悪魔の少女

沙水 亭

悪魔の囁き

「お母……さん?」


少女は血溜まりの中で立ち尽くしていた。


「お父……さん?」


二つの事切れた亡骸を見つめながら。


「お姉ちゃん?」


しかしそんな少女の隣にはもう一人の少女がいた。


「お父さんとお母さんは?」


「……」


「お姉ちゃん?」


「君たち!!不審者の通報があって……こ、これは!?」


衛兵が血塗られた部屋と二人の少女を見つけ駆け寄った。


「大丈夫か!?すぐに安全な場所へ連れて行くからな!」


二人を抱きかかえ、衛兵は走り去っていった。










「……最悪、祝日なのに悪夢見ちゃった」


彼女の名はヘラ、両親を幼い頃に亡くし孤児院で妹と暮らしいている。


「おはようお姉ちゃん」


「おはようノア」


この日は姉妹で孤児院全員で遠征に行く日だ。


「遠征の準備……は終わってるね流石お姉ちゃん」


「準備万端だよ、ノアは?」


「私も準備万端」


「じゃあ行こうか」





「それでは皆さん荷物は持ちましたか?」


孤児院の先生が先導して歩く。


「行き先はどこだろう」


「楽しみ〜」


子供たちは楽しそうに先生について歩いていった。


「ねぇお姉ちゃん」


「何?」


くま、凄いよ?」


「……あんまり寝れなくて」


「楽しみで?」


「まぁ、そんなところ」


実際は両親が死んだ夢を見て寝付けなかった。


「ふふ、お姉ちゃんも楽しみなんだ」


「うん、最後だからね」


「そっかー……お姉ちゃんもう18歳だもんね」


この孤児院では18歳になると卒業する事になっている。


「ノアはあと2年だね」


「うん、早く外に出て自由になりたいなぁ〜」


「じゃあ先に自由を謳歌してくるね」


「むぅ……ズルい」


姉妹の他愛のない話が盛り上がり始めた頃、先生が森の中で立ち止まった。


「さて、ここで焚き火をしましょう、作り方は習いましたね?」


『は〜い!』


子供たちはグループごとに焚き火を作り始めた。


「お姉ちゃん薪持ってきて?」


「わかった」




ヘラは森の中で乾いた木を探していた。


「……これとか使えそう」


『……クク』


「っ!?」


謎の笑い声にヘラは振り返った、しかし誰も居ない。


『いい……良いぞ、その目』


「だ、誰!?」


突如目の前に黒いモヤが現れた。


『俺か?……俺は悪魔だ……クク』


「悪魔?」


『そうだ、悪〜い悪魔だ』


「な、なんで悪魔がここに……」


『クク……お前の目の中に悪〜いモノが見えた、俺はそれが大好物だ』


「悪いモノ?」


『クク……また何か怒りを感じたらここに来い……すぐに来るだろうがな……』


するとモヤは晴れていった。


「なんだったの……悪魔?」


「先生!!」


子供たちの悲鳴が聞こえてきた。


「何!?」





「何があったの!?」


そこでは先生が剣で貫かれ、息絶えた姿しかなかった。


「うっ……っ!ノアは!?」


あるのは事切れた遺体のみ、子供たちの姿はなかった。


「ノア!!!」


大声で妹を探すが反応はない。


「ノア!!」


『クク……』


「っ!悪魔……」


『思ったより早い、そして美味そうな感情だ』


「感情……悪魔は感情を食べる……」


『そうだ、俺たち悪魔は負の感情が好きなのだ、どうしようもなくな』


「なんで今出てきたの」


『クク……力が欲しいか?』


「力?」


『そうだ、妹を取り戻し、復讐する為の力だ』


「……復讐」


『親を殺したやつを、殺してやりたいほど恨んでいる……そうだろ?』


「……」


『クク……妹を拐った奴らはどうだ?』


「……っ!」


『ククク……さぁ、俺と契約しろ……さすれば力をやる』


「……対価は?」


『命、お前の命だ』


「わかった」


『ククク、契約成立だ』


悪魔はまた霧になるとヘラの体へ吸い込まれた。


「くっ……頭が……」


突如ヘラの頭に激痛が走る。


「うっ……」


激痛によって吐き気が引き起こされ、胃酸が出口を求め彷徨う。


「うぇ………」


内容物を全て吐き出す勢いで嘔吐する。


「はぁ……はぁ……」


「おい!生き残りがいるぞ!」


男が二人ヘラを見つけやってくる。


『クク、さっそく試しがいのある奴が来たぞ』


「はぁ……」


「おい!大丈夫か?」


男はヘラに手を伸ばすが……


「触るな!」


ヘラは男の腕を握りつぶす。


「う、うわぁ!!?」


『ハハハ!!いいぞ!殺せ!』


「はぁ……はぁ……!」


「ば、化け物!!」


もう一人の男は恐怖に耐えきれず逃げ出す。


「や、やめろ!来るな!」


しかし腕を潰された男は腰が抜け動けない。


『殺せ!殺してみろ!』


「はぁはぁ!!」


悪魔の声を聞くたびにヘラの息遣いが荒くなる。


「やめてくれ!」


『殺せ!!!』


「あぁぁぁぁ!!!」


ヘラは男の肩を殴ると肩は曲がってはいけない方向へ曲がる。


「うぁぁぁぁ!!!」


『やれ!』


次は左膝、右膝、腹と次々に殴る。


「や、やめてぇ!!!許してぇ!!!」


「はぁはぁはぁ!!」


『ククク!ハハハ!!良い!良い!』


数秒後には人とは思えないほど潰れきった肉塊が転がっていた。


「私が……私が」


『そうだ、お前が殺した』


「うぅ……」


