第9話

 魔女は少年の手を引いて、魔女の家から少し離れた場所に連れてきた。

「……ここは、どんな場所ですか」

「なに、ただの庭じゃよ」

 タウルスが一歩足を踏み込むと、柔らかな土の感触があった。

 次に、ふわりと漂うほのかに甘い蜜の香り。

 澄んだ空気に、どこか暖かい風が吹く。

「……この香りは?」

「花園じゃからな。花が咲いておる」

 盲目の少年はかがんで花を撫でる。

 柔らかく、しっとりとした葉の厚みに、ちょっと力を込めれば壊れてしまうほど華奢な茎に、雲のような花の肌触りを覚える。

「……なぜ、こんな場所に」

「儂は人間が嫌いじゃ。自分が生きることしか考えず、草木を踏みつけ花をむしり悪戯に他者を殺す人間が。見るのもうんざりで、じゃからここにこうして、儂はひとり、小さなこいつらと一緒に暮らしておる」

「……どうやって?」

「儂の魔法は『平均化』の魔法じゃ。有害な瘴気も周囲一帯の健全な空気と平均化して、希釈できる」

「……。希少な魔法ですね」

「ふぉっふぉっ。さんざん他人にいいように使われてきたんじゃがなぁ。ブラックボックスっちゅうやつか」

 魔女はそう自嘲気味に笑う。

 平均化の魔法をもってすれば、自身の年齢さえも他者と平均化させて若返ることもできる。

 そうやって何十年間も、魔女はひとりで生き続け、利用されるだけの人生を送ってきた。

 タウルスは顔を上げ、花畑へ顔を向ける。

「……花は、綺麗ですか」

「ああ、綺麗じゃよ。見事に咲き誇っておる」

「……そうですか」

「いつかきっと見えるさ。いつかきっと、のう」

 風が吹き、花が揺れる。

 色とりどりに咲き誇る花の色を、少年が見ることは、もう、ない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る