帝妃将軍、武を志す

四守 蓮

はじめに

 拙作、『ペガシャール帝国興隆期』のメインヒロインの過去編になります。本編では触れない(触れたら主人公が完全に喰われる)ので外伝扱いとなります。

本編を読んでいることが前提である知識が割とあります。

本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139557867540731


2日に一度の投稿の予定です。

それでは、本編をお楽しみくださいませ。



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 ペガシャール帝国には、かつてない最大級のイレギュラーが3人いる。

 アシャト王が王として立ったその環境は環境としてイレギュラーであるが、人物もまたイレギュラーであった。

 誰のことか。一人は、『ペガサスの王像』ディア自身から国政への関与を禁止された傑物、ギュシアール=ネプナスである。彼は武の極点にして政・軍における教官として、死ぬその瞬間まで多くの弟子を遺した、唯一無二の化物だ。存在そのものがイレギュラーである。

 とはいえ、彼はその実権の全てを取り上げられた。彼の教え子の活躍は多くあれど、彼自身の活躍の記録はそう多くはない。むしろ活躍の記録を探すほうが難しい。そういう意味で、彼は明確にイレギュラーであれども語るべきことはほとんどあるまい。


 二人目。“個連隊”ディール=アファーク=ユニク=ペガサシア。彼をイレギュラーとするのは、その実績が故ではない。彼のその立場ゆえである。

 彼は『ペガサスの近衛兵像』である。繰り返す。彼は『ペガサスの近衛兵像』である。

 だが、彼はアシャト王の護衛としての活躍よりも、圧倒的に戦場で華々しく戦った『一角騎兵団』団長としての逸話が多い。多すぎる。

 “個連隊”……『個人で連隊に匹敵す』というその二つ名の通り怪物的な実力者であり、おそらく戦争において時代屈指の殺害率を誇ったかの英雄は、しかし『英雄像』でも『武術像』でもなく、『近衛兵像』に任命された男であった。


 彼らは紛れもなくイレギュラーである。だが、同時にイレギュラーすぎるという話でもない。

 ギュシアール=ネプナスは時代が生んだ怪物であるとともに神の使徒によってその力をふるう機会を奪われた。彼は何もできないイレギュラーであった。


 ディール=アファール=ユニク=ペガサシアはアシャト王自らの手によって『近衛兵像』に任命された。他国全ての『武術像』と一騎討ちして負けなかったという逸話があるほど強かったが、彼を『近衛兵像』に任命した理由もまた明確に判明している。

 彼の率いる『一角騎兵団』は200名を超えることがなかった。それが故に徹底された少数精鋭であったが、それはおそらく副作用であろう。


 何万、何十万の兵士がひしめき合う戦場にたった200名の騎兵団を率いて戦っていた彼の活躍はめざましいものがある。だが、その輝かしさに目を眩ませるものが多いのも事実だろう。

 何、簡単な話だ。ディール=アファール=ユニク=ペガサシアという男は、軍を率いる能力の最大値が200人だった。それだけの話である。アシャト王の人を見る目が卓越しているのはその時代の戦争が物語っている。敗戦数あれど致命傷なく、足止まることなく進んだ彼の覇道。それは、彼を支える将校大臣が有能だったことの何よりの証左だ。

 だからこそ、アシャト王がディールに騎兵200しか与えなかった理由は明々白々で、彼の実力、その才を明示していると考えるべきだった。


 残りのイレギュラー、最後の一人。今回記述するのはその人物についてである。

 名をエルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシア。付けられた渾名は“帝妃将軍”。後世語られる戯曲『初帝国史』において最大の名声を誇る女傑。

 彼女こそ、おそらく考えられる最大級のイレギュラーである。


 偶発的に誕生したイレギュラーギュシアールではない。才能ゆえに道がなかったイレギュラーディールでもない。彼女のイレギュラー性は、極まった武術、優れた内政手腕、軍政能力、人を見るその観察眼。そして、それら全てを用いたアシャト帝を支える姿勢そのものである。

 ……決して世の女性を馬鹿にしているのではない。偏に、夫の立場と夫の行動を理解し、時に諫め、時に案を出すということを間近で行えたことに対する評価である。


 もっと露骨な言い方をするべきか。夫の負担や心の動きを同じ立場から理解し、それを支えるということは誰にでもできることではない、ということである。


 基本的に、当時より女性の役割は家を守り子を産むことであった。そしてまた、政略結婚をして家を護ることであった。それにおかしい点はない。子を産むこと、結婚することは生物として行うべき義務であるし、家を護ることは文明を持つ生物として行うべき義務である。

 社会や環境の問題ではない。あるいは時代の問題でも社会風刺の問題でもない。純粋に、生物として『やらなければそもそも異常なこと』である。理解できないというならサルからやり直してくるといい。


 その上で、政治を、学問を、武術を極めた。戦争に参加し、国を守り、時にはアシャト王……アシャト帝の代理を務めた。

 国母に求められることか、と言われると悩ましい。だが妻に求められることかといわれると断言する。そんなわけがない。


 政治は男の領分である。戦争は男の領分である。それは、『生物学的な見地から見たとき』当たり前のことでなければならないことである。社会学的に見たときのことは知らないが、人は己が生物であり、本質的、遺伝子的には獣でしかないことを再認識しなおすべきである。


 話が逸れた。現時代ではともかくとして、当時は当たり前のことを当たり前に認識することが出来ていた。

 それがゆえに、彼女はイレギュラーである。明確に、他の追随を許さないほどに、彼女はイレギュラーである。当時活躍した女性系将軍は各国10を超えることはない。比較的多かったペガシャール帝国ですら、20を超えてはいない。そして、その誰もが一芸に秀でた人物であり、また、家の力を持つもの、あるいは流浪の旅の中で生きたもの……要は時代が生んだ英傑である。


 ネストワ姉妹他数名は考えてはならない。そもそも彼らは長寿種族だ。生物とはいえエルフはその半分近くは精霊であるし竜人は半分ほどは竜である。竜は生物としてカウントしてよいかわからぬ上、精霊に至っては明確に生物ではない。人と同じ物差しで測れるものではないのである。


 では、その真なるイレギュラー、エルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシア。彼女は如何にして武を極め、知を極めたか。男が如く後世に名を響かせる女傑へと至ったか。

 ペガシャール帝国史に名を遺した彼女は、なぜ、生物の摂理に逆らうことを選んだのか。私はそれを問うべく、物語の筆を執るものである。

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