世、妖(あやかし)おらず ー呼ばせ鈴ー

銀満ノ錦平

呼ばせ鈴



夏になるといつもお婆ちゃん家の鈴の音を思い出す。


庭先には少し草むしりをした後があり、ベランダの窓には土のついた手袋と汗拭きタオルが置かれてあった。


いつも私が来る度に台所で私の好きな、温かいだし汁にいれたそうめんを作ってくれていつも兄弟と食べていた。


ちりん


いつも聞こえていたあの鈴の音。


あれを聞く度に私は鈴に向かって行きたくなった。


弟は気にしてなかった。


ちりん ちりん


朝の日差しに、昼の真上から差す温かい日差しに、夕日に沈む消えゆく日差しに…。


あの鈴の音は鳴り響く。


夏の日という限られた季節に鳴るこの涼しくも何処か心が温かくなるような目を閉じると自分がこの季節の空気と一体感になっている感覚が好きだった。


多分、お婆ちゃん家という古さと懐かしさが肌で感じ取れる…というのもあるかもしれない。


ちりん ちりん


ただ歳が進むに連れて、そんな風情な気持ちも薄くなった。


婆ちゃんも亡くなり、家も取り壊されるので中にある欲しい物を引き取ることにした。


本やら生活品やらを貰い、後は無いものかと探していたらとある小さい木箱を見つけた。


何か価値のあるものかと思い、開けてみると鈴が入っていた。


あの子供の時に聴いていた懐かしい鈴だった。


私は久々に音が聴きたくなり、木箱から鈴を出し鳴らしてみた。


ちりん ちりん


とても良い音だ。


あの時を思い出す。


ふと目を閉じて聴いてみる。


ちりん 


ちりん


ちりん


匂いが、あのお婆ちゃんがいた時のあの懐かしい朝の清々しい日の出、昼の温かく心地よさのある昼日、日の沈みが切なさを醸し出す日没。


ちりん


ちりん



匂いが更に強くなるようになる。


懐かしい風、懐かしい感触、懐かしい日の暖かさ、懐かしい音…。


ちりん


ちりん


ちりん


ちりん ちりん ちりん ちりん ちりん


ちりん ちりん ちりん ちりん ちりん ちりん ちりん ちりん ちりん ちりん ちりん ちりん




ちりん 


私は再び目を開けた。


あの時の懐かしい匂いだ。


グツグツだし汁を温めている音も聴こえた。


お婆ちゃんの後ろ姿が見える。


横にはそうめんを待っている弟がいた。


あれ?私は何を考えていんだろうか?


あ、そうめん。


そうめん食べたいんだった。


僕は、そうめんを待っている。


早くこないかな。




















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