夢の中で
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アッシュブラウンの髪が穏やかに揺れ、診療所の窓から差し込む陽光を受けて柔らかく輝いている。
その髪に触れればどんな感触だろう――きっと、シルクのように滑らかで粉雪のようにサラサラと指先からこぼれ落ちるような感覚なのではないかと、容易に想像できる。
彼女の灰緑の瞳は、湖面のように静かで深く、見つめるたびに引き込まれてしまいそうだった。
『セリウス』
名前を呼ばれたこともないのに優しく柔らかく響く声は、どこか温かさと少しの寂しさを含んでいた。耳朶を打つ控えめで心地よい音が耳に届くたび、胸がじんわりと温かくなり、何故か鼓動が早くなる。
ほんの数歩、彼女に近づいたとき、柔らかな香りが鼻先をかすめた。
草原のような、摘みたての草花のような、陽の光を伴った爽やかな香りの中にシロップの微かな柑橘系の甘い香りが混じる。その控えめな甘さに、一瞬だけ息を呑んでしまった。
『セリウス』
彼女の肌は、滑らかで柔らかそうだった。
陽の光に照らされると、まるで薄い絹を通して光が漏れているかのように繊細で――思わず手を伸ばして確かめたくなる。
彼女の胸元に視線が吸い寄せられたとき、セリウスは心の中で「やめろ」と自分に言い聞かせたが、無意識に目が追ってしまう。シンプルながら上品な服に包まれたふくらみ。その柔らかな曲線は、女性らしさを嫌でも感じさせる。
腰から続く滑らかなラインもまた、目を奪うのに十分な要素だった。
動くたびに服の布地が彼女の身体に沿う。その質感すら彼の記憶に残っている。軽やかに揺れるスカートの裾や、上品な布地に反射する光……それらすべてが、彼女の気品を引き立てる一方で、どこか近寄りがたい雰囲気すら感じさせる。
「アルヴィス……」
夢の中でそっと名前を呼んだ瞬間、彼女が振り向くような気がして、セリウスの胸が少し高鳴った。そのまま手を伸ばしたくなる衝動を覚え――すんでのところで思いとどまる。
いくら夢だとはいえ、自分の中にあるその衝動に驚いた。
自分は決して軽率な人間ではない。
むしろ、自分の感情を抑え込むことに慣れているはずだった。それでも、彼女の姿を思い出すたび、指先が彼女の頬に触れたいという衝動に駆られる。
これは夢。
そう。ただの夢なのだ。
夢の中で微笑む彼女に、そっと手を伸ばした。
軽く触れるだけで、その温かさが伝わってきそうな彼女の肌。
その瞬間、わずかな罪悪感が首をもたげる。
それでも、どうしても手を引っ込めることができなかった。彼女の細い肩の曲線、そして腰へと続く華奢なラインに、純粋に美しいと思う気持ちが湧き上がる。同時に、自分の無意識の内にある欲望が、熱い熱を伴いながら心の奥底で蠢いているのを感じる。
もう一度彼女の名前を呼びたいと思った。
その灰緑の瞳が自分に向けてはにかむように笑って、それで。
だが、その穏やかな夢は、突然の衝撃で断ち切られた。
ゴンッ!
背中に激痛が走り、次の瞬間、セリウスは床に転げ落ちていた。
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