第19話 イコンモールにはすべてがある


 日本に転移しても、アインはしばらく俺のくちびるから離れなかった。


「ちょっ、もご!」

「んん……♡」

「おいっ! 離れろって!」


 駐車場は周囲から丸見えなのだ。

 ご近所の人にこんなところを見られたらどうする!


 無理やり引き離すと、アインはきょろきょろとあたりを見回した。


「これが……異世界……」

「そうだ。レンブロ王国とは違うのだから変な行動は慎んでくれよ」

「はい」


 返事はいいが、本当にわかっているのだろうか?


「準備をするからついてきてくれ」


 着替えと財布を取りに、俺の部屋に移動した。


「お邪魔しまぁす……。ここが隊長のお部屋?」

「そうだ。まずは着替えだな」


 アインは遠慮なく俺のベッドに座った。


「ところで隊長のご両親は?」

「平日の昼間のようだから仕事に出かけているよ」

「残念、お会いしたかったなあ……」


 俺は引き出しを探ってアインのためのTシャツを探す。

 たしかお土産にもらったが、小さすぎて着られなかったものがあったはずだ。


「これだ、これだ」


 外国の都市名が書かれたネイビーのTシャツが奥の方で見つかった。


「これでもまだアインには大きいかな? まあいいや、着替えてくれ」

「了解です」


 アインは服を受け取るとすぐに軍服を脱いでしまった。

 俺が出ていく前にである。

 慌てて視線を逸らしたが間に合わなかった。

 

「あぁっ! 隊長、いま見たでしょう?」

「そりゃあ見えるさ! 目の前で突然脱ぐんだから」


 アインはTシャツで前を隠しながら、さも困ったという表情を作ってみせる。


「うっかりしていた私も悪いけど、こんな姿を見られたらもうお嫁にいけない。これはもう隊長に……」


 俺はあっさり部屋の外へ出ることにした。


「悪かったな。じゃあ、着替え終わったら来てくれ」

「隊長ぉ、めとってぇ!」


 追いすがるアインを無視して俺は後ろ手に扉を閉めた。


「もろたげてぇっ!」


 なにを言われたって無視である。

 くだらない茶番にいちいち付き合っている暇はないのだ。


 だけどびっくりしたな。

 うん、小ぶりだけど形がよかった。

 あと、先っちょがきれいなピンクだった……。

 いや、イカン、イカン。

 部下の色香に惑わされてはならんのだ。

 隊長として問題のある部下には毅然とした態度で接しなければならない。

 俺は気合を入れ直して服を着替えた。


 ほどなくして着替えを終えたアインが出てきた。


「お待たせいたしました!」

「やっぱり少し大きいな」


 小隊の中でもアインはいちばん小柄なので服はぶかぶかだ。

 小さな子どもが大人の服を着たように袖もダボダボしている。


「どこかで新しいのを買うか」

「ええっ! 買ってくださるのですか……?」

「今後のこともあるからな」


 となると今日は買うものが多い。

 服に、寝具に、日用雑貨に、家電製品か……。

 いちいち専門店を回っていたら時間がかかりすぎてしまうぞ。

 よし、ちょっと遠いけどイコンモールへ行くとにしよう。

 イコンモールならなんだってそろうのだ!



