のんびり国境警備隊 ~異世界人の俺が、残念な女の子ばかりを寄せ集めた小隊の隊長に任命されました
長野文三郎
第1話 俺のやらかし
『朝うたう鳥を猫が夜くわえている』
これはドイツのことわざだ。
つまり、人生はなにが起こるかわからないという意味である。
俺が生まれた日本だと『一寸先は闇』なんて言い方もする。
まさに、そのとおりだと思う。
俺はある雪の朝に、自宅の玄関前で滑って転んで異世界へ転移した。
なんの脈絡もなく突然のことだ。
物語なら残念な女神さまに出会って状況を説明してもらうイベントとかがあるだろう?
そんなものはまったくなかった。
俺はパジャマと素足にサンダルをひっかけただけという姿で、いきなり異世界に放り出されたのだ。
あれから二年が経過したけど本当に苦労したよ。
漫画やラノベだと、異世界に転移した主人公は冒険者とかになることが多い。
もしくはチート能力を活かして英雄になったりスローライフを楽しんだりか?
ところが、俺がやってきた世界に冒険者なんて職業はなかった。
それに、英雄になれるほどの力も、自活できるほどの能力も俺には与えられなかったのである。
まともな職にはなかなか就けなくて焦ったものさ。
正体不明の異世界人を雇ってくれる人はいなかったからね。
そんな世界で唯一、俺のことを採用してくれたのが王国軍だった。
ちょうどそのころ、人間は魔王軍の侵略を受けていて兵士はいくらでも必要だったのだ。
もうね、体が丈夫ならそれでいいって感じ。
簡単に雇われたよ。
どこにも行き場がなかったから、今でも軍には感謝している。
採用されていなかったら三日で飢え死にしていただろうなあ……。
俺には才能があったようで訓練でメキメキと実力をつけることができた。
前線で魔物との死闘を繰り広げ、それなりに活躍もして出世もしたさ。
異世界人らしい特別な力も持っていたからね。
ただし、その能力というのは物語に出てくるようなチート級ではなかったけどさ。
戦功を重ねて少尉まで昇進したよ。
もう少し戦争が続けば少佐くらいまではいったんじゃないかな?
だけど、魔王軍は半年前に人間世界の侵略を諦めて撤退している。
活躍の場はなくなってしまったけど、平和なのはいいことさ。
と、ここまでが俺の過去の話。
そしてここからが現在の話だ。
今日は俺が所属する連隊の闘技大会の日である。
トーナメントを順調に勝ち進んだ俺は決勝戦まで駒を進めた。
次の戦いに勝利して優勝すれば、小隊長の地位が約束されているのだ。
戦闘が少なくなった今となっては滅多にない昇進のチャンスである。
小隊長になれば特別手当もつくし、恩給の額も変わってくる。
絶対に優勝するんだと意気込んだのだが、決勝の相手を見て俺は憂鬱になってしまった。
戦う相手が悪すぎたのだ。
奴の名前はロシナンテ・ヒープ。
いや、強敵ではない。
むしろ実力は並以下の男である。
だが、こいつは名門の出だったのだ……。
試合前、俺は控え室でヒープに八百長を持ち掛けられた。
「カトリ、俺に勝ちを譲れよ」
「はっ? そんなことできるわけがないだろう」
ごく自然にイカサマを提案するヒープに呆れた。
その反面、こいつなら臆面もなくこういうことを言うだろうな、と納得もしてしまった。
ロシナンテ・ヒープはとある将軍の甥で、その後ろ盾のおかげで普段から威張り散らしているようなゲス男だ。
部下からの評判はすこぶる悪い。
ちなみに飲み屋の女の子たちからの評判は最悪である。
ほら、ああいう場所って本性が如実に表れるだろう?
だが、本人はまったく気にしていないようで、やりたいようにやっている。
図々しいやつなのだ。
「悪いようにはしない。俺が出世すれば、お前を引き立ててやるぜ」
ヒープは胸のエンブレムを見せつけてきた。
これはヒープ一門の紋章で樫の木の意匠が彫られている。
くだんの将軍も一族の重鎮であり、同じ紋章をつけているのだ。
「陛下の御前試合だぞ。手を抜けるわけがない」
「平気さ。陛下は戦闘のことなんてなんにもわからないんだから」
「…………」
と、こんなやり取りがあったわけだ。
本人に実力はないが取り巻きは多く、こいつにひどい目にあわされた同僚部下は数知れない。
言うことを聞かなければ俺もただではすまないだろう。
さて、どうしたものか……。
結論を出せないまま時刻になり、俺は試合会場でヒープと向き合った。
「始めっ!」
審判が高らかに告げ、俺たちは訓練用の木剣を構えた。
大剣を両手で操るヒープに対し、俺は利き腕一本で使う片手剣である。
ヒープはニヤニヤと笑いながら俺を見ている。
その顔には「わかっているだろうな?」と書いてある。
優勝して小隊長になるつもりだったが、出世は諦めるしかなさそうだ。
みじけぇ夢だったなと、俺は未練を断ち切った。
「いくぞ、カトリ。我が必殺の剣、ライトニング・スラッシュを受けてみろ!」
のたくたとした足取りでヒープが踏み込んでくる。
きっと自分の勝利を欠片も疑っていないんだろうなあ。
腹の部分なんて隙だらけだぞ。
あれを思いきりぶん殴ったらスカッとするのかな?
