第19話 3つ目

「マイクロウェーブ!」


 草むらから飛び出してきた影に2.4GHzの高出力電波が当たり、たちまち動きを止めて倒れる。


 次の日、明日から8月になるというその日の夜に、僕はエリスを伴ってもう一つの近所のダンジョンを探索していた。

 このダンジョンは、僕の家に来る途中の道のわき、森をちょっと下った場所にあった。

 もちろん、エリスがいなければ僕にだって入口が見えないし入口の場所を通っても何も起きない。

 そして、ダンジョンは本来、周辺の環境に影響されて様々なタイプが存在するらしい。


「あれ? でもみんなが入っているのは洞窟型がほとんどだよね?」


 外には石造りの迷宮型とか、森林型などが特殊なダンジョンとして知られている。


『それは、運用担当の女神が手を加えているからよ』


 例えば、火山型のダンジョンなんてものがあった日には、みんな耐熱服が必要になるし敬遠される。

 だから、人が探索しやすいような環境に、そして敵を制限できる洞窟型が良いだろうということで、多くのダンジョンが構造を変更されているのだそうだ。


「そうかあ……じゃあ僕らは幸運だったね」

『そうね、これが森林型とかだと大変だったかもしれないわ』


 この3つ目のダンジョンも洞窟型で、出現するモンスターは小動物だ。

 とはいえ、ネズミやリスのような小さいものではなく……いや、ネズミやリスなのだが大きさが猫ぐらいある。

 とはいえ、小さいことには変わりなく、森の中で牙をむいてくる猫の大きさのネズミなどは無傷で切り抜けるのが難しかっただろう。

 幸い、前にだけ注意していればよい洞窟型の環境のおかげで、余裕をもってマイクロウェーブを当てることができ、その効果も申し分なかった。

 申し訳程度に草むらが存在するのだが、当然そこに意識を集中しているのだから、不意打ちにはなっていない。


「だいたい、日光のない洞窟内の草むらっていう点でダメだよね?」

『そうだけど……ダンジョン内はそういう外の常識は当てはまらないから、上位のダンジョンだとそれを逆手に取ってきたりするわよ』

「げ……そうなの?」


 会話をしながらも僕たちは危なげなく進んでいく。

 小さい敵なので近接なら蹴りも有効だった。

 ちゃんと当たれば吹き飛んでそのまま倒すことができる。


「いてっ」


 とはいえ、敵もこちらに攻撃しようと向かってきているので、噛まれることもある。

 だが、藪や虫から体を守るための作業服のおかげで、ほとんどダメージは受けない。


「……大丈夫そうだな」


 裾をまくり上げて足を見るが、噛まれたところから出血などはしていない。


『ちょっとは身体能力も成長しているということなんじゃないの?』

「だったらうれしいんだけど……」


 前回のダンジョン攻略で、ようやく身体能力の倍率で1.01を超えるものがいくつか現れた。

 たかだか1%、されど1%ということだろうか……


「今後の装備も考えないとなあ……」


 今の装備は人前に出られる恰好じゃない。

 そもそも、まだ人が多い場所や都会はスキルの関係で無理なのだが、もしそれが解決した時にはもっとしっかりした装備が必要だろう。

 僕は裾を戻して、再び先に進む。



*****



「がああぁぁ」


 その後は特に問題なく、ボスの扉の前に到達し、僕は十分に休憩してボス部屋に突入した。

 そこで出てきたのは……


『なんかかわいい?』

「同感」


 だけど、ボスなのだから道中のモンスターよりは強いはず。

 たとえ、うなり声をあげるそれが、ゴブリン(骨しか見たことないけど)より一回り小さい二足歩行の犬だとしても。

 もちろん、犬がそのまま二足歩行するには体の構造が適切じゃない。

 だから顔や体表の毛並みは犬だが、骨格は人間に近づいており、手の指も長く、物が持てるようになっているらしく、実際に錆びた短剣を持ってこちらを威嚇している。

 薄汚れているが、これは洞窟で寝起きしているからだろうし、丸洗いをすれば結構かわいいのではないだろうか?


 まあ正直、骨じゃないという時点で僕に負けはない。

 僕は右手をそのボス(推定コボルド?)に向けて、もう慣れたスキルを発動する。


「マイクロウェーブ」


 一瞬動きが止まるが、そのまま近づいてくる。

 さすがにボスだから一発というわけにはいかないか……


「マイクロウェーブ、マイクロウェーブ……」


 僕としては足を切りつけられるのは避けたいので無慈悲にスキルを連発する。

 一発当たるごとに動きが鈍くなり、そしてついにボスは倒れる。


「はい、どうぞ」

『ありがとう』


 そして前回と同じように、エリスが憑依して支配下に置く。


「やっと肉だあ」


 と喜んで言っているのを見ると、なんか肉が食べたいみたいに聞こえるからやめてほしいのだが、彼女は当然骨じゃない体を動かせることに喜んでいるのだ。

 そして、今回初めて彼女の声を実際の声を聴いたのだが、なんか思ったより子供っぽい?


「そりゃあ、声帯が違うんだから当然よ」


 ということで、コボルトの体の影響だったらしい。

 彼女の支配下に置かれたことで、薄汚れた体はきれいになって、とてもかわいい。


「とてもかわいい」

「そう? 本当は元の体で言われたいセリフよね……」

「だっこしていい?」

「え? カナメってそんな人だったっけ?」


 彼女は「いい」とは言わなかったが、僕は半ば強引にコボルドの体を抱き上げる。

 うん、犬よりは大きくて重いがダンジョンで鍛えられた(×1%)力をもってすれば何とか耐えられる。

 

「ちょっと……ねえ……って、それじゃ」


 お、嫌がって暴れていたのがおとなしくなった。


『ふう、なんか正気じゃなくなったみたい……』

「あ、出たのか。うん、おとなしくなってこれはこれで……」


 幽霊のエリスが抜けだし、身動きしなくなったコボルドを撫でまわす。

 きれいになった毛並みが気持ちよい。


『なんか意思ないはずだけど、心なしか嫌な顔をしているわね』

「そう?」


 言われて顔を見るとなんか眉をひそめていた。


 うん。

 自重しよう。

 僕は、コボルドをそっと地面に下ろした。

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