『ククク、良かったぞあの恐怖に染まりきった男の表情』


「黙れ!」


『クク、さぁもっと怒れ、俺を楽しませろ』


「っ!」


「君!!」


馬に乗った騎士がヘラに駆け寄る。


「何があった!!こ、これは……」


地面に散らばる肉片、その側に血まみれの少女。


「君が、やったのか」


騎士はヘラに剣を向ける。


「私は……やってない」


『嘘をついたな?』


「……ここで孤児院の遠征をしていると聞いた、君の名前は」


「ヘラ……」


「ヘラ……リストに載ってはいるな、他の孤児は?」


「わからない、拐われたんだと思う」


「ふむ……この人数を拐うとなると、集団か」


「……私の妹も……」


「そうか、とりあえず後ろに乗りなさい」


騎士はヘラに布を着せると後ろに乗せ、馬を走らせた。





『クク……』


「っ!」


「どうかしたか?」


強張るヘラに騎士は問いかけた。


「いえ、何でも」


「そうか」


馬は森を通り抜け、王都へ。


「着いたぞ、ここで暫し待機だ」


兵舎でヘラは降ろされた。


「……」


「隊長、この子は?」


部下が騎士に駆け寄りヘラを見る。


「通報のあった森で見かけた、心身ともに疲弊している」


「そうですか、でしたら私が預かりますよ」


「そうか、頼む」


女の部下がヘラの手を握る。





自室へとヘラは案内され、布を脱いだ。


「血まみれじゃない!ほら脱いで」


「……」


言われた通りに服を脱ぐ。


「外傷はなし、返り血?」


「……(なんだろう……意識が……)」


ヘラは頷くだけで何も言わない。


「……(ダメだ……眠い……)」


ヘラの意識がどこかへ飛んでいった。


「う〜む、返り血でここまで血まみれになるかなぁ……」


「……お姉さんは家族いるの?」


突然ヘラが話し始めた。


「え?いるよ、妹が一人」


「そう……私と一緒」


「そうなの?」


「でも、拐われた」


「拐われた!?どこで!」


「森で」


「隊長の行ったあの?」


「うん」


「……誘拐……孤児を誘拐か」


「お姉さんは妹さんを大事にしてる?」


「え?もちろんよ?」


「そう……なら良い」


「ど、どうしたの?急に」


「……私ね、人を……」


突然ヘラの無表情が満面の笑顔に変わる。



「え?」


「アハハハハ!!」


壊れたように高笑いし始める。


「ちょ、ちょっと!」


「………」


笑い終わるとバタリと倒れた。


「な、何なの?この子……」






???


『クク……』


「ここは?」


血溜まりの中でヘラは目を覚ました。


『ここは夢の中だ』


血まみれの、もう一人のヘラが立っていた。


「私?」


『俺だ』


「悪魔!」


『クク、壊れていたな』


「っ!」


『無意識であそこまで悪魔になりきるとは……クク……実に興味深い』


そう、先ほどの奇行は全て無意識で行っていた。


『もしかしたらお前は悪魔の才能があるかもな、死んだら迎えに来てやる』


「いらない」


『クク……さて、ここではお前に技を教えてやる』


「技?」


『悪魔の技だ』


「なんで教える必要が」


『憑依している状態でお前が死ねば俺も死ぬ、それは御免だ』


「……結局は自分の為ってことね」


『そうだ、一つ目の技だ』


手のひらをかざすと炎が出た。


『『フレイム』一般の魔法だ』


「悪魔の技じゃないの?」


『悪魔の技は技量がいる、魔法も使えなかった奴にいきなり使えるわけがなかろう』


「……で、どうやるの」


『簡単だ、俺が出来るのだ感覚で出来る』


「……教えるの下手くそ」


『なんとでも言え、やれ』


「……」


感覚で手のひらかざすと本当にフレイムが出た。


『出来るではないか』


「……納得いかない」


『クク、次だ』


悪魔は手をまたかざすと光線が出た。


「光?」


『『熱線』圧縮したフレイムだ、威力は折り紙付きだぞ』


「圧縮……これも感覚?」


『そうだ、魔法はイメージと感覚で使え』


ヘラはフレイムを圧縮するイメージを浮かべながら、感覚で照射してみた。


「出た」


『ほほ〜う、これは面白い(こいつ……筋が良いな)』


「次は?」


『今日はここまでだ、クク……それで恨みのある奴を焼いてみるといい』


「……わかった、それよりなんで私の姿なの?」


『お前に憑依しているからだ、それ以上でもそれ以下でもない』


「そう」


『さぁ、目覚めの時だ』









「ん……」


「あ、起きた?」


ヘラの体は揺れていた。


「ここは?」


「今は教会に向かってる途中、ごめんね、寝心地悪かったでしょ?」


女騎士に担がれていた。


「ううん、心地よかった」


「そう、それなら良かった……それより大丈夫?さっきだいぶ狂乱してたけど」


「大丈夫、死体を見て動揺してただけ」


「辛かったよね……」


「うん……」


「大丈夫、お姉さんたち騎士団がいるから」


「うん……ありがとう」


ヘラは再び夢の中へ落ちていった。

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悪魔の少女 沙水 亭 @shastytpp

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