二度失う愛の、その先へ
@kana07
プロローグ――静かな病室の記憶
冬の寒さがようやく和らぎ、遅い春の気配が感じられ始めたころ。病室の薄いカーテン越しに光がこぼれる午後、真壁真一(まかべ・しんいち)はまだ十代の少年だった。腰かけている椅子の冷たさを忘れるほど、彼は目の前の少女――樋山香織(ひやま・かおり)だけに意識を向けていた。
ベッドに横たわる香織は病衣の襟元をきちんと揃え、前髪を少し指でいじりながら、弱々しい微笑みを浮かべる。その笑顔はいつもの香織と変わらないように見えるが、真一は切なさを隠せない。悪性の脳腫瘍の影響で、香織は少しずつ記憶を無くしていくからだ。
「ねえ、真一……。あれ……どうしてたっけ……」
ふとした拍子に香織が問う。遠い目で、何かを手繰り寄せるように天井を見上げた。
「大丈夫だよ、思い出さなくてもいいから。オレが全部覚えてるからさ」
「そっか……ありがとう……」
香織の手が、探るように真一の手を探す。それを包み込むように握り返し、真一はどうにか笑顔を作ってみせる。だが、その胸にはどうしようもない孤独感が巣食っていた。もし、香織がオレのことをすっかり忘れてしまったら……。
数カ月後、香織は真一の存在を完全に思い出せなくなり、そして命が消えた。残された真一は二重の悲しみ、すなわち「恋人の死」と「自分だけが相手を覚えているという苦痛」を背負うことになる。
その日を境に、明るく外交的だった真一は、人付き合いを煩わしく思うようになった。やがて、彼は自分の世界に閉じこもるようにAIエンジニアの道を突き進んでいくことになる。そこでは人の感情さえプログラム化して整理できるという、ある意味で歪んだ救いがあったのだ。
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