∞D - 夢想幻視のピグマリオン -【改訂版】

漆野 蓮

プロローグ

プロローグ 21世紀の同朋へ

 I.W.0097.2.11


「ねえ、ゆうくんはどう思う?」

「考えすぎだ。あまねの誕生日と21世紀シナリオの解禁日が重なったことなんて単なる偶然だ」

「そうかな……」

「それより周、まずはおめでとう! 待ちに待った18歳の誕生日、誰が何と言おうとこの日だけは特別だ」

「ありがとう!」

「残るは卒業式のみ」

「義務教育期間もそれなりに楽しかったけどね」

「まあね。だが本当の意味での人生は義務教育の卒業をもってスタートする、そう言っても過言ではないだろう。このインフィニット・ワールドでは」

「そうだね。言葉通り、無限の世界へ旅立つことが出来る」

「で、どうするよ。初VRLは」

「まさか21世紀シナリオが誕生するとは思っていなかったからね。優くんはやっぱり大正時代?」

「もちろん。大正には12のシナリオがある。まずはそれをクリアしてからだ」

「大正浪漫、いいよね。僕は当然、21世紀試験を受けるよ」

「でもこの試験、開催されるのは一度切りらしいじゃないか。それってつまり、合格できなければ永遠に21世紀は生きられないってことだよな」

「試験概要を文字通り読めばそういうことになるね。でもあれ、本当だろうか。偉大なるAAIが導き出した最適解とはどうしても思えなくて……」

「周、俺たちがその先を考えても詮無いことさ。AAIは人知を超越した存在。それこそが、このインフィニット・ワールドにおける唯一つの真実だからな」

「分かってるさ。だからそう、早く一度、ライフツアーを経験したいね」

「ああ。人生とやらを一度経験してみないと世界は始まらない」

「試験日まであまり時間もないし、やれることはやっておこうと思うよ」

「じゃあ、初フライトは予定通り4月30日でいいよな」

「いいよ。まずはお互い試験に合格しないとね」

「大正時代は大丈夫だよ。過去問も多いし。不安なのは21世紀だな」

「大丈夫さ。きっと」

「周は21世紀オタクだから問題ないだろ。だが一度切りなら受けておこう、的な俺みたいな半端もんには不安しかないだろうよ」

「でもさ、色々とサプライズだらけで逆に面白いと思わない? これから先、絶対お祭り騒ぎになるよね」

「炎上要素マックスだからな」

「楽しまなければ損だね。あ、卒業式の後は異空間で乾杯だよ!」

「もちろん。VRL解禁を盛大に祝おうじゃないか!」

「OKキサヌキ!」


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差出人:柊周 <amane_hiiragi211@xxx.jp>

件名:Hello, World!

宛先:21世紀の同朋


 やあ同朋!

 さて、何から話そう。

 いざメールを書くとなると、どうも気後れしてしまう。

 なぜかというと、このメールは21世紀の住人によって開封される予定だからだ。

 つまりそう、僕は21世紀の人間ではない。

 君たちにとっては未来人ということになる。

 これは迷惑メールではない。断言しよう。と言ったところで、未来人を名乗るメールなんてスパム以外の何ものでもないよね、普通に考えれば。

 どうかゴミ箱へ捨てる前に一度だけでいい。最後まで読んでいただければ嬉しく思う。

 

 まずは自己紹介をしよう。

 僕の名前は柊周。ひいらぎあまね、と読む。2月11日に18歳になったばかりだ。

 ちなみに僕のいる未来ではA.D.、つまり西暦を使用していない。A.D.は2300年で最期を迎え、翌年からI.W.と呼ばれる新時代が始まった。

 I.W.とは、インフィニット・ワールド(Infinite World)の頭文字を取ったもので、文字通り訳せば『無限の世界』という意味になる。

 僕は今I.W.0097、つまりインフィニット・ワールド97年、西暦に換算すると2397年を生きている。

 なぜ未来の僕が、21世紀という過去に向けてメールを書くのか。

 いや、そもそも過去へメールを送ることは可能なのかというと、残念ながらその回答はノーだ。

『無限の世界』と銘打ちながら、過去へメールを送るという技術は未来においても完成に至っていない。

 それでも僕は書くことにした。いや、書かなければいけないと思った。そう感じてしまったのだから仕方がない。

 僕は21世紀が好きだ。

 なぜかというと、『無限の世界』が誕生するきっかけを作った科学者、木佐貫一博士が活躍した時代だからだ。

 もしこのメールが2082年以降に開封されるとしたら、ドクター木佐貫の名前を知らない者はいないだろう。

 ところで、君は『シンギュラリティ』という言葉を耳にしたことがあるだろうか。

 人工知能の性能が、人知の及ばぬ領域に達する技術的特異点のことだ。

 分かりやすくいうと、コンピュータのスペックが人間の脳を上回ることを意味する。

 ドクター木佐貫は、その『シンギュラリティ』の到達を成功に導いた天才科学者であり、21世紀のアインシュタインとも呼ばれている。

 彼は西暦2101年にシンギュラリティ宣言を発する。

 しかし、同時に『木佐貫黙示録』と呼ばれる『遺書』を残して姿を消してしまった。

 その後あらゆる歴史書の調査がなされたが、彼の足跡はそこで途絶えたままになっている。


 僕は真相を知りたい。

 木佐貫一失踪の真実を。


 ところで、先ほど過去へメールを送ることはできない、と書いたが過去へ『行く』ことはできる。

 もちろん、タイムマシンとは違うので厳密に言えば不可能だ。

 しかし、このインフィニット・ワールドにはリアルな人生を経験できるシステムがある。

 君たちにはゲームのようなもの、と表現した方が分かりやすいだろう。

 僕たちはそのシステムを『VRL』と呼んでいる。ヴァーチャル・リアリティ・ライフの略だ。

 VRLは人生を体験する未来の娯楽システムだ。

 かいつまんでいうと、人が生まれてから死ぬまでを、つまり人間の一生をリアルに経験できるシステムだ。

 これについては少々複雑なのでまた別の機会に話そう。

 ちなみにVRLをプレイするためには、ふたつの参加条件を満たさなければならない。

 ひとつは『絶対的育成プログラム期間』と呼ばれる一種の義務教育を修了すること、もうひとつは一生を過ごしてみたい時代の『シナリオ試験』に合格することだ。

 僕は明日、3月11日をもって18年間の『絶対的育成プログラム期間』を修了する。

 そう、明日は卒業式だ。

 これでVRLをプレイするためのひとつの条件が満たされる。

 残るはシナリオ試験、ということになる。

 VRLのシナリオは無数にあり、ほぼすべての時代をカバーしている。

 ところが不思議なことに、21世紀に関するシナリオはこれまでひとつも存在しなかった。

 それがつい先月、唐突に『21世紀シナリオ』に関する情報が公開された。

 僕の卒業を待っていたとしか思えないよね、というのは言い過ぎだが、それくらい、僕は嬉しくて仕方がない。

 歴史が語る21世紀の記録が正しいとすれば、君が生きている世界では争いごとが絶えないはずだ。

 問題は多岐にわたり、そのどれもが解決の糸口すらみえなくて悲観しているかもしれない。

 そこで僕は言いたい。


 21世紀の同朋よ、未来はこんなにも豊かで、平和で、楽しい時代になる!

 だから希望を捨てるな!


 僕は21世紀のシナリオ試験に合格し、VRLライフツアーで確かめたいことがある。

 そう、ドクター木佐貫失踪に関する真実だ。

 試験の結果は追って報告することにしよう。

 吉報を届けられるよう努力する。


 I.W.0097.03.10


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