あっという間に迎えた決行日。玲奈たちは研究センターの地下実験室に集合していた。拓海が天体望遠鏡や電波アンテナからのリアルタイム観測データをモニターに映し出し、有村が量子ゲートの制御コンソールを操作する。陳は全体を監督する立場で、緊急事態の対応マニュアルを確認していた。


「パルス到来まであと10分。データ上は誤差プラスマイナス3分ってところかしら」


有村の言葉に、玲奈はごくりと唾を飲む。


実験装置の中心には、冷却された真空チャンバーの中で一対のフォトンが“もつれ”状態を維持し続けている。もし予想どおり、遠方のパルスがこのフォトンと何らかの形で相関を持っているとすれば、その瞬間に未知の情報が検出される可能性がある。


「パルスの測定用アンテナ、各種センサーともに異常なし」

拓海がモニターの数値を読み上げる。時間だけが静かに過ぎていき、実験室内の空気が張り詰める。


「――来た!」


拓海の声と同時にモニターの波形が一気に跳ね上がった。ほぼ予想どおりのタイミングだ。有村は量子ゲートの制御システムを作動させる。


「量子コンピュータの演算開始! フォトンペアの測定アナライザに異常は……ちょっと待って、強いノイズが入ってる!」


警告音が鳴り響き、画面が激しく上下に揺れ始める。通常なら許容範囲を超えるエラー率が表示され、玲奈は額に汗がにじむのを感じる。


「大丈夫、落ち着いて!」


拓海の言葉に頷きつつ、玲奈は演算ログの一部を別の端末に転送し、応急処置の数式を入力する。理論上はこれでノイズ補正ができるはずだが、現実はそう甘くはない。


そのとき――突如、チャンバー内部が白く光り輝いた。計測装置の針が振り切れ、あらゆるメーターが最大値を超えそうになる。


「教授! 何かが起きてます。これ、計器が狂ってるだけじゃない……」


玲奈が声を上げた瞬間、あたりがパッと暗くなり、予備電源の非常灯だけが白い光を投げかける。音はすべて吸い込まれたように消え、一瞬、世界が静止したかのようだった。


そして、計測モニターが再起動し、断続的に点滅を繰り返す。数秒後、警報音が再び鳴り出したが、先ほどまでの激しさは感じられない。


「通信ログ……どうなってる?」


有村がすぐにコンソールを確認する。そこには見慣れないパターンが列をなして並んでいた。十進数や十六進数とも異なる、奇妙な符号の羅列。


「なんだ、これ。暗号? それともノイズの残骸?」


「ノイズにしては規則的だよ」


玲奈は早速、符号解析プログラムを走らせ始める。しかし解析率はなかなか進まない。それはまるで、未知の言語を前にしたときの暗号解読のようだ。


モニターに示された記録時間を確認すると、通信ログが保存されたのはたったの数秒間。だが、その数秒の中に圧倒的な情報量が詰まっているように思える。

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