政治風刺コメディ『ドラマ・第二秘書』縦書き

第10話 片山の取材に立会う

　地元事務所の代議士応接室である。

受付に若い女が執務中である。

名前を片山博子（片山の愛娘）と云う。

博子は机の下に隠した婦人週刊誌を見ている。

奥は『代議士控え室』である。

土屋は「気合いを入れ」、ドアーをノックする。

　「コンコン」

応接室から博子の声。

　「ハイッ！」

博子が驚いて週刊誌を隠し、椅子から立ち上がる。

　「失礼しまーす」

　「お待ちしてました」

　「えッ？」

丁重なお出迎えに躊躇する土屋。

すると博子は土屋を舐めるように見て、

　「あの～、・・・どちら様ですか？」

　「会館事務所から応援で来た土屋政治です」

　「ツチヤ？ ああ、ツッチーね。あれ、青木君は？」

　「あ、青木さんはちょっと入院を」

　「え～え、また～？ 私の個展に来れるのかしら」

　「コテン？」

　「絵の個展。そうだ！ ツッチーでも良いわ。来て」

博子も妙に馴れ馴れしい女であった。

　「え？ いつですか」

　「来月の十日」

　「ちょっと待ってください」

土屋は背広のポケットから「黒皮モドキ（ビニール）の手帳」を取り出し、何も書いて無いスケジュールのページを捲る。

　「来月の十日は・・・あ、何も有りません」

　代議士控え室。

片山が地元の第一秘書大川（第一秘書・大川正義）と電話中である。

片山が、

　「建設業協会と経団連で百枚は何とかしなさい。いいね。日々是決戦ッ！ いつものパー券売りと違うんだ。明るく、優しく売り込む事。自信を持ってッ！ 分かったね」

　「はい。それから今度の参議院選挙で飛田建設の息子が立つと云う噂です」

　「おう！ そう。動向を逐一知らせない。武田君（地元第二秘書）にも伝えて置きなさい。報連相（ホウレンソウ）ですよ。分かりましたね。ただ、あまり無理はしない事！ 無理は私にキックバックして来る」

　「はい」

片山は受話器を置く。

受付が騒がしい。

片山は控え室から、

　「ヒロコ、 誰か来てるの？」

　「はい！ ツッチーが」

　「ツッチー？」

　「土屋さんです」

　「お～お！ 土屋君か。着いたんだね。よしよし、入りなさい」

　「ハイッ！」

ドアーをノックする土屋。

　「コンコン」

　「ど～ぞ」

土屋はそっと控え室のドアーを開けて、中に入って来る。

　「失礼します」

小柄な片山は靴を磨きながら土屋を一瞥。

　「ご苦労さん。これで私も十人力だ。大いに期待してるぞ」

　「ハイ！ 頑張ります。それで、『本日の行動予定』ですけれど九時に上毛新聞の北川さんと写真撮影、十時三十分からＪＡ主催の農業青年部会、十一時に谷岡ホテルで梶原社長の長女淳子さんの結婚披露パーティー。十三時より山田集会場グランドでゲートボール大会。ここは村長と議長も主席します。十三時三十分、川村メモリアルホールで石川トクさん享年九九歳の告別式。・・・」

片山が突然、　

　「やめなさい！」

　「ハ？」

　「そんな事は君が分かっていれば良い事だ。時間がもったいない」

片山は手鏡を見ながら、ウイッグ（カツラ）の後ろの地毛（髪）を整えながら、

　「・・・君はテレビドラマの見過ぎじゃないの？」

　「えッ？ あ、はい」

ドアーをノックする音。

　「コンコン」

　「ど～ぞ」

博子がドアーを少し開けて顔を出す。

　「あの～、上毛新聞の北川さんが来ました」

　「おお、来たか。カメラは持って来てるの？」　

博子は振り返って北川を見る。

　「持ってます」

　「そう・・・」

片山は等身大の鏡で全身を映し、『ミナリ』を確認する。

　「ヨシッ！」

片山は代議士控え室のドアーを開ける。

突然、北川が、

　「先生、そのまま！ ハイ、こちらを向いて！」

北川がシャッターを押す。

　「先生、素敵。バッチリ！」

　「ハハハハ、そうか」

北川は片山が笑った瞬間に合わせ、シャッターを押し続ける。

　「パシ、パシ、パシ、パシ」

　「わ～、先生、総理みたい」

　「バカ云うな。五年早いぞ。ハハハハ」

　片山は応接のソファーの上座に腰掛けて、上毛新聞の北川の取材（インタビュー）を受けている。

土屋は片山の隣の小さな「折りたたみ椅子」に座り、手帳を開いて話を聞いている。

片山の熱い話。

　「そう！ これから上毛平野の肥沃な大地を日本一の穀倉地帯にして行くつもりなの。私は以前、党の農業推進部会で精一杯、宮下君に提案したんだ。私は日本の農業の為にヒトハダ脱ぐ覚悟だからね。私はねえ、群馬が好きなの。そう、愛しているんだ。そこに明るい灯（トモシビ）を照らす。私はヤリますよ。任せなさい。この群馬の為にも補正を組んで農業、産業、そして道路整備！ そこに迫真の改革をもたらす！ 私は今、財務副大臣をやらせてもらってるでしょう？」

　「そうでしたね」

　「いわば、日本財政の副番頭だ。金庫の鍵を預かっている！ まかせなさい。農業に於いては大きな革新！ 道路の新設には大きな前進！まさに、マサニですよ、まさに保守に非ず！ いいですか、これはですねえ、まあ・・・」

突然、電話が鳴る。

博子が受話器を取る。

　「はい、片山博康事務所です」

受話器から受付のヨネの声。

　「あい、『総理の秘書官から』だよ～」

この受話器からの言葉は地元事務所内の『時間切れの暗号』である。

　「あッ、はい。少しお待ち下さい」

博子が片山の傍に来て、耳元に北川に聞こえるように、

　「先生、石破総理の秘書官からお電話です」

　「なにッ！ 飯田君から？ まいったなあ。今、大切な取材中なのに」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく