第10話 超えられない次元の壁
ディブロスを倒し大広間に静けさが戻ったその瞬間、リアは背後に不気味な気配を感じ、振り返った。
そこには、暗い影の中から先程、影に消えた男が再び、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「あなたはさっきの……」
まるでこの場の全てを見通しているかのような冷酷な眼差しが、ディブロスを倒したリアとクルスに注がれていた。
「まさか、お前がこの暗黒龍ディブロスを倒すとはな……エルフの守護者がこれほどの力を持っているとは驚きだ」と、影の男はゆっくりとリアを見据えた。
リアは剣を握り直し、彼に鋭い視線を向ける。「あなたたちの目的は何?ディブロスを使って何を企んでいたの?」
男は鼻で笑いながら答えた。「単純なことさ。この広間でお前を倒し、その涙を捧げて魔女を復活させる――それが我々の計画だった」
リアはその言葉に激しい怒りを覚えたが、同時に冷静さを保ち、敵の狙いが魔女の復活であることを確認した。
彼らがこの計画を進めるためにエルフである自分を狙い続けていた理由も、ようやく腑に落ちた。
男は肩をすくめ、再び不敵な笑みを浮かべた。「だがまあいい、今日のところは十分だ。お前の力は把握できたからな。いや――お前たちのか。まあ何にせよ目的は果たされたとだけ言っておこう。」
その言葉に、リアは一瞬だけ眉をひそめた。彼の視線は、自分だけでなく、クルスの存在にも気づいているかのようだった。
男は一瞬、古の書に手をかざすと、それが光を纏って彼の手の中に吸い込まれていった。そして、リアに冷ややかな視線を投げかけたまま、影の中へと消えていった。
◇
影の男が古の書を持って帰還したのは古い城だった。彼の前には、闇の衣を纏った冷酷な眼差しの女が立っていた。その姿は威厳と冷たさに満ちており、彼女こそが黄昏の契約者の首領であることを物語っていた。
男は古の書を差し出し、低く頭を垂れて報告を始める。「計画通り、ディブロスの力を用いリアを試しました。彼女にはやはり共鳴者が現れたようです。」
その報告に、女は表情を微かに歪め、不気味な笑みを浮かべた。「戻りましたか、ローグ。そうですか共鳴者……さて、伝承に沿って計画を進めましょう。古の書と共鳴者。ようやく我らの悲願が達成されます。」
女はローグと呼んだ男をじっと見つめ、冷淡に命じた。「準備を整えよ。共鳴者を利用して魔女の復活を実現させる。」
魔女の復活に必要なのはエルフではなくクルスの方だったのだ———
その言葉を聞いたローグは黙って頷き、影の中へと姿を消した。
黄昏の契約者の野望は、ますます深い闇へと向かっていく。
◇
ディブロスとの激戦が終わり、大広間には静寂が訪れた。瓦礫の中で剣を支えに立つリアは、肩で息をしながら共鳴越しにクルスの声を待っていた。
その声が彼女にとってどれだけ特別か――言葉では説明できないほど、深く心に染みていた。
「リア、大丈夫か?」
耳に届いたその声は、いつも以上に穏やかで優しい。リアは小さく微笑み、剣を鞘に納めると、震える声で答えた。
「ええ、クルス。あなたがいなければ、この試練は乗り越えられなかったわ」
クルスは少し間を置いて笑った。
「いや、リアがすごいんだよ。俺はただサポートしていただけだし。でも……リアと一緒に戦ってる気分だったよ」
「一緒に戦っていたわ。あなたがそばにいてくれるから、最後まで諦めないでいられた」
リアの声が震えたのを感じたのか、クルスはしばらく黙った。そしてぽつりと、自分の心の中に秘めていた本音を漏らすように言った。
「リア……俺さ、本当はもっと君の役に立ちたいって思ってるんだ。でも今の俺じゃ、結局声だけで……直接君を守ることなんてできない」
リアの胸がぎゅっと締め付けられる。彼の声に滲む無力感が、彼女の中の感情を大きく揺さぶった。
「そんなことないわ。クルスがいたから、私はここまで来られたのよ。あなたの声があるだけで、私には十分だわ」
そう言いながらも、リア自身もまた、彼と直接会えない現実に小さな苛立ちを感じていた。これほどまでに自分を支えてくれる存在がいるのに、その手に触れることも、直接笑い合うこともできない。
彼がいなければ成し遂げられなかった試練の果てにいるのに、彼と共有できるのは声だけだという事実が、胸を締め付けた。
(会いたい……)
その想いが胸の中で自然に芽生えたとき、リアは思わず自分の感情に戸惑った。彼と直接会ったこともないのに、こんなにも強く「会いたい」と願うなんて――自分らしくない。
それでも、否定することができなかった。共鳴越しに聞こえるクルスの声は、リアにとっていつの間にか心の支えそのものになっていた。
「クルス……私は、いつかあなたに直接会いたいわ」
思わず口をついて出たその言葉に、リアはハッとして胸が高鳴るのを感じた。どうしてそんなことを言ってしまったのか、自分でもわからなかった。ただ、その言葉が本心であることだけは確かだった。
クルスも少し驚いたように沈黙したが、やがて静かに答えた。「リア……俺も同じだよ。直接会って話したいし、君をちゃんとこの目で見て、守りたいって思ってる。でも……」
彼の声が曇る。互いにわかっているのだ。この世界と現実世界の間には越えられない壁があることを。
「でも、俺たちは今はこうして声でしかつながれない。それでも、俺は君を守りたいって思ってる。どんなに遠くにいても、リアのそばにいるつもりだよ」
リアはその言葉に胸が熱くなり、小さく微笑みながら答えた。「ありがとう、クルス。声だけでも、私は十分よ。でも……会えたら、どんなに良いだろうって思ってしまうの」
その告白は、リア自身の心の奥底を暴くようで少し怖かった。それでも、伝えたいと思った。クルスに、この不思議な感情を知ってほしいと思った。
クルスもまた、リアの言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。直接触れることができないもどかしさが、彼の心の中に静かに広がっていく。
「俺も……リアに会いたいよ。でも、だからこそ、こうしてつながっていられることを大事にしたい。直接会えなくても、俺たちはこうして支え合ってる。それが俺にとって、すごく大きなことなんだ」
リアはその言葉に少しだけ救われた気持ちになったが、胸の奥にはまだ消えない想いがあった。
(会えないってわかっているのに、どうしてこんなにも会いたいと思うの?)
彼女は心の中でそう問いかけた。誇り高きエルフの剣士として、これまで何度も孤独を感じてきた。
仲間がいても、戦いにおいては一人で立たなければならない瞬間がある。それが当然だと思っていたのに、クルスと共鳴するようになってから、その孤独が和らいでいくのを感じていた。
しかし、それが声だけで終わる関係だという現実が、彼女の中に新たな苦しみを生んでいた。
リアはそっと目を閉じ、心の中で誓った。「クルス、たとえ直接会えなくても……私はあなたの声を信じて進む。いつか、この距離を越えられる日を信じて」
クルスはその誓いに応えるように、力強く「もちろんだ」と答えた。その声にリアはほっとしたが、同時にまた会いたいという気持ちが胸の奥で燃えるように疼いた。
二人は、それぞれに会いたいという願いを抱えながらも、会えない現実の中で互いを信じ続ける。
まだ何も成し遂げていない。けれど、彼らの絆は確かに強く、深くなっていく。直接会える日は遠いかもしれない…でもいつか会えるその可能性を少しでも信じたかった。
二人はこの繋がりはいつまでも続くものだと思っていた——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます