ゆきうさぎと傘と肉まん
山本アヒコ
「雪が降ってる」
春葉は窓の外に白い雪が舞っていることに気づいた。
スマートフォンで天気予報アプリを起動させる。『徐々に雪が降りだし、夜には積もる可能性あり』と表示された。
春葉は外へ顔を向け、スマートフォンの画面へ戻す。アプリを消すと一瞬ためらい、メッセージアプリのアイコンをタップする。
『今日ははやく帰れそう。たぶん定時で』
ルームシェア相手である吉良美からのメッセージが最新のものとして表示された。送信時間は二時間近く前。
「…………」
スマートフォンで時刻を確認すると、彼女の定時を過ぎていた。このメッセージ通りならすでに最寄り駅に到着しているかもしれない。彼女は電車通勤をしている。
再び窓の外を見ると、雪は先ほどよりも強く降っているように見えた。吉良美は傘を持たずに出ていったはずだ。今日は雨も降っていなかったし、雨や雪が降るとは天気予報でも言っていなかった。であるなら、春葉は傘を持って迎えに行くべきかと思ったが、悩んだ。悩んでしまった。
春葉と吉良美は、大学で知り合った友人同士だった。大学を卒業間近に控え、就職活動を幸運にも二人は終えた。どこに就職が決まったのかという会話のなかで、吉良美が今住んでいる場所からは少し遠い場所だと知った春葉は、彼女に提案した。
「ルームシェアしない? 私も引っ越ししたいって思ってたし。二人でなら大きい部屋に住めそうだからさ」
最初のうちは本当に楽しかった。「ただいま」を言って「おかえり」と返したり、お酒を飲みながら仕事の愚痴を言い合ったり。しかしもうすぐルームシェア歴が二年になろうとする現在、二人はすれ違いばかりの日々だった。
主な原因は吉良美が大きなプロジェクトを任され、連日遅くまで働き、春葉よりもはやく家を出る生活が続いているからだった。
「もうすぐ仕事も終わるから」
吉良美はすまなそうに何度も言っていたが、それが何ヵ月も続くと春葉もさすがに辛くなってしまう。
「ハァ」
思わずため息をついてしまうと、窓に何かがぶつかる音がした。
顔を向けると、赤いふたつの小さな瞳と目が合った。そこにいたのは白い雪でできた体と赤い瞳を持つ、ゆきうさぎだった。
「どうしたの?」
春葉は窓を開けると、冷たい風が吹き込んできて体が少し震えた。
窓の隙間からするりと入ってきたゆきうさぎは、軽快な跳ねかたで部屋を横切ると、ドアの前で彼女へと顔を振り向けた。
「そっちへ行きたい?」
ドアを開けると、ゆきうさぎは廊下を跳ねながら進み、向かった先は玄関だった。外へ出るドアの前で止まり、再び春葉の顔を見て、次に顔を向けたのは傘立てに差してある傘だった。
「え」
戸惑う春葉の顔を、ゆきうさぎは赤い瞳でじっと見る。
「ゆきうさぎなのに熱いものも食べるんだ」
それは去年の冬、ルームシェア一年目の二人が鍋を食べていたときだった。同じように窓の外にいたゆきうさぎを見つけた吉良美が部屋に入れて、鍋の人参や白菜を食べさせた。面白そうにゆきうさぎに食べさせている彼女を見て、春葉も楽しかった事を思い出す。
「そうだね。久しぶりに二人で鍋したいから、材料買いにいこう」
外に出ると雪はかなり多く、風も強いので遠くは見えない。巻いたマフラーで口ごと覆って歩く。ゆきうさぎが道を知っているかのように先導していた。積もりはじめた雪に、小さなゆきうさぎの足跡が残る。
「あっ、春葉?」
駅に向かう途中で吉良美と出会った。彼女は傘もささずにいるので、頭や肩に雪が積もっていた。その両手には大きく膨らんだビニール袋をぶら下げている。
「吉良美、なんでそんなことに?」
「いやー、久しぶりに春葉とお酒飲みたいなーって思って適当にコンビニでカゴに入れて、レジに行ったら肉まんも食べたいなって思って全種類買ったらこんなことに」
「なにそれ」
春葉は思わず笑ってしまい、それを見た吉良美も笑った。
「鍋の材料買いに行こうとしてたのに、まずこの荷物置いてこないといけないなあ」
「おっ、鍋いいね。寒いし」
春葉は苦笑しながら片方のビニール袋を取り、彼女用に持ってきた傘を手渡した。
「あれ、ゆきうさぎじゃん。どうした?」
「この子に鍋を食べさせたいなって思ったんだ」
「そういえば去年もあった気がする」
「だね」
二人と一匹は楽しそうに、跳ねるように足跡を雪へつけて歩いていく。
ゆきうさぎと傘と肉まん 山本アヒコ @lostoman916
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