第6話:完全勝利

「はい」


ここで巧が2番目の封筒を取り出し、先ほど同様にテーブルの上に置いて中身を取り出した。そこにはレジュメが入っており、人数分のコピーが準備されていた。


「なんだ?」

「今度はなんだっていうの?」

「もういいだろ……」


なんだかんだ言いながら両親と兄はそのレジュメを受け取り、中身を見て行く。


「「「……」」」


3人の口から何も音が発せられなくなり、次の瞬間6つの目は未だ土下座状態の兄嫁に向けられた。


異常な空気を察し、テーブルの上のレジュメのコピーを慌てて手にする兄嫁。そこには「海野霞氏経歴調査レポート」と表題が書かれていた。5ページほどのそのレジュメを慌ててページを開き中身を検める兄嫁。


「お兄ちゃんは高校の時3か月ほど不登校になっていたわ」


兄嫁がリアクションするよりも一足先に乙姫が話し始めた。


「そのころ学校でひどいいじめを受けていて、お兄ちゃんは教科書や体操服を捨てられたり、メッセージで死ねとか連日言われてノイローゼになってた。お兄ちゃんの友達が自殺未遂したことで明るみになって新聞に載るほどの大問題になったわ。それ以来、お兄ちゃんはいじめに対して人並み以上に嫌悪感を持っていると思うわ」


既に目を通していた乙姫がそのレジュメの内容を話し始めた。


「ここにはお兄ちゃんとは別の学校の別のクラスのいじめについて書かれているわ」

「それが私と何の関係が……」


兄嫁が何のことだか分からないという様子で眉をひそめる。


「探偵が兄嫁のことを調べていたら、高校3年間特定の女の子をいじめて、その子は最終的に学校に来なくなり、後に自殺未遂をしていた事が分かりました」


乙姫が左右の花蓮、三千華、巧に視線を送るとそれぞれが無言で小さく頷く。そして、視線を兄嫁に移して言った。


「そのいじめは海野霞さん……いや、旧姓の祖月輪(そがわ)霞さん……と言った方がいいのかしら?」

「そがわ……?」


ここで一番最初に反応したのは兄だった。


「霞がいじめを……?」

「学校でもかなり問題になり、調査が行われたみたいですね。加害者たちは生徒たちのアンケートで特定され、その親たちが謝罪して和解金を支払った記録があります」


淡々と巧が調査結果を報告していく。


「そんな……じゃあ、霞は……」

「その加害者の1人……1人どころか主犯格でした。未来ある若者たちってことで、加害者の罰は軽いものだったみたいです」


巧の言葉に顔面蒼白の兄嫁。兄はいじめ経験者で人一倍嫌悪感を持っている。いじめの加害者だった兄嫁を許せるのか、それは兄にしか分からない。


「霞……お前……」

「違うの! あの頃はまだ若かったし! それに私じゃないもの。ちょっとノリで言っただけで調子に乗ったヤツがちょっと追い詰めただけで……」

「ノリで殺されてしまったら、いくつのときでもシャレになりません」


冷たく合いの手を入れる巧。言葉を失う兄嫁。


「さあ、誰が本当のことを言っていて、誰が嘘を言っているのか、みなさん段々分かってきたところで、話を戻したいと思います。本日は、お兄様と兄嫁様のお子さん衛くんのドナーのお話です」


巧の言葉に一同がはっとする。あまりに衝撃的すぎる暴露話が続いたのでみんな本題を忘れていた。


「お義姉さん、お義姉さんにとって子どもは大切ですか?」


乙姫は兄嫁を見下げ、さげすむ様な視線で聞いた。


「当たり前じゃない! お腹を傷めた大切な子どもだもの! 大切に決まってるじゃない! 行き違いの件は謝ったわ! 猫の件も! 最終的にはちゃんと葬ったんだから結果オーライでしょ!? お願い! 衛の治療にはドナーが必要なの!」


もうなにを言っているのか分からない兄嫁。しかし、畳に額をこすりつけて泣きながら土下座の状態で乙姫に懇願する。


「ふーん、あなたみたいな人でも子どもはかわいいですか」

「当たり前じゃない! バカじゃないの!?」


頭に血が上って本性が見え隠れする兄嫁。


「じゃあ……」

「ほんと!? ありがとうございます! ありがとうございます!」


全部言い終わる前に、被せる様にお礼を言い続ける兄嫁。


「骨髄提供……しません!」


「「「……」」」


乙姫の言葉に三度客間が静かになった。


「お……お前! きさまーーーーー!」


兄嫁が乙姫に掴みかかった。その時の顔は普段の温厚そうな顔ではなく、鬼気迫った鬼婆のようだった。当然横にいた巧がいともあっさり制圧した。


「子どもの命が大切だと言うあなたは、かつてのクラスメイトを死の淵に追い詰めたり、私の猫を殺したり、命の重みが分かってないみたいだから他人から蔑ろにされたらどう感じるか思い知ってほしい」

「……」


兄嫁はそうとう悔しそうな顔だが無言。海野乙姫の完全勝利で話は終わった。

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