運命の貯金術

まさか からだ

第1話 運の世界の仕組み

 ここは、運がすべてを支配する世界。運は目に見えないが、確かに存在する神聖なエネルギーだ。それは日常のあらゆる出来事に影響を与え、時に人生の大きな分岐点をも左右する。正しく使えば奇跡を起こす力となるが、不正に利用すればその代償は恐ろしく大きい。この世界の人々は運を貯めたり使ったりする術を心得ているが、全員がその仕組みを完全に理解しているわけではない。



 レオは静かな村に住む青年だった。彼の夢は「安心して生きられる村を作る」こと。そのために、彼は地道に運を貯めていた。彼が実践しているのは、誰にも見えないところでの小さな善行だ。道端のゴミを拾う、困っている人に手を差し伸べる、譲れるものは譲る。そんな些細な行動の積み重ねが運を育むことを彼は知っていた。


 「運は陰を好む」と、彼の祖母がよく言っていた。表立った善行ではなく、誰にも気づかれないところで行うことが重要だと。祖母の言葉は、幼い頃からレオの心に深く刻まれていた。


 村の中心には古い教会があり、そこには「運の神」の像が祀られていた。人々は定期的に教会に参り、感謝の祈りを捧げることで、運の流れを整えていた。しかし最近、村の空気がどこかおかしい。笑顔が減り、互いに疑心暗鬼の目を向ける人々が増えている。原因は街からやってきた「運を金や物に換える商人」の噂だった。



 「聞いたか?運を直接金に換えられるらしいぞ。」

 村の酒場で、老人たちが低い声で話しているのをレオは耳にした。

 「そんなことをして、本当に大丈夫なのか?」

 「さあな。ただ、最近街の連中がやけに派手になってきたのは確かだ。新しい服に高価な道具、まるで夢を手に入れたみたいだよ。」


 しかし、派手な生活を送る者たちの一方で、街では奇妙な事故や失踪事件が増えているという話もあった。財を手に入れた者が突然姿を消したり、健康を害したりする。それはまるで、見えない力が彼らの運を強制的に奪い取っているかのようだった。


 レオは不安を感じながらも、噂に流されることはなかった。「運をお金に換える」という考え自体が彼には受け入れがたいものだった。運は人生を支える基盤だ。貯めて正しく使えば奇跡を生むが、短絡的な交換では失うもののほうが大きい。祖母の教えを胸に、レオはいつも自分に言い聞かせていた。



 そんなある日、村に一人の旅人が現れた。彼はぼろぼろの外套をまとい、どこか疲れた表情をしていた。彼の名はアルノ。かつて運を金に換え、成功を手にした商人だった。しかし、今では財産を失い、命まで狙われているという。


 「運を金に換えるのは簡単だった。だが、その代償がこれほど大きいとは思わなかった。」

 アルノは震える声で語った。

 「初めはほんの少しだったんだ。家族を楽にさせたいと思って。それが、気づけば自分の健康、そして家族の命まで引き換えにしてしまった。今では悪魔に追われる身だ。」


 彼の話を聞いた村人たちは恐怖におののいた。同時に、街から聞こえてくる「運を換える商人」の噂が本当であることを確信した。アルノの姿は、運の使い方を誤った者の末路を明確に示していた。


 レオはアルノの話を聞きながら、運の本質について改めて考えた。

 「運は目に見えない。だが、それは人々の善意や努力、希望の中に宿る。だからこそ、それを粗末にしてはいけないんだ。」

 彼は決意を新たにした。「自分の夢を叶えるために運を貯める。そして、決して金や物には換えない。」



 その夜、村の空には満天の星が広がっていた。レオは空を見上げながら祈った。自分の運が少しでも多くの人を助け、幸せにする力となるように。街で広がる混乱を止めることは難しいかもしれない。それでも、彼は自分にできることを続けるしかないとわかっていた。


 「運の貯金は裏切らない。自分の心を信じていれば、きっと道は開ける。」


 こうしてレオの旅が始まる。運の本質を探求し、不正に運を使う者たちと向き合いながら、彼は自らの夢を形にしていく。そのためには、まず運を正しく理解し、貯め、そして使う方法を極める必要があった。


 運命を好転させる「運の貯金術」。その第一歩が、今踏み出されたのだ。

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