そのホテルには季節外れの蝿がいる

沼津平成

第1話 プロローグ&『そのホテルの名前を、ほとんどの人が知らない。』

 そのホテルの名前を、ほとんどの人が知らない。

 

             *


 その異世界は、はじめ全てが海だった。植物が生まれ、多くは海に沈んだ。少し、神様にその透明な手で持たれている幸運な木々たちもあった。それらはやがて島が生まれると、その土地の先住民として生き始めた。

 トピオの草などは、タネのついた綿毛を飛ばして子孫繁栄をめざした。それはこの後生まれる「ホモ・サピエンス」という動物に踏まれたり、寿命が来たりして、ほとんどは枯れる。

 だが、まれに3年ほど耐えたトピオの草もあり、それらは【神々に選ばれしもの】という称号をつけられ、永遠にその土地に繁栄したという。

 そのホテルはどこからともなく現れた。イグ・ポータルという古文書によると、「【神々に選ばれしもの】のなぜか枯れている、という矛盾した群れが485も見つかった。」という出来事が英暦402年には起きていたことになる。

 それらは金属から飛び出たバーナーで焼き払われていた——と、人類の叡智によりやがて判明した。

 そのバーナーの持ち主が、ホテルである。

 とはいえ、そのホテルはもう485も【神々に選ばれしもの】を焼き払った場所にいるわけではない。約200メートルあると言われる高さで、複数ついたキャタピラで移動しているのだ。

 荒地を焼き払い、埋め立てでできた住宅地は下から水を掘り起こして水没させると、自身も飲み込まれ、沈没しないようにさっさと逃げる——という悪どい略奪が、ホテルの攻撃の仕方だった。 

 史事によれば二千年ほど前からこのホテルは存在していた。枕は部屋に住民がいなくなると者の数分で洗濯される。二千年も前にそんな高度な文明が存在していたなんて驚きだ。


                 *


「『序文。

 そのホテルの名前を、ほとんどの人が知らない。』なんだ、これは」


 音読しようと思ったが、やはりこの意地悪な一文にどうしても腹が立ってしまった。

 エリー・スタンダードは顔を歪めて、書類を投げた。

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