足跡の正体
こむぎこちゃん
第1話
「……?」
私は、街灯に照らされる足跡を見て眉をひそめた。
現在、朝の六時十分。
住宅街はひっそりと静まり返り、道を歩く人は誰もいない。
今年初めて積もった雪は、うっすらと道路を覆っている。
朝早いせいでまっさらな雪に、くっきりと足跡がついているんだ。
別にそれだけなら不思議じゃない。
私よりも早くに家を出た人がいるってだけなんだから。
私が眉をひそめたのは、うちの玄関の小さな門の前でうろうろした跡がついているから。
何? まさか、泥棒?
……まあでも、家に入った形跡はないんだから、とりあえず大丈夫か。
それよりも、早く学校に行かなくちゃ。
これからは朝練に行くって決めたんでしょ、私。
……寒すぎて予定よりも出発が遅くなってるけど。
念のため家の鍵をもう一度確認して、私は雪を踏みしめながら家を出た。
「はよー、由紀」
予鈴とともに教室に滑り込むと、すでに朝練から帰ってきて席に着いていた、幼なじみの柊斗がひらりと私に手を振った。
「おはよ」
「朝練、行けたのか? 俺と同じ電車で行くって言ってたのにいなかったよな」
「やー、ちょっと寒すぎて起きれなくってさ」
へらへら笑って言い訳する。
っていうか、そもそも柊斗は早すぎるんだよ。
うちの高校はバスケ部が強い。柊斗は小さいころからずーっとバスケオタクだから、入部して一生懸命頑張っている。
もちろん自主練の朝練にも、毎日参加しているんだ。
一方私は弓道部。
今まではゆるっとやっていたんだけど、この前の土曜日の大会でいい成績を出せて、ちょっとやる気がわいたんだよね。
それで「私も柊斗と同じ時間に出て自主練する!」と宣言したのが昨日のこと……なんだけど。
「三日間雪降り続けるってよ。これじゃ、全然朝練行けねーじゃん」
「ちゃんと一本後の電車には乗れたし!」
むうっとほおを膨らませて見せると、悪い悪い、と全然悪びれていない様子で柊斗は言った。
「ほら、あと一分で本鈴なるぞ。早く自分の席行けよ」
「あっ、ほんとだ」
やばいやばい。うちの担任、チャイムで席に着いてないと面倒なんだよね。
私は机の間を縫うようにして、急いで自分の机を目指した。
「あれ、まただ」
翌日も雪は降り続けていた。
新しく積もった雪が昼間の踏まれた雪面をまっさらにしているんだけど、そこにはやっぱり、昨日と同じような足跡が。
昨日の足跡、駅に向かってたんだよね。
行き先が分かれば、気になるのはどこから来たか。
朝練も行きたいけど、今日も結局柊斗と同じ電車は時間的に無理だし、十分だけなら余裕がある。
五分だけ、たどってみようかな。
私はそう決めて、足跡を逆に追い始めた。
翌日。
私はがんばって早起きすると、準備をテキパキと済ませた。
しっかり防寒対策をして、玄関を出る。
うん、まだ足跡はついていないね。
門の外を隙間から確認して、ドアの前で待機。
数分すると、雪を踏みしめるぎゅっぎゅっという音が近づいてきた。
人影が玄関の前で止まるのを確認して、私は門を開けた。
「柊斗!」
「おわっ⁉」
驚いた柊斗がぴょんと飛び上がる。
人間って、驚くとほんとに飛び上がるんだ……じゃなくって。
「ねえ、昨日もおとといもうちの前をうろうろしてたよね。どうして?」
「……マジか、気づかれてたのか……」
昨日足跡の出所をたどってみると、柊斗の家からだったの。
私の家の前を通るのは、少し遠回りになるはずなのに、なんでだろう。
気にはなったけど、教室で聞いてもはぐらかされるだけ。
だから、待ち伏せしてみたんだ。
私がじっと顔を覗き込むと、柊斗は視線を少しさまよわせてから、ぼそっと言った。
「……由紀と一緒に駅まで行ければいいなって思ったんだよ」
「え? そ、それだけ?」
「それだけだよ、悪いか!」
「いや、別に悪くないけど……」
「ほら、もういいだろ! 早く行こーぜ!」
街灯に照らされる柊斗の頬が、ほんのり赤い。
寒いのかな? 柊斗って意外と寒がりだもんね。
「寒いならマフラー貸そうか?」
「いっいらねーよっ! むしろ熱いわ!」
……なんか私、怒らせるようなことしたかな?
「いい加減いかねーと、今日も電車逃すぞ」
「やばっ! 早く行こ!」
私たちは並んで、駅までの道のりを歩き始めた。
何でもないことだけど、なんだか少し楽しくて。
明日からも早起きがんばろう。
自然とそう思っていた。
足跡の正体 こむぎこちゃん @flower79
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