第8話:崩れる営業の柱

光一は倉庫内の整理整頓や在庫管理の改善に努めていた。


商品の分類ラベルを統一し、倉庫内の作業動線を考慮した配置に変更することで効率化を図っていたが、会社全体の問題は根深く、次々と新たな困難が降りかかってきた。

そんな中で、会社の営業部門でも大きな変動が起こり始めた。


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ある日の朝、光一が倉庫に到着すると、いつものように作業を開始した。

しかし、その日の空気はいつもと違って重々しかった。

何かが起こっていることを直感で感じ取った彼は、同僚たちから話を聞くことにした。


「何かあったのか?」


吉田に問いかけると、彼は深刻な表情で答えた。


「実は、新規開拓を一人で頑張っていた営業担当者の菊池さんが辞めるらしい。彼は朝から夜遅くまで仕事を行い、週末も資料作りや顧客対応に追われていた。それでも結果が出ず、上司からも厳しい指摘を受けていたんだ。」


その言葉に、光一は驚いた。

光一には、菊池が新規開拓に熱心に取り組んで、その努力が報われず、やがて疲弊していく様子が見えていた。

それでも、彼が辞めるという決断をしたことは大きな衝撃だった。


「それだけじゃないんだ。営業業務のアシスタントの佐々木さんも辞めるらしい。」


光一はさらに驚いた。佐々木はいつも笑顔で、営業部の事務作業を支えていた存在だった。

彼女が辞めたという事実は、営業部に大きな影響を与えるだろう。


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翌日、光一は倉庫での作業中に営業部の菊池と佐々木に会う機会があった。

光一は、二人が辞める前に話したいと思っていた。


「菊池さん、佐々木さん、お疲れ様です。少しお時間をいただけますか?」


光一が声をかけると、二人は足を止めて彼に向き直った。


「光一君、何か話があるのか?」


菊池が問いかけると、光一は深呼吸をしてから話し始めた。


「実は、最近の会社の状況について話したいと思いまして。菊池さん、新規開拓が大変だと聞いていますが、どうしてそんなにプレッシャーがかかっているんですか?」


菊池は苦笑いを浮かべながら答えた。


「新規開拓は簡単じゃないんだ。今の市場状況では、どの会社も厳しいから、なかなか新しい取引先を見つけるのは難しい。新製品と言っても、同業他社と差別化できるほどの商品もないしな。それに、営業ノルマが厳しくて、精神的に追い詰められていたんだ。」


佐々木もまた、光一に向かって話し始めた。


「私も同じよ。事務作業が多すぎて、残業が続いていたの。体調を崩してからじゃ遅いと感じて、辞める決断をしたわ。」


光一は二人の言葉に深くうなずいた。


「お二人とも、本当にお疲れ様でした。会社の現状をもっと良くするために、俺たちも頑張ります」


菊池は光一の肩を叩きながら微笑んだ。


「ありがとう、光一君。君ならきっと会社を良くするために力を尽くせるはずだ」


佐々木も同意しながら言った。


「私たちも応援しているわ。無理せず、頑張ってね」


光一は二人の言葉に感謝しながら、再び作業に戻った。

彼の心には、会社は、この2人の退社のことをどう考えているのだろうか?という疑問が湧いてきた。


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その日の午後、光一は営業部の高橋に会いに行った。

高橋は疲れた表情でデスクに座っていた。


「高橋さん、菊池さんと佐々木さんが辞めるって聞きました。」


高橋は重い溜息をつきながらうなずいた。


「そうなんだ。菊池君は新規開拓の結果がなかなか出なくて、いろいろと悩んでいたみたいなんだ。佐々木さんは、残業が多すぎて体調を崩してしまって…」


その言葉に、光一は心が痛んだ。

会社からのプレッシャーが個人にどれだけの負担をかけているか、その現実を改めて思い知らされた。


「大丈夫ですか?」


光一の問いに、高橋は苦笑いを浮かべた。


「今は状況を立て直すのが精一杯だよ。新規開拓は難しくなるかもしれないが、今のお得意さんだけで利益はどうにか出せるしな。ただ、そのお得意さんも最近、他社の安い製品を検討しているような話も聞いていて、正直、安心できる状況ではないんだ。」


その言葉に、光一は不安しか感じなかった。

今のお得意さんに対して、かなり無理を押し通しているのに。

もし、うちの商品より、安くて良い商品が出てきたら、どうなるのだろうか?

光一は、その疑問の答えを考えるだけで怖くなった。


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数日後、光一はさらに驚くべき事実を耳にした。

辞めていった佐々木が、残業の多さから労災を受け取っていたというのだ。


具体的には、月に80時間を超える残業が続いており、慢性的な体調不良が原因で医師の診断を受けた結果、労災申請が認められたのだという。

これにより会社は労働基準監督署から是正勧告を受けていた。


彼女の体調不良は、過労によるものであったことが明らかになった。


「予想はしていたけど…」


光一はその事実にショックを受けた。

従業員一人一人の生活や健康に直接影響を及ぼしていたのだ。


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その夜、光一は自宅で妻の美咲と夕食をとりながら、仕事の話をしていた。


「美咲、今日は佐々木さんが過労で労災を受け取っていたことを知ったんだ」


美咲は驚いた表情で彼を見つめた。


「それは大変ね。光一さんも無理しないように気をつけてね」


光一は微笑みながら答えた。


「ありがとう、美咲。俺も気をつけるよ。でも、会社全体がもっと労働環境を改善しないといけないと思うんだ」


美咲は優しくうなずいた。


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後日、光一は倉庫内で整理整頓を続けながら、同僚の中村に話をした。


「中村さん、佐々木さんが労災を受け取っていたことを知っていましたか?」


中村は驚いた表情で答えた。


「えっ、本当か?佐々木さんはいつも元気そうだったけど、やっぱり無理していたんだな…」


光一はうなずきながら話を続けた。


「そうみたいです。彼女の体調不良は過労が原因だったらしいです。会社が従業員にどれだけの負担をかけているのか、改めて考えさせられました」


中村は深刻な表情でうなずいた。


「俺たちも気をつけないといけないな。体調を崩してからじゃ遅いからな」


光一はその言葉に深くうなずいた。


こうして人は辞めていくのだろうかという一抹な不安と漠然とした危機感を光一は感じていた。


加えて、営業部門の受注量が前年比20%減少し、固定費を賄うのも厳しい状況だという噂が広まっていた。

だが、光一はまさか倒産に一歩一歩近づいているとは予想もしていなかった。

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