストォ!」

 爆音と共にゴーレムが崩れ落ちる。

「流石に少しキツイな」

 肩で息をしながらヴェルンが言う。無理もない。午前中にら魔法実演で魔力を消費しており、午後には中位魔法を数十発も絶え間なく連発しているのだ。

「戻るか。少し休みてぇ」

「そうですね。戻りますか」

 ヒッカとヴェルンが立ち去った後、ゴーレムだったカケラたちが静かに寄り集まって形を成していた……




「先生! 王宮騎士団はまだなんすか! このままじゃ俺達はやられるのを待つだけですよ!!」

 声を荒げるのはガルダスだ。先程のゴーレムから、再生タイプもしくは高耐久タイプと思ってのことだった。これらのタイプは攻撃力は高くない一方で、倒しても倒しても這い寄る恐ろしさと、高耐久なため破壊には一点突破が必要になる。中途半端な火力はこちらが消耗するだけでジリ貧になるのは明白だ。いくらここが魔法学校で魔法に精通した人間が多くとも、倍以上の数に膨れ上がったゴーレム達を消滅させるには些か分が悪い。

 この修練塔に元々備わっていた結界に重ねて魔法障壁を生成してゴーレムの侵入を防いでいるため、絶体絶命ではないが危機的状況には変わりはない。その修練塔を空中から見てきたヒッカとヴェルンは薄気味悪さを感じた。

「なんだこいつら……。まだいやがったのか!」

「……今はひとまず戻りましょう。あれだけの数にはそれなりの準備が必要でしょうから」

「くそっ!」




 修練塔では教師と生徒が交代で魔法障壁を展開していた。魔法に長ける者が多いが、それでも不安は拭えない。

「このままではまずい。ヴェルン先生が戻ってきたら一気に攻撃に転換すべきではないか?」

「いや。ここは待つべきだろう。アイツらの再生力は生半可な攻撃では太刀打ちできない。現にヴェルン先生が倒したゴーレムは復活しているぞ」

「私も攻撃に賛成ですわ。ユニット魔法で跡形もなく消し飛ばすべきです」

「ユニット魔法だなんて詠唱にも時間がかかるし、失敗した時のリスクが高すぎる」

「あら? なら、このままひたすら待つと言うの? いつまで? 王宮騎士団が来るまで? そもそも王宮騎士団がそんなに早くきてくれるのかしら? 皆が元気な今のうちだからこそ、攻勢に出るべきでは?」

「さっき上から観測した時にはゴーレムは五十体を超えていたんだぞ。それも、この塔を囲むように迫ってきている。いくらユニット魔法でもそこまで広範囲に発動は難しいぞ」

「一気に殲滅できなくても良いのでは? 確実に数を減らしていかないとここも持たない。王宮騎士団が来てくれるまで持ち堪えないと。攻撃班と防御班に分かれるべきだ」

 怒号にも似た様々な意見が挙げられる。誰しも不安なのだ。見たことのない数の敵。今目視できる分を打ち倒してもそれで終わりとも限らない。増援が来るのか、破壊できるのか、再生してしまうのか。



 ゴーレムがあちこちで魔法障壁を攻撃してきた。迷っている時間は無さそうだ。

「やはりここは確実に潰しにかかるべきた! 炎術魔法が使える者はこちらに集まるように! 炎術魔法が使えるが魔法障壁を展開している者は他のものと交代してここに来るように」

 ヴェルンの声に押されるように、生徒が集まった。ヒッカは炎術魔法が使える者と交代で魔法障壁の展開に入り、ガルダスはヴェルンのところに向かった。

「まずはあの大物を狙う」

 ヴェルンが指差した方向には、先程ヴェルンが破壊した時よりも一回り大きくなったゴーレムが魔法障壁を攻撃していた。


「いいか! 俺の掛け声に合わせてお前達の炎術魔法をぶつけるんだ!」

 ヴェルンが口にしたユニット魔法とはなんのことはない。魔法の同時発動のことだ。大勢の者の魔力が一点に集中するため、個人で魔法を発動するより高火力、広範囲に影響を及ぼす。とは言え無制限に性能が向上する訳ではない。人数が多くなるにつれ、個々人の魔法の個性や癖によるブレが大きくなる。結果的に大規模な魔法発動になればなるほど、威力の上昇率は悪くなる。

 だがそれでも、個々人で放つより良い局面がある。それは今回のゴーレムのように再生タイプや高耐久タイプを消滅させるような場合であり、対応方法としては推奨される。

 ただ、それなりにリスクは伴う。が、迷っている暇はなかった。ヴェルンの掛け声に合わせてユニット魔法を放つ。ゴーレムの体が粉微塵に吹き飛ぶ!ゴーレムの破片から握り拳ほどの赤い石がこぼれ落ちた。ヴェルンはすかさずその赤い石に向かって魔法を放った。赤い石は静かに砕け散った。

「ふう。これでやつもおしまいだろ」



 一安心したのも束の間、複数のゴーレムが魔法障壁を攻撃し始めるのをヒッカは見た。

(まずいんじゃないか。あそこはさっきも攻撃されていたとこだ)

 ヒッカは場所を移ることを申し出、魔力障壁の補充にあたった。魔法障壁が持ち直していく。その間にヴェルン達がユニット魔法でゴーレムをまとめて破砕した。だが……。


「ぐっ!」

 ヴェルンはついに膝をついた。ついに彼の魔力はほとんど使い果たしてしまったのだ。周りの声に声なく首を振るヴェルン。もはや彼は限界だった。

(くそっ。王宮騎士団はまだなのか? それとも来ないのか? だったらどうすれば?)


 ヒッカはこの窮地の脱し方を考えていた。まだゴーレムは数十体見える。ユニット魔法なら打ち倒せるが、ヴェルンが脱落した以上、ユニット魔法に参加するメンバーを増やす必要がある。だがそれは守りを弱めることにつながる。そして何より、残りの数のゴーレムを全て打ち倒すほどのユニット魔法は放てないだろう。



 ヒッカは無意識に確信した。これまでの母との特訓の日々は来るべき脅威に備えてのものだと。そして自分は幸運にもこの状況を打破できると。

 ヒッカはゴーレムの前に立った。


 魔法障壁の中からヒッカを呼ぶ声が聞こえる。ヒッカはそれに「大丈夫さ」と囁き答えた。



 ヒッカは大きく息を吸った。風がざわめく。


 ヒッカは魔力を集中させる。風が吹き荒ぶ。


 ヒッカは収束した魔力を両手で高く掲げた。



「風よ、全てを薙ぎ払え!」


 両手を振り下ろし、ヒッカは母直伝の風属性魔法【サイクロン】を放った。


 ……風が爆ぜた。

 ヒッカの放った魔法は瞬く間にゴーレムを砂塵へと帰した。

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