幕間つなぎ
ねぎま
幕間つなぎ
「おい、誰か幕の昇降機が直るまで場をつなげる者はいないか? 10分でいい」
劇団の主宰兼演出家が周囲を見渡し、声を荒げた。
「お前。確か入ったばかりの新人だよな?」
演出家は、劇団に入りたての僕を指差した。
「ええ――っ、で、でも……」
助け舟を求めて周りの先輩俳優らを一瞥したが、皆憐れむように目を逸らす。僕は静まり返った舞台中央に進むよりほかなかった。
背中からは、かいたことのないほどの冷や汗でびっしょり、手汗も半端ない。
しかし、俳優を志す者がこんな場面でビビってどうする。
僕は意を決すると観客席に向かい語り始めた。
「僕の大学生時代は、サークル活動もせず、アパートと大学とを行き来するだけの地味な学生生活でした。ある朝僕の身に、何の前触れもなく突如奇妙な現象が起こるまでは……」
一呼吸入れると少し落ち着いてきた。
「朝、大学に向かう途中にあるコンビニに立ち寄って、缶コーヒーを買うことが僕の習慣となっていました。僕と同年代の男性コンビニ店員は、一言だけ『テープでいいですか?』と、そっけない対応はいつものこと。僕は『はい』とだけ答えて缶コーヒーを受け取る。僕は缶コーヒーを握ってコンビニを出る。するとなぜか、僕は自宅アパートのベッドで目を覚ますが、手には缶コーヒーがない」
観客は黙ったまま僕の話に耳を傾けているが、正直ウケてるようには感じられなかった。
「始めはよくあるデジャブだろうと高をくくっていたが、それにしてはリアル過ぎる。どうやら、一定の時間だけがループしているらしく、このことを認識しているのが僕だけなのは、コンビニ店員の態度からも明らかでした」
静まったままの観客席お通夜のように空気が沈んだまま、僕に無言のプレッシャーをかけ続ける。
「『髪型いつも決まってるね』『彼女いるの?』などと、問いかけてみても、彼の態度と受け答えが一貫してたからです。それからは僕と迷宮との壮絶な戦いが始まりましが、予め決められたルーチンからの脱却は容易ではありませんでした。何度も何度も同じ一日をループしてるなんて、想像できますか?」
まだ、幕の裏側は騒がしい。
腹を括った僕は結末まで一気にまくし立てるように語りまくった。
「そこで僕はこう考えました。ループワールドに紛れ込んだのには何らかの原因があるはずだ。だったら、いの一番に疑わしいのは缶コーヒーだろうと。なぜって、重度のコミュ障の僕がコンビニで缶コーヒーを買うこと自体あり得ないからです。コンビニの手前にある自販機で買う以外の選択肢が僕にあるとは思えない。僕はある日の朝目覚めるといつもより少し早めにアパートを出ました。そして自販機で念願の缶コーヒーを手に入れることができまたのです。すると後ろに『あれ、売れきれジャン』と言って舌打ちをする中年男性の姿がありました。どうか彼がこの先のコンビニに入りませんように、との僕の願い虚しく男性はコンビニの中に入っていったのです。もしかしたら、今でも彼は無限に続く迷宮世界を彷徨っているかもしれなません」
話し終え、僕は劇場内を見渡す。
観客のみならず、復旧作業をしている劇団員たちも含めて、劇場内は水を打ったような静けさだ。
あっちゃ――っ。こんなことなら、十八年間も実の両親だと疑わなかった二人が、実は幽霊だった実話を話すべきだったか。
幕間つなぎ ねぎま @komukomu39
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