第20話 アキラの決意
リアたちは西の山脈に向けて3日目の行程に入った。エルフの里の住民100名が連なり、険しい道を進む光景は壮観であり、またどこか物悲しいものがあった。
エルフたちはこの地に住み続けたが、今はそれを捨てて新たな地を求めているのだ。リアはふと後ろを振り返り、その表情には深い決意と僅かな哀愁が漂っていた。
そんな中、アキラからの声がリアの耳に届いた。「リア、道の先に少し広めの平地があるよ。そこに着いたら休憩を取った方が良さそうだ」
リアはうなずき、エルフたちに合図を送った。「みんな、前方に少し広い場所があるわ。そこで休憩をとりましょう」
平地に到着すると、エルフたちはそれぞれ思い思いの場所に腰を下ろし、息を整え始めた。疲れの中にあっても、皆の表情には前を向く強さが宿っている。リアも一息つき、周囲の安全を確認しながらアキラに話しかけた。
「アキラ、あなたが事前に送ってくれた食料や水のおかげで、ここまで順調に来られたわ。ありがとう」
アキラの声がスマホ越しに聞こえてくる。「いや、リアが頑張っているから、僕も全力でサポートしようって思えるんだ」
アキラは今まで避けた事を聞く決意をした。
リアと深い信頼関係で繋がっていたというクルス。彼の事を知りたいと思った。
「リア……クルスって、どんな人だったんだろう?彼は、どうやって君を支えていたのか、教えてくれないか?」
アキラの問いに、リアは少しの間、言葉を探していた。彼女の胸には、今もクルスとの記憶が深く刻まれていたのだ。クルスと過ごした日々、それは単なる戦い以上に、自分自身を支える力となっていた。
「クルスは……とても不思議な人だったわ。最初は私も彼が本当に助けになるのか、信じられなかった。でも、彼はただの共鳴者じゃなかった。アプリの知識を駆使して、私のためにいろいろなサポートをしてくれたの。それは貴方と同じよ。」
リアの声にはどこか懐かしさが滲んでいた。彼女が語るその一言一言から、クルスに対する深い信頼と想いが感じられ、アキラはその気持ちを静かに受け止めていた。
「クルスは、スマホのアプリだけじゃなくて、自分でアプリを開発することもできたの。異世界の状況をリアルタイムで把握する『マップアプリ』や、私の魔法を再構築する『魔法構成アプリ』も、彼が改良してくれたの」
リアは言葉を紡ぎながら、クルスがどれだけ自分のために力を尽くしてくれたかを思い返していた。
「彼は……特に、長詠唱の魔法を短く構築し直してくれたわ。例えば、ある時ディブロスというSS級の危険生物と戦わなければならなくて、普通なら長い詠唱が必要な魔法しか通用しない相手だった。でもクルスが、詠唱を短くしてくれたおかげで、私は何とか勝てたの。」
リアは言葉を続ける
「クルスの魔法はどこか不思議だった。クルスと繋がっているといつもよりも魔力のコントロールが上手くいったの。今も一人でクルスが教えてくれた短詠唱の魔法を試すんだけどやっぱりあの頃の威力とは全然違う。上手く使えない…心と身体が完璧に繋がっているようなそんな不思議な感覚だった」
アキラはその言葉に目を見開いた。長詠唱の魔法を短詠唱にするというのは、魔法の効果を損なわずに発動時間を短縮する非常に高度な技術で、聞く限り自分にはとてもできそうにないことだと感じた。
「すごいな、クルスは……僕には、そんなことはできない。彼みたいに、君の力を直接強化するようなことは……正直、自信がないよ」
リアはアキラの心情を察し、少し切ない気持ちを抱きながらも、彼を励ますように優しい口調で続けた。
「アキラ、確かにクルスは特別な存在だったわ。彼は私を信じて、できる限りのサポートをしてくれた。でも、彼と私の旅は決して楽なものじゃなかった。危険な場所でお互いが命を懸けて戦い、時には不安や迷いもあった。それでも、彼の成長が私を支えてくれたの」
リアは言葉を継ぎながら、今の自分がアキラと共鳴していることに複雑な思いが心に浮かんでくるのを感じていた。
彼女の心にはクルスへの深い愛情があったが、今こうして共鳴するアキラにも期待を抱いている自分がいる。その思いが彼女を戸惑わせ、どう対処していいのかわからなくさせていた。
「正直に言うと、私は今も迷っている。アキラと共鳴しているのに、時折、クルスとつながりたくて心が揺れるの。彼が私を支えてくれたあの感覚が、今でも忘れられないから」
アキラはその言葉を聞き、リアの気持ちに少しだけ触れたような気がした。彼女が過ごしてきた日々の重さ、そしてクルスへの深い想いが伝わってくる。
「なんか私…アキラ、貴方を利用しているみたいで…」
リアが言葉にできない葛藤を抱えているのを、アキラは感じ取っていた。
「リア、君がクルスを想っている気持ち、なんとなくわかるよ。でも、僕は僕なりに君を支える力になりたいと思ってる。たしかに、クルスみたいに完璧に君を助けるのは難しいかもしれない。でも、だからこそ僕も……もっと成長しなきゃいけないんだと思う」
リアはアキラの決意に少し驚きながらも、その言葉に力強さを感じた。彼はクルスとは違うかもしれないが、アキラにはアキラなりの方法で彼女を支えようとする意志がある。それが彼女の心を少しずつ動かし始めていた。
「ありがとう、アキラ。君にとっても本来は何の特にもならない遠い世界の事なのにこんなに私たちのために時間を割いてくれている。アキラ私たちを助けてくれてありがとう。」
会話を終えて2人の共鳴は静かに、しかし確実に深まっていった。それぞれが抱える想いと悩みを共有し、互いに成長するための力を与え合うようなこの瞬間は、これからの厳しい戦いに向けての確かな一歩となっていた。
◇
アキラは通話を切り、改めてクルスのことを思い返した。彼のように魔法を再構築したり、リアを直接支援する方法は自分にはできない。それでも自分にできることは何かないかと、彼は考え込んだ。
「僕にできるのは……ゲームで言うところの“僧侶”かも知れないな」と、ふと気づき、自分なりのサポートのあり方を見出したアキラは、少しずつ迷いを振り払っていった。
4日目の朝、アキラはリアに伝えた。
「リア、僕は直接戦うことはできないけど……できる限り、後方から君たちを支えたいんだ」
リアは一瞬驚いたようだったが、すぐに微笑んで「アキラ。あなたの支えは、私たちにとってかけがえのないものよ」と優しく答えた。
アキラは彼女の言葉を受け、さらに力を入れるようにスマホの画面を操作し、バトルビューを開いた。画面にはエルフの里の人々が進むルートと、周囲の地形、魔物の動きが示されている。
彼はその情報を細かく確認し、敵の動きだけでなく、エルフたちが進む経路や周囲の安全にも気を配りながら、リアへ適切なアドバイスを送ることを心に決めた。
「リア、君たちの進行方向には少し開けた平地が見える。そこに着いたら、少し休憩を取ってはどうかな?」
「分かったわ、そうしましょう」
しばらく歩き続けた後、リアたちは平地にたどり着き、アキラの言葉通りにそこで一息ついた。エルフの人々は疲労の中にも前を向く力強さを見せており、その姿を見つめるリアの表情にも決意が見て取れた。
「アキラ、あなたが事前に送ってくれた食料や水のおかげで、ここまで順調に来られたわ。」
「いや、リアが頑張っているから、俺も全力でサポートしようって思えるんだ」
アキラは再びクリエイトキャプチャを起動し、エルフの人々が必要とするであろうアイテムを作り出し始めた。長い移動に疲れている彼らのために、簡単に栄養補給ができる食料や、携帯用の水筒など、できる限りの支援を行った。
「リア、少しでもこれで役に立つといいけど」
リアは感謝の気持ちを込めて応えた。「本当にありがとう、アキラ。あなたのサポートがなければ、今の私たちはここまで来れなかったかもしれない」
その言葉がアキラにとって大きな励ましとなり、彼も自分がリアやエルフの人々を支えることができていることに自信を持ち始めていた。
クルスのように攻撃的なサポートはできないが、自分の存在が彼らの支えになっているということが、少しずつアキラの心に使命感を植え付けていった。
「この役割でいいんだ……これが僕にできることなら、それを全うしよう」
アキラは再びバトルビューを確認し、リアに今後の進行方向についてのアドバイスを送った。「リア、10時の方向に小さな魔物の群れがいるけど、こちらには向かってこないみたいだ。大丈夫だよ、今のルートで安全に進める」
リアはアキラの言葉に安堵しつつも、その指示に従って仲間たちを誘導し、安全な経路を進むことができた。アキラの的確なサポートが、リアやエルフたちの心を確実に支えていた。
さらにアキラは、リアたちが日中の移動で少し疲れていることを考え、回復のポーションを生成し、リアに送ることを決めた。リアがそれを確認したとき、彼女の表情には喜びと安心が混じっていた。
「アキラ、あなたのサポートのおかげね。こうしてサポートしてくれることで、私も安心して前に進めるわ」
リアの言葉は、アキラの中で確かな自信を育む種となった。「自分なりのやり方で、彼女たちを支えているんだ」——そう確信を持つことで、アキラの心には揺るぎない決意が根付いていった。
夕暮れが近づくと、道の先に小さな川が流れているのがバトルビューを通じて見えた。アキラはリアに水の補給を進言し、エルフたちが安全に渡れるようにアドバイスを続けた。そして、水筒や食料の追加物資を準備し、彼らが夜の宿営に備えられるよう、細やかなサポートを行った。
「リア、食料や水の補給をちゃんとして、明日に備えてね」
リアもその心遣いに心から感謝しているようだった。「あなたがいてくれるおかげで、私たちは本当に心強いわ」
アキラは彼女の言葉にただ「ありがとう」とだけ応えた。リアが、そしてエルフの人々が、彼の支援によって少しでも前を向けるのなら、それが自分の使命なのだと感じていた。
「リアを支えて、この世界のためにできることをやる。それが今の僕の役割だ」
その夜、アキラは改めてリアと深く話し合い、お互いの心の距離が少しずつ縮まっていくのを感じた。
二人の絆が深まり、彼の心には次第に使命感とともに温かな思いが広がっていった。
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