ちょっとだけ試してもいいかな?
カッコつけて大上段に剣を振りかぶっているヒープに向かって俺は一足飛びで距離を詰めた。
そして奴の懐に入るなり技を放つ。
「魔動波!」
ヒープの腹を貫いた俺の拳から魔力が波のように放出されていく。
異世界転移により俺に授けられたチートは二つある。
一つが言語理解。
おかげで異世界に来ても言葉に困ることはなかった。
そして、もう一つがこの魔動波である。
魔動波にかかれば鎧などの防具も意味をなさず、衝撃は波となって伝わる。
そして、肉体の内部から対象を破壊してしまうのだ。
最初はうまく使いこなせなかったが、魔物との激戦を繰り返し、俺の戦闘技術を格段に高まっているのだ。
前線に出たこともないヒープ風情が敵うものではない。
攻撃をまともに喰らったヒープはその場にうずくまり、ゲェゲェと胃の中のモノを吐きだした。
終わったな、俺……。
将軍の甥っこを叩きのめしたのだ、出世の見込みはもうないだろう。
待っているのは降格あたりかな?
それですめばいいんだけど……。
「いいぞ、カトリ!」
「よくやった!」
「うおおお、カトリ少尉ぃい!」
同僚や部下の声援に俺は力なく手をふって応えた。
やつらもヒープの野郎がはいつくばっている姿をみて留飲を下げたのだろう。
まあ、これも運命というやつだ。
俺は自分の行動に満足して試合会場を後にした。
それから数日して、俺は連隊長の部屋に呼ばれた。
「失礼します。イツキ・カトリ少尉、参りました」
書類に目を通しながら連隊長はこちらを見もしないで話しかけてきた。
「おめでとう、カトリ少尉。小隊長に就任だ」
「え……」
てっきり降格かと思ったのに、俺は昇進するらしい。
「そこに辞令が置いてある。持っていきたまえ」
テーブルの上の書類には北部方面所属、国境警備大隊・第184番砦警備隊・小隊長と書いていた。
「質問はあるかね?」
連隊長はまだこちらを見ようとしない。
「砦の警備隊長のようですが、どの辺にある砦でしょうか?」
「任地はグローブナ地方レビン村からさらに北へ10キロメートルほど行ったところだ。わが軍では最北端の砦だよ」
その言葉で納得した。
つまり栄転とは名ばかりで、辺境への左遷というわけだ。
これがロシナンテ・ヒープをぶちのめした代償ということらしい。
連隊長は書類から目をあげて、ようやく俺の顔を見た。
「本日中に移動をはじめてくれ。レビン村は王都から600キロメートル以上離れている。向こうはずっと小隊長が不在で困っているそうだ」
任地に到着するのに十日以上かかる見通しか……。
「承知しました。すぐに向かいます」
「うむ、しっかりやりたまえ」
俺は辞令を受け取ると、ため息を押し殺して連隊長の部屋を後にした。
手早く荷物をまとめて表へ出るとヒープがニヤニヤと俺を見て笑っていた。
顔色がやや青いのは俺にやられた腹の傷がまだ癒えていないからだろう。
ヒープは小ばかにしたように話しかけてきた。
「よお、カトリ。昇進だって?」
「まあな……」
「おめでとさん。ちなみに俺も小隊長だぜ。どこの部隊か聞きたいか?」
「いや、興味ないな」
だが、ヒープはお構いないしにしゃべり続けた。
「王都警備隊さ。お前は最北端に飛ばされるんだってな! どうだ、後悔しているだろう? 俺の誘いを断ったのは失敗だったな」
「まあな……」
「ざまあみやがれ!」
ヒープはさも嬉しそうにしている。
「本当に後悔しているよ。あのとき、手加減するんじゃなかった」
ちょうど俺たちのすぐ横に樫の木が生えていた。
ヒープ家の紋章か……。
俺は力強く踏み込み、正拳突きで魔動波を樫の木に叩き込んだ。
「ふぅ……」
渾身の力を込めた一撃だったが、樫の木は音もたてず、枝が揺れることもない。
「……木に八つ当たりか?」
ヒープがつぶやいたその直後、樫の木の後ろ側が吹き飛び若葉が一斉に散った。
あ、兵舎の樹木を勝手に倒しちまったな……。
これ、下手したら始末書を書かされるかもしれないぞ。
そうなる前にさっさと辺境へ行ってしまおう。
さすがに600キロメートル先なら追いかけてこないだろう。
尻もちをついて小便を漏らしているヒープを横目に、俺は第184番砦に向かって出立した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます