第6話 財務審議官室で居酒屋のマッチ

 財務省審議官室である。

熊川がドアーを開ける。

受付に中年の女(鮫島貴美子、イメージキャスト 柴田理恵)が座っている。

審議官控え室のドアーに「在室中」札が挿してある。

鮫島は熊川を見るなり、立ち上がりニッコリと笑い、


 「ご苦労様です」


熊川は慇懃に、


 「イヤ~、いやいや、お世話になりま~す」


ドアーを指差す熊川。

鮫島が、


 「はい。どうぞ」


熊川が控え室のドアーを軽くノックする。

部屋の中から渋い声が。


 「あい・・・」


そっとドアーを開け、中を覗く熊川。

財務審議官 橋渡 渉(ハシワタリ・ショウ)が熊川に気付き椅子を立つ。


 「おお、熊川サン! どうぞどうぞ」


審議官は熊川を応接テーブルに誘う。

熊川は直立不動で、


 「イヤ~、いやいや、すいません。アポも取りませんで」


土屋は熊川の後に付き、そっとドアーを閉める。

審議官はニッコリと笑い、


 「かまいませんよ。どうぞ・・・」

 「恐縮で~す」


熊川がソファーに座る。

土屋は分厚いカバンを足元にそっと置き静かに座る。

審議官は二人と対座して一言。


 「過半数いきませんでしたね」


熊川は身を小さく固め、


 「面目(メンモク)ない」

 「石破サンはどうするんでしょうね」

 「う~ん。でも総理はヤル気満々みたいですよ」

 「しかし、投票率が五十パーセント代じゃね~。コレで良いのでしょうか。」

 「う~ん・・・」


審議官が、


 「野田さんかな?」


熊川は審議官を睨み、

渋い顔で、


 「ただ、束ねる幹事長が居ればねえ」

 「あ~あ、やっぱり玉木さんかな。今回、公明党さんが大幅に議席を減らしましたね」

 「・・・自民はもはや公明ではありません。国民民主の連立がどうしても必要なんです。『あの選挙』で国民民主のマニフェストをもし自民党が叫んだら、また大嘘を吐いてると後ろ指を刺されますしね」

 「うーん・・・」

 「玉木は安倍サンの息のかかった軽い男ですから」

 「カルイ?・・・」


審議官がテーブルの上のタバコ箱から一本を取り出し、箱を熊川の方に向ける。


 「どうぞ」

 「いや、今、禁煙中で・・・」

 「え? 禁煙中? 一週間の? 」


審議官は笑いながらタバコを口元に。

備え付けのライターで火を点(ツ)けるが火が点(ツ)かない。

ガス切れの様である。

熊川は土屋の靴を軽く踏む。

土屋は足を引っ込める。

熊川は膝(ヒザ)で土屋の膝をこづく。

土屋は熊川の顔をそっと覗く。

熊川は片眼と顎(アゴ)で審議官の咥えるタバコを指す。

審議官は両ポケットをまさぐりライターを探す。

土屋はやっと空気が読め、ポケットから『居酒屋のマッチ』を取り出し素早く火を点(ツ)ける。

審議官は硫黄(イオウ)の匂いに、


 「うッ!」


土屋は両手でマッチの火を包み審議官の咥えたタバコの先に。


 「おお、すいません」


深く一服吸い、渋い顔で土屋を見て、


 「・・・新人ですか?」


熊川が、


 「あッ、イヤ~、紹介が遅れました。うちの『カバン持ち』です」


土屋は直立して、ぎこちなくポケットから「名刺の入ったプラスチックケース」を取り出し、蓋を開けて一枚取り出す。


 「申し遅れました。いつもお世話になります。『土屋政治』と申します。今後とも宜しくお願いします」


名刺をしみじみと見る審議官。


 「・・・土屋政治・・・良い名前ですね」


審議官は座りながらテーブルの名刺ケースから名刺を一枚つまみ土屋に渡す。


 「橋渡です」


土屋は両手で名刺をアツく受取る。

審議官は土屋の名刺をテーブルの上にキチッと置いて、


 「・・・土屋さんは、角サン(田中角栄)の若かりし頃に似てるなあ。ハハハハ」

 「ええ、そうですか? 有り難うございます」


審議官は熊川に目を移す。


 「で、今日は」

 「あ、すいません。先だって電話で・・・」

 「ああ、先生の勉強会の件ですか。あれは『文書課』ですよ」


熊川はわざとらしく驚き、


 「ブンショカ! なるほど・・・そうでしたか」

 「・・・え~と、いつでしたっけ『先生の裏パーチー(勉強会)』は・・・」

 「一月二十日の金曜日です」

 「一月二十日かあ・・・。なんなら私の方からプッシュしときましょうか」

 「イヤ~、いやいや、有り難い。あッ! 審議官のご自宅の住所は変わり有りませんよね」

 「何か?」

 「いや、先日、車の中で審議官のお話が出ましてね。副大臣が上州牛の味噌漬けを食べさせてあげたいなあ、なんて言うんですよ。ハハハ」

 「あ~あ、あれは旨い!」

 「そうですか! じゃ、早速スタミナ便でお送りします。ハハハハ」

                          つづく

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