4節 少年は電波となり、少女は翼を手に入れる

第36話 荒船山ダンジョン(1)

『やったね』

「うん、これなら何とかなりそうだ」


 裏山ダンジョンを借りて行っているスキルの練習。

 何とか8割以上の確率で氷玉を飛ばすことができるようになった。

 残りの2割も、ちょっと勢いが足りないなどで、発動の失敗というのはなくなっている。


「じゃあ出発しよう」

『今日は晴れていて良かったね』


 実は昨日までは2日連続で雨だった。

 晴れたら晴れて暑くなるのがこの時期の困りごとだが、予定が崩れなくて良かった。

 僕は、いつもの探索セットを持ち……いやいや、今日は昼間だからあのこん棒は無理だな……しょうがないのでナタをリュックに突っ込んで行こう。

 まさか途中で警察に出会うこともないだろうし、今のご時世、抜き身じゃなければ武器になる農具ぐらいでは問題にはならない。


「よし、準備完了」


 そして、僕はいつも通り浮いて付いてくるエリスを伴い、出発した。



*****



「こっち?」

『そう……あああ、移動した。引き返して』

「意外としょっちゅう動くんだなあ」

『でも3時間はっているから、次は絶対に間に合うわよ』

「じゃあ、あと一頑張りするか」


 僕は方向転換して、ダンジョンの入口に向かう。

 しばらくして……


「意外と変な場所だね」

『今までのとは違って、移動するからね。常にこの場所だったらCランクで公開されてるわよ』

「なるほど」


 場所は、車道のガードレールのすぐ内側だ。

 自動車はたまに通るが、タイミングを合わせれば見つからずに入ることができるだろう。

 これまでのダンジョンと違い、見通しは良い場所で、確かにずっとここにあれば野良ダンジョンであっても問題ないだろう。まあ、誰も攻略しようとは思わないだろうが……

 僕はかつて見た河川敷の野良ダンジョンの入口を思い出しながらそう思う。


『いい、今回は今までより敵が強いわ。それこそCランクの中位から上位といってもいいぐらい』

「うん、聞いた通りだね」


 かつては前回のダムダンジョンと同じぐらいとエリスは言っていたのだが、過去の記憶と食い違いがあったらしくて、実際にダンジョンマネージャーの権限でサーチしたところ、より強力だということが分かったのだ。

 もし、入口が移動するという難点が無ければ問題なくCランク上位のダンジョンとなっていたらしい。

 さすがに、Bには程遠いそうなので、まさしく一般の野良ダンジョンのレベルが、今の能力で、一人でクリアできるかどうか、ということになる。


「じゃあ行こう」


 僕はダンジョンの入口に突入する。


「え? まさか、木造?」


 なんと、目の前に広がるのは床も壁も天井も、全部木の板を張り合わせたような木造の入口広間だった。


『ああ、なんとなく思い出してきた……ここって確か船なのよ』

「船?」


 船だとしても、過去の経験でいっても船体は鉄だし床もソフトなゴムのような素材だった覚えがある。

 だとすると、これはかなり時代がかったものということになる。


『えっとね、確かこのダンジョンの起点が、なんか船みたいな山らしいのよね』

荒船山あらふねやまかあ……」


 なるほど、近くにあるのは知っていたが、それによってダンジョンの特殊環境が生まれるのは意外だった。

 荒船山は群馬県と今僕が住んでいる長野県の境にあり、山の形が船に見えることで有名だ。

 だけど、荒船山はに見えるはずで、間違ってもこんな木造の、おそらく帆船とは時代が違う。

 その辺をエリスに聞いてみたものの、結構ダンジョンの環境はいい加減だという返答だった。

 それはそうだ。裏山には卒塔婆も墓石もないし、提灯なんてそもそも墓のものではない。

 それに比べれば船と呼ばれる山がどんな船かなんて大したことではないというのだ。


「そんなものなんだね……」

『だからといって、敵が特別強いとかはないから、安心して』

「でも、いや、まあ行ってみるか」


 僕は通路に向かって足を踏み出した。



*****



 通路は、相変わらず同じぐらいの広さ、幅が4m程度で先が見えないぐらいの暗さだった。変わった点があるとすれば、床が木の板であり、天井も木製で低く、ジャンプすれば大人だったら手が届くぐらいの高さだった。

 そして左右は壁ではなく、一定間隔ごとに黒光りするものが置かれている。


「これは、大砲?」

『そうみたいね。昔の木造帆船ってとこかしら』


 見たことはないが、こういう構造なのか……

 あの有名海賊漫画のとかしか見たことないけど、本物はこんなにたくさん大砲が並んでいるんだなあ……

 そう言葉にすると、エリスは「しょせんダンジョンよ」との答えを返してきた。

 たしかに、こんなに何百メートルも直線が続くことはないよね。

 空母が200mちょっとって聞いたことあるし、そんなサイズの木造船なんてあるはずない。


『休めるところはたくさんありそうね』


 大砲と大砲の間を覗き込んでエリスが言う。

 そこにはハンモックがたくさん吊られていて、確かに休めそうだ。


「ねえ、それはいいんだけど、これってきっとアレだよね?」

『え? ああ、うん、そうよね』


 はたして、しばらく歩みを進めると、アレが出てきた。


「はあ……」


 思わずため息が出る。

 でも、今の僕の武器はあの時と同じようで違う。


「アイス・ワン!」


 僕は空いている左手を突き出して狙いを込め、そしてスキルを発動した。

 十分な速度で発射された氷玉はソレの頭がい骨を砕き、そしてソレは仰向けに吹っ飛んで倒れる。

 なお、純粋な氷玉というわけではないので、それを込みとして「アイス・ワン」と名付けて練習していた。今ではこの方が安定してスキルを使えるようになっており、驚くべきことにATSMATS端末でもチップスキルの欄に『アイス・ワン(氷玉・電波)』という表記が増えていた。


「また骨か……」

『でも、あの頃と違うでしょ?』

「当然……って、今回は武器を持ってるんだね」

『近接戦は避けたいわね』


 ということで、アレとかソレとか言っていたが、今回もスケルトンが敵だ。カトラス? カットラス? とかいう刀だろう。僕のナタを大型にして先細りのデザインにしたようなものを持っていた。

 相変わらず武器はあまり切れ味が鋭そうには見えず、錆が浮いていたが、それでもこれで切られたら怪我をするかもしれない。

 エリスの言う通り、近接戦は避けた方が無難だろう。

 僕は慎重に先を進むのだった。


 しばらく戦ってみて、なんとなくわかった。


「やっぱり左右のハンモックから出てくるんだね」

『そうみたいね。こっちが慎重に進んでいるから直接は見えないけど』

「だからといって走り抜けるのは避けたいなあ……」


 それに、通り過ぎたハンモックから出てきて背後を襲われるのは勘弁してもらいたい。やはり、慎重にハンモックも含めて探索が必要だろう。


『先も長いだろうし、ゆっくり行こうよ』

「そうだね」


 今のところ順調、だけどCランク上位とすると、最後まで行けるかどうか……

 まあ、だめなら出直そう。

 本来ダンジョン探索ってそういうものだし……

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