電波少年と幽霊マネージャーの迷宮探索裏街道
春池 カイト
1章 それは世界の片隅で起こっている、今のところはまだ
第1話 プロローグ
ダンジョンに入る前はいつも不快だ。
だってしょうがないだろう。
それが体質ってやつなんだから。
「〈
僕の体を電磁波に変化させる。
そのまま光の速さで移動し、目的のダンジョンの入口に飛び込む。
体を復号する。
それまで僕の気力を削いでいた、激しいノイズは消え失せる。
静寂があたりに広がっている。
見渡せば、ダンジョン入口すぐの安全地帯、大広間だ。
「やっぱり廃工場なんだな……」
奥の通路入り口に向かって歩きながら、呟きが漏れる。
立地的に入る前からそうだと思っていた。
僕が……僕たちが進むのは、いわば裏街道だ。
一般的なダンジョンが対象ではない。
知られていないダンジョンだから、内部も推測でしかわからない。
管理下にある重要ダンジョンと一般ダンジョン、管理されていない野良ダンジョン。
それら公開されたダンジョンの他にも、実は何らかの理由で使えないと判断され、封印されたダンジョンがこの世にはある。
女神の力が無ければ見つけられない非公開ダンジョン。
僕たち基準で言うところの野良ダンジョン。
あるいは僕たちの間の呼称でDランクダンジョン。
それが僕たちの攻略対象だった。
こういうダンジョンが使えない理由は様々ある。
規模が小さすぎて意味がない。
入口の場所が悪くて、公開しても人が入れない。
内部が熱すぎたり寒すぎたり、人が入っても長時間いられない。
イレギュラーで難易度が安定しない。
そして、ここは……
「ここってどうして封印されたんだっけ?」
『えっと、確かちょっとモンスターが特殊で……』
歩く僕の後ろから声が返ってくる。
その声は、空気を振動させてのものではなく、念話みたいな……そう、何かだ。
僕の後を付いてきているのは、僕より少し年上の女性……の幽霊だ。
本人は美少女を主張しているが、写真で切り取ってみればまさにその通り。
動いて話す姿は……まあちょっと、印象が違うかもしれないな。
この幽霊の名前はエリス・ベル。
世界を救うためにダンジョンを発生させた『女神』の一員らしい。
「特殊ってどういう……っ⁉」
その特殊なモンスターが目の前に現れて、僕はとっさに構えを取る。
そのモンスター、一体一体の大きさはさほどではない。せいぜい中型の犬ぐらい。
そして、数が多いことは、まあダンジョンならそういうこともある。
だけど、その姿は……
カサカサと音を立てて迫るそれは、名前を出すのもおぞましい、黒く光る台所害虫Gじゃないか。
「うぎゃあああぁ、〈
僕は絶叫と共にスキルを使用した。
チップスキルみたいに声を出せば決まった結果が出るものではない。
ファーストスキルとはそういうものだ。
より深く自分と結びついていて、だからこそ応用が利き、派生もする。
僕の使うそれは、実は複雑な複数の操作の集まりなのだが、練習してキーワードで使用できるようになっている。
スピードを上げるのには本当に苦労した。
僕とG達の間に圧縮された空気の塊が発生する。
でっかいGなんて見たくないけど、かといって目を離すわけにもいかない。
空気の塊は膨張し、踏ん張った僕を少し押し下げ、それと同時にGの一団を弾き飛ばす。
発生させた空気は窒素80%酸素20%、その他の元素なし。
本物の空気よりは単純化しているが、スキル操作の簡略化のためなんでしょうがない。
だけど、窒素100%を吸い込んで意識を失うのも怖いし、酸素100%なんてちょっとした火花で引火してしまう。
最低限の安全性を考えて、2種類の混合気体にしているのだ。
「……はあ、はあ、はあっ」
『相変わらず嫌いなのねえ……』
のんきに感想を言うエリスに、僕は食ってかかる。
僕がGを嫌いなことなんてわかりきっていたじゃないか……
「当たり前じゃない! こんなところに一秒だって居たくない。帰らせてもらうよ!」
自分で発言してから気づいたが、これではホラー映画で最初に殺される被害者のセリフじゃないか。なんと不吉な……
『あら……そう? でも立地から言ってもここ以外だとちょっと難しいのよね……』
裏街道なダンジョン探索は、一つには僕の願いの結果だったが、同時に彼女の事情でもある。
そしてこの場所を対象に定めたのは彼女の方だ。
「近くに小さいのぐらい無いの?」
『あるけど、さすがにここまでエリアを広げるとCランク上位程度のリソースが無いと不安定なのよ……エリアを削るのは避けたいし……だから、今回だけ、お願い』
そこまで言われてしまえば、僕としても言い返せない。
せめて、ため息交じりに愚痴ってみる。
「こんなことならあいつを連れてくれば良かった……」
基本的には僕とエリスが中心なのだが、僕たちに協力してくれる人達もいる。
そのうち一人は
彼女なら苦も無く、この忌まわしきGどもを近寄らせないで完封できるだろう。
『しょうがないわよ、さすがに遠いわ』
ここは千葉の南端近く。
その協力者が住むのは東京都内であって、ちょっと距離がある。
この周辺は気候もいいし、温泉もある。
例えば家族で観光に来るなら最高の場所のはずなんだけど……
現実の僕は、廃工場型ダンジョンの薄暗く散らかった場所で、我が天敵と相対する羽目になっている。なんと不幸な……
『また来たわよ』
「〈
再び発生した空気爆弾によって、敵の集団が吹き飛ぶのを確認する。
無造作に発動したように見えて、実は発動位置を手前に調整している。
間違ってもアレがこっちに飛んでこないように細心の注意が必要だったのだ。
ただでさえ巨大化してディティールを見せつけてくるアレが、さらに飛び散ってこちらに迫ってくるなんて悪夢以外の何物でもない。
『楽勝じゃない?』
「そうじゃなきゃ、とっくに君を置いて逃げてるよ……〈
近寄ってきたら吹き飛ばすだけ、それで敵は勝手にどこかにぶつかってダメージを受ける。
僕としてはスキルをタイミングよく撃つだけの面白みのない作業だが、もちろん普通のダンジョン探索はこんなものではありえない。
チームでダンジョンに足を踏み入れる。
斥候が罠や敵を察知するために全神経を集中する。
防具で固めた前衛が剣を振り回し、あるいは盾で味方を守る。
後衛が一撃必殺の威力の魔法で敵のとどめを刺す。
そのような、まさしくゲームや漫画でイメージするような探索が今もどこかで行われている。
そうした普通からかけ離れたこんな探索を僕が強いられているその理由は、僕とエリス、それぞれに事情があるのだ。
始まりは、今年の夏、そしてさらに去年の12月にさかのぼる。
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