 俺とアインは軽トラに乗り込みイコンモールへやってきた。

 アインは店舗のあまりの大きさに驚いている。


「ここは国王のお城かなにかですの?」

「いやいや、そうじゃない。ここにはいろいろな商店が出店しているんだよ」

「でも、あそこに衛兵らしき人が……」

「あれは警備員さんだ。いいから、ついといで」


 きょろきょろと周囲を見回すアインをつれてGUIまでやってきた。

 こちらはパソコンのインターフェイスとはなんの関係もないカジュアル衣料の量販店である。


「これが全部売り物の服なのですか!?」


 圧倒的物量にアインは度肝を抜かれたようだ。


「どんな服が好みだ? 好きなものを選んでいいぞ」

「そ、そんなことを言われても、服が多すぎて選べませんよ……」


 時間がかかってしまうのはまずいな。

 昼飯までには戻らなくてはならない。


「ポスターやマネキンが着ている服を参考にするのもいいぞ。あれなんかどうだ?」

「う~ん……」


 迷いに迷ってアインはようやく服を決めた。

 下は黒のサロペットスカート、上は白のシャツ、その上には丈の短いピンク色のカーディガンを合わせている。


「なかなかかわいらしいコーディネートだな」

「本当にそう思いますか!? 異世界の服ははじめてだから、どういうのがいいのかわからなくて」


 自信がなかったのか、少し褒めただけでアインは瞳を輝かせている。


「よてもよく似合っているよ。あと、靴も選ぶといい。この服に軍用ブーツは似合わないからな」

「ありがとうございます!」


 アインはベージュのショートブーツを選んでいた。


「うれしい……」


 さっそく新しい服に着替えたアインはご機嫌で買い物に付き合ってくれる。


「今日は買い物が多いからしっかり頼むぞ」

「了解であります!」


 メモで確認しながらLEDランタン、大きな鏡、カセットガスコンロ、食料品などを買いそろえ、最後に寝具を六人分買った。


「どうしてこんなにたくさん?」

「みんなの分だ」

「え、私たちの……?」

「俺だけいい寝具を使っていたら後ろめたいからな」


 アインは俺を穴のあくほど見つめている。


「そんなことを言う上官ははじめて……」

「まあ、俺は変わり者なんだよ。さいわい金はあるしな」

「え?」


 アインの瞳がギラリと光った気がした。


「なんだよ?」

「娶ってください!」


 イコンモールの寝具売り場でプロポーズはやめてほしい。


「部下と恋人になる気はないなあ」

「振り向かせてみせます!」


 どうしてこんなにポジティブなの?


「ほら、バカなことを言ってないでそろそろ帰るぞ。おっと、その前になにか一つだけアインにプレゼントするよ。なにがいい?」

「え、もう服を買っていただきましたが……」


 意外にも謙虚なんだな。


「それは作戦を遂行するための道具みたいなものさ。それとは別に欲しいものはないか?」

「もし、よろしければ……」


 何か欲しいものがあるようだ。


「こちらに来てください!」

「お、おいっ」


 アインは俺の手を引っ張ってブックス・ヒューチャーまでやってきた。


「本屋? 意外だな、アインは本が欲しいのか?」

「これです」


 大切な宝物のようにアインがそっと取り上げたのはカラフルなイラストが表紙の料理本だった。

 朝食の席で料理を頑張りたいと言っていたが、あれは本気だったわけだ。


「なるほど、それを見て料理を作りたいということか」

「さっき、隊長が鏡を買っている間に中を確認しておきました。この本の内容なら比較的簡単に作れそうなんです」

「念のために聞くが、言語理解のチートで内容は読めるんだよな?」

「はい、専門用語以外は」


 だったら問題はないだろう。

 アインが頑張ってくれることによって砦の食文化が向上するのならそれに越したことはない。

 アインには三冊の本を選んでもらい、家に戻ってきた。


「さあ、このまま砦に戻りましょう」

「軍服に着替えないのか?」

「仲間たちに異世界の服を見せてあげたいんです」


 きっと見せびらかしたいのだろう。

 こういう子どもっぽいところがアインにはあるのだが、それは素直であることの裏返しでもある。

 俺は少しだけアインを見直している。

 アインはあざといところもあるのだが、妙に正直すぎて下心が丸見えなのだ。

 そしてそれを隠そうともしない。

 ある意味ですがすがしいのだ。


「それじゃあキスをするぞ」


 あえて事務的に淡々と俺はアインとキスをした。




「ん……♡」


 もう城壁の中についたというのにアインはまだ俺の唇を吸っている。


「おい……」

「ぷはぁっ。うふふ、これはお礼のキスですよ」

「今後、そういうのはいらないからな。さて、荷物をおろすか」


 隊員たちと特定の関係はまずかろう。

 今後も異世界転移以外でキスするつもりはない。

 ただ、キスをするとどうしても特別な情みたいなものは持ってしまう。

 そこが悩みの種でもあった。


 積み荷を降ろす手を不意に止めてアインが震えだした。


「どうした?」

「なんだろう……、体の奥から力を感じます……」

「ひょっとして、メーリアやオートレイのように能力が開花したのかもしれないぞ」


 アインはじっと自分の手のひらを見つめていたが、やがて俺に向き直った。


「隊長、いまならちゃんとした治癒魔法が使えそうです……」

「本当に?」


 不意にアインは俺の顔を両手で包んだ。


「なにを……?」

「動かないでください!」


 アインの指先が緑色に光っている。

 これは治癒魔法のひとつである『癒しの手』か……。

 今朝つけたばかりのカミソリに傷にアインはそっと指を這わせた。

 そこは朝からずっとヒリヒリしていたのだが、アインの魔法でその痛みが嘘のように消えていくではないか。


「おおっ! 成功です!!」


 俺の顔から手を放すと、アインは軽トラの荷台から大きな鏡をおろした。


「隊長、見てください」


 差し出された鏡で確認すると、自分の頬にあった赤い傷が薄くなり、今ではピンク色の線がうっすらと残るだけになっていた。


「私、ついに本物治癒士になれたんだ。これでもう馬鹿にされない!」


 アインははらはらと大粒の涙をこぼした。

 それは紛れもない感動の涙だったと思う。

 治癒師としてはまだまだだが、これをきっかけに成長してほしいものだ。


「あとは君の頑張り次第だな。しっかりと修練して技を極めてくれ」

「はいっ!」

「そうなればすぐに昇進だぞ。大尉になって都の部隊に配属替えも夢じゃないな」


 アインはじっと俺を見つめた。


「私、ずっとここがいいです……」


 傷が消えた頬にアインがもう一度キスしてきたが、俺はなにも言えなかった。


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夜にもう一話更新する予定です